ビジネス機の要件は何か。一般には安全性、経済性、快適性といわれるが、最近は大型長距離機の出現によって、長航続性が競われるようになってきた。その競争に待ったをかけるのが超音速性といえるかもしれない。
超音速ビジネス機の構想は、1980年代末ガルフストリーム社がロシアのスホーイ設計局との間で共同開発を計画したことがある。同機は乗客10人乗り、マッハ2で飛ぶことをめざしたが、騒音やソニックブームなど技術的な問題解明に費用がかかりすぎることが分かって、1994年中断に至った。
その構想を、ロッキード社の協力を得て再び復活させようというのが、去る9月のファーンボロ航空ショーで発表されたガルフストリーム社の超音速ビジネス機構想(SSBJ)である。今回のNBAA大会では、その可能性について論議がつづいた。同じような構想は昨年のNBAA大会でも仏ダッソー社が明らかにしている。これで超音速ビジネス機は二つの計画が競い合うことになった。今回は、その両社の計画を見てゆくことにしたい。
ガルフストリームSSBJは乗客8人をのせて、7,400kmの区間をマッハ1.6〜2で飛ぶ。ガルフストリームWの超音速化ともいえる双発のビジネス・ジェットで、2006年の就航をめざす。
この計画がロッキード社との間で具体的な検討に入ったのは数か月前であった。以来わずかな間に4段階の開発計画が合意された。第1段階は可能性調査――今後1年ほどの間に如何なる技術がSSBJに使えるか検討する。検討項目はエンジン、材料、空力、環境および飛行条件など。
第2段階では18〜24か月をかけて設計仕様を定め、風洞試験をおこない、最終的な製品仕様を確定する。第3段階は開発テストから型式証明を取得し、製造作業の段取りを決める。そして第4段階で製造過程に入るが、これら全ての作業を合わせて最終的な実用機の引渡しまでには8〜10年が必要と見られる。
こうした開発作業の背景にあるのはNASAの超音速研究である。この研究は新しい300人乗りの超音速旅客機の開発を想定して1990年からはじまった。完成目標の2006年までに20億ドルを注ぎこみ、エンジンの試作、騒音抑制の方法、大気汚染などの問題を究明する。また耐熱複合材、マッハ2と低速での揚力発揮が最適になる主翼形状の研究などをおこなう。
ガルフストリーム社とロッキード社は、これらの研究データも利用する予定だが、NASAは米国外のメーカーには使わせないことにしている。
SSBJに課せられた最大の課題はソニックブームであろう。旅客機ならば大洋上空に限って飛行するといった限定運航も考えられる。NASAの研究も、そうした条件を前提としている。しかし、ビジネス機はそうはいかない。飛行区間の大部分は陸上になる。したがってSSBJの問題は、この陸上飛行におけるソニックブームを如何に小さくするかということになる。
ソニックブームについては、NASAの研究でもまだ成果が得られていない。そのため陸上を飛ぶときは巡航速度をマッハ1.2程度に落とすというのがNASAの考え方である。この程度の速度であれば、地上に達するほどの大きなソニックブームは発生しないためだが、マッハ2に近い速度をめざすビジネス機にとって、それですますことができるかどうか。ソニックブームを避けながら、どこまで速度を上げられるかが大きな課題となっている。
こうした課題を含めて、SSBJの技術的な開発はロッキード社のスカンワークスで進められる。機体形状は主翼が細長いデルタ翼で、それに通常の尾翼が組み合わせられる。エンジンは2基。主翼両側下面に装着するというのが一応の基本構想である。
一方、ダッソー社の超音速ビジネス機は「ファルコンSST」とも呼ばれ、現用ファルコン50と同程度のキャビンに乗客8人を搭載、マッハ1.8で7,400kmを飛行する。エンジンは3基。機体は細長いデルタ翼のほかに、機首先端にカナード翼がつく。これを揚力を増すためのフラップとして使えば、離陸時の推力と騒音が減少するという。
ダッソー社は、これまでさまざまな超音速戦闘機を開発してきた。特に最新のラファール戦闘機の経験と、そのエンジンがあるので、SSBJの開発には最短距離にいるというのが大方の見方である。が、果たしてそうであろうか。
高々度でマッハ1.8の超音速を実現するには、推力5トン以上のターボファン・エンジン3基が必要となる。エンジン・メーカーのSNECMAでは、ラファールのM88-2エンジンの派生型の開発を研究している。コストが膨らむのを避けるため最小限の改修にとどめる予定だが、最近になって予想外に大きな改造が必要であることが分かってきた
