ビジネス航空界は今、急展開を見せている。新機種が次々に登場し、機数もまた伸びてきた。このことは先週までのNBAAレポートでもお伝えした通りだが、その要因のひとつはビジネス機の新しい所有形態の出現である。
企業のトップが業務遂行のためにエアライン以外の航空機を使おうとすると、かつては航空機そのものを自社で購入するほかはなかった。ところが、20年ほど前にビジネス機専門のチャーター会社が出現し、たとえばこれから1週間ロシア国内を旅行したり、東欧諸国を回ろうというようなときは、その1週間だけ豪華なビジネス・ジェットを手軽にチャーターできるようになった。
しかし最近、もうひとつ新しいビジネス機の利用方法が登場した。分割所有方式である。かつて日本でも泡沫景気の時代にヘリコプターのオーナーズ・クラブが次々と生まれては消えていったが、今度はアメリカから豪華なビジネス・ジェットのオーナーズ・クラブが登場してきたのである。
この話題は、今年9月の米国ビジネス航空協会(NBAA)の年次大会でも、盛んに取り上げられた。というのも、分割所有方式が単に利用者の側から見て安価で便利というばかりでなく、航空機メーカーから見ても今後の販売戦略に組みこめることが明らかになってきたからである。
ビジネス機の分割所有方式は1986年アメリカではじまった。その2年前に設立されたチャーター会社のエグゼクティブ・ジェット航空(EJA)が、ネットジェットと呼ぶ子会社をつくって新方式を導入した。発足当初の保有機数は4機。以来10年間で104機に増え、さらに170機を発注中という急成長を見せた。
顧客は現在700社。その8割以上が飛行機など所有したことのない企業で、それだけでも新たなビジネス機の顧客開拓に貢献したといえるかもしれない。
その仕組みは、通常、1機の機体価格を4分割または8分割して4社または8社が共同所有者になる。言い換えれば、所有主は航空機の4分の1または8分の1の所有権を買い取るわけである。加えて毎月の固定経費を支払う。これにはパイロット、整備士の人件費や機体の維持管理費が含まれる。さらに使用の都度、直接運航費(変動費)を支払う。所有権は通常5年間に設定され、5年後はあらかじめ定められた価格で管理会社へ売り戻す。
たとえばネットジェットの場合、サイテーションXの8分の1の所有権は195万ドルである。これに毎月12,500ドルの固定費を支払い、さらに飛行1時間ごとに1,840ドルを支払う。これで所有主は年間100時間まで利用することができる。
他方、サイテーションXの購入価格は約1,500万ドルだから、その8分の1の所有権を得るために195万ドルというのは必ずしも高くない。そうしておいて分割所有者は、いつでも好きなときに飛行機を使うことができる。要請すれば4〜10時間以内に近くの空港へ来てくれるのである。
またレイセオン・トラベルエア社(RTA)の場合、ビーチ・キングエアB200の5分の1の所有権が788,000ドルで、年間使用権が160時間。もっと使いたい場合、たとえば年間480時間を使うためには2,364,000ドルで5分の3の所有権を買う。
つまり沢山使いたい企業は、それに応じて所有権の割合も増やさなくてならない。その限度は半分ないし5分の3くらいで、だんだん使用量が増えて行き、年間400〜500時間以上も使うようになれば自分自身の機体を買った方がいいということになる。逆に年間100時間も使わないような企業は無駄が多いわけで、チャーター機を利用する方がいい。こうした中で今のところ、余り使わないのでやっぱりやめたというような顧客は1%程度しかいない。ということは、日本の泡沫期のビジネス・ヘリコプター・ブームと違って、ビジネス航空界に根を降ろすものと見てよいかもしれない。
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独立系 |
ネットジェット |
1986年 |
主にサイテーション104機(ほかに170機発注、うち50機はサイテーション・エクセル) |
ボンバーディア系列 |
フレックスジェット |
1995年5月 |
リアジェットなど40機(ほかにグローバル・エクスプレスを2機発注) |
ガルフストリーム系列 |
ガルフストリーム・シェアーズ |
―― |
GW-SPが13機(ほかにGVを2機発注) |
レイセオン系列 |
レイセオン・トラベルエア(RTA) |
1997年8月 |
ビーチ、ホーカーなど8機(ほかに3機発注、5年後に128機目標) |
ダッソー系列 |
未定 |
1997年末 |
ファルコン2000 |
ネットジェット系列 |
ネットジェット・ヨーロッパ(スイス・ポルトガル) |
1996年6月 |
サイテーションが6機(ほかに4機発注) |
ジェット・アビエーション系列 |
コープアビア・クラブ(オランダ) |
1996年 |
ビーチ400A(ほかに12機発注) |
ボーイング系列 |
ボーイング・ビジネス・ジェット |
1998年 |
BBJ |
実際、多くの目がそう見ている証拠には上表の通り、ここ1〜2年で世界のビジネス機メーカーがいっせいに分割所有方式に乗り出してきたことでも分かる。
ボンバーディア社は95年5月、アメリカン航空と組んで自分の製品を対象とする分割所有の運営会社を発足させ、すでに40機を飛ばしている。来年からはグローバル・エクスプレスも2機を導入する予定。
続いてガルフストリーム社もEJAとの合弁で分割所有の運営会社を発足させた。当面13機のGW-SPを投入し、2〜3年後には中東にも関連企業を設立する計画になっている。
またレイセオン社は今年8月から8機の機材を投入して、同様の会社をつくった。キングエア、ビーチジェット400A、ホーカー800XPが現在の運航機だが、2〜3年のうちには目下開発中のホライゾンやプレミアワンも投入、5年後には総数128機の規模にするという大きな計画を進めている。
さらにダッソー社も今年末までにファルコン2000を中心とする新しい分割所有システムを発足すると発表した。
そうなるとボーイング社もBBJ大型ビジネス機の販売促進の上から黙って見ているわけにはいかない。特にBBJは1機当りの価格が3,400万ドル前後と相当に高い。これまでに25機の注文を受けてはいるが、今後なお受注数を伸ばすには分割所有のような買いやすい方法を取る必要がある。
実はボーイング社は1年前、分割所有方式など全く考えていないという姿勢を見せていた。しかし今や、同社にとっても、これは重要なプログラムとなってきた。特に機体が大きくて高価なほどこの方式は有効で、大型ビジネス機など1社では買えないような企業も、分割所有によって買いやすくなり、ボーイング社も売りやすくなるのである。
余談ながら、ボーイングは最近BBJの設計内容を改め、巡航速度をマッハ0.82から0.84まで引き上げることにした。巡航高度も12,500mから13,100mまで上げると同時に与圧能力を高めて、飛行高度12,500mでの機内気圧2,440m相当という旅客機の基準をビジネス機の1,820m相当という標準まで改善する。これは機内の旅客が少ないので与圧サイクルも少なくてすみ、それゆえに可能になるという。
このようにボーイング社が分割所有方式をおこなうということから、欧州エアバス社も目下開発中のA319CJコーポレート・ジェットについて同じ方式を検討中と伝えられる。
かくて、ビジネス機が大型、長航続、高性能化によって高価になると同時に、売りやすく買いやすい方式が編み出された。ビジネス・ジェットはこれからますます数を増やし、普及してゆくことになるであろう。
(西川渉、1997年11月12日付『WING』紙掲載)