問題は熱と運転時間である。超音速で飛行する場合、ジェット・エンジンの空気取り入れ口から入ってくる空気は圧縮されるので、エンジン本体に入るまでに温度が上がる。圧縮比の高い戦闘機のエンジンでは、空気が燃焼室に入るまでさらに圧縮されて高温になる。したがってエンジン内部の温度はきわめて高くなる。
それでも戦闘機の場合、エンジンが高温で回っているのは1回の出撃で数分間に過ぎない。ところが旅客機やビジネス機が超音速で巡航するには、飛行中ずっと最大出力を出し続けなければならない。そのため超音速戦闘機のエンジンをそのまま使えば、100時間くらいでオーバホールをする必要が出てくる。これでは使いものにならない。オーバホール間隔はせめて1,000時間、できれば1,500時間、将来は3,000時間まで伸ばしてもらいたいというのがダッソーの要求である。
こうした問題を解消するには3つの方法がある。しかし、どの方法も経済的に大きな費用がかかる。ひとつは戦闘機のエンジンを再設計することで、これには材質と構造を改め、コンプレッサー後部の冷却システムを変更しなければならない。
第2の方法は、ビジネス・ジェットの飛行形態に適した超音速用エンジンを初めから設計、開発すること。第3は大き目のエンジンを装備して、低圧縮比で駆動する方法である。しかし、この場合は航空機の全体構造が大きくなって有害抵抗も大きくなり、新たな空力上の問題が発生する。また経済的にも効率が悪くなり、運航費の高い航空機になるおそれがある。
そこで問題は、上の3種類の解決策のいずれが技術的、経済的に合理的な範囲で実行できるかということになる。そしてエンジン以外の課題も少なくない。たとえば燃料の自動移送システム、複合材とチタン合金から成る機体構造、機首前方の視界の確保などである。
こうして今から10年以内に超音速ビジネス機が完成したとして、どのくらい売れるだろうか。機体価格は売れゆきによっても変わるが、今のところ両計画ともに一応8,000万ドル程度(約100億円)を想定している。
その場合、需要は150〜200機くらいというのがダッソー社の見方である。金額にして最高2兆円程度だから、これを1社ならともかく、2社で分けるとなると採算をとるのは難しい。
ガルフストリーム社はこれから市場調査をおこなうとして、まだ予測を出していないが、もう少し強気ではないだろうか。フラクショナル・オーナーシップ方式が出てきたためである。1機のビジネス機を何社かで共有する導入方式で、機体価格が8,000万ドルならば、8社が1,000万ドルずつの負担で購入し、交互に使用する。これならば決して高い買い物ではないだろう。需要も伸びるかもしれない。
超音速ビジネス機は、現用ビジネス機の所要時間を半分以下に短縮することができる。ただし航続距離が7,400kmとすれば、ニューヨークからロンドンやパリへはノンストップで飛べるけれども、東京へは届かない。途中アンカレッジで燃料補給をして、7時間前後で到着する。それでも長航続の亜音速ビジネス機にくらべて6時間も速い。
顧客の中には、今のビジネス・ジェットで航続距離が伸びたのはいいけれども、せまいキャビンの中に14時間も閉じこめられているのは苦痛だという人も出てきた。その時間を半減するのがSSBJである。
快適で、信頼性が高く、効率的で、費用効果が高く、環境にも影響を与えずに超音速で飛行できるビジネス機――それはビジネス航空界にとっては理想の航空機であろう。しかし実現への前途はまことに多難で、はるかに遠い先のことかもしれない。
その理想に向かって、世界の航空界はいま新たな一歩を踏み出したのである。
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キャビンの大きさ |
ファルコン50程度 |
GW程度 |
乗客数 |
8人 |
8人 |
速度 |
M1.8 |
M1.6〜2 |
航続距離 |
7,400km |
7,400km |
巡航高度 |
18,000m |
―― |
エンジン |
3基 |
2基 |
最大離陸重量 |
39,000kg |
―― |
燃料搭載量 |
20,000kg |
―― |
機体全長 |
32.3m |
―― |
主翼スパン |
16.9m |
―― |
就航目標 |
2005〜2007年 |
2006年 |
価格目標 |
7,000〜8,000万ドル |
8,000万ドル |
(西川渉、『WING』紙98年11月18日付掲載)
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