<ライト兄弟初飛行100年>

航空新世紀の始まり

 

 今日は12月17日、ライト兄弟の初飛行から満百年の記念日である。あるいは航空新世紀の初日ともいうことができよう。

 それに関連して、多くの新聞、雑誌が航空や宇宙のことを取り上げているが、それでは今後100年間――第2世紀で航空の世界はどう変わるのか。英『フライト・インターナショナル』誌、英『エコノミスト』誌、米『ニューサイエンティスト』誌などの記事を読みながら考えてみよう。

 

人類初の動力飛行

 100年前の今日、ライト兄弟の2人は早朝から作業にかかり、ノースカロライナ州の寒風吹きすさぶ丘の上に木と針金と布製の飛行機械を据え付けた。やがて午前10時をわずかにまわった頃、自家製の小さなガソリン・エンジンに点火した。2つのプロペラが回り始める。

 弟のオービルが腹ばいに乗った「フライヤー」は、丘の斜面に設けた1本のレールの上をすべり出した。そして速度が増すにつれて翼に揚力が生じ、空中に浮かび上がる。そのまま12秒間、34mほど飛んで砂の上に接地した。ボーイング747の胴体長の半分くらいの距離である。

 兄弟はその日、合わせて4回の飛行をおこなった。最後の試みは兄ウィルバーが乗ったが、操縦にも慣れて、280m先まで真っ直ぐ飛ぶことができた。

 こうしてライト兄弟は人類史上初めての動力飛行に成功した。以来100年、もしも彼らを現代に連れてきたら、どう思うか。キティホークで飛ばした自分たちの飛行機械とは似ても似つかぬ超音速ジェットや垂直離着陸機や月ロケットなど、彼らの小さな一歩が大きく発展していることに驚嘆するにちがいない。

第2世紀は無人機が中心

 同様に、これからの航空機も、100年先はおろか20〜30年もたてば、今日とは全く異なったものになるにちがいない。それを予想するには、かなり柔軟で、SF的な想像力が必要である。その中で、多くの識者が指摘するのは、新世紀の航空界で中心となるのは無人機、すなわちロボット航空機であるという。

 たとえば「次のような情景を想像してもらいたい」とエコノミスト誌は書いている。広大な炎熱砂漠の中の一本道を6人の男が乗った車が高速で走っている。その様子を先ほどから、隣国にいる諜報機関のスタッフが衛星経由のコンピューター画面でモニターしている。もうひとつ、砂漠の上空数千メートルの高さを、無人機が音もなく飛んでいる。コンピューター画面を見ていた諜報員が無人機に電波を送り、高速で走る車の上空へ行くように指示する。やがて無人機に搭載したビデオ・カメラが車をとらえると、同じ機上に装備してあったレーザー誘導のミサイルが発射され、地上の車は一瞬にして爆破される。乗っていた6人も即死である。

 この話はなんだか未来映画のように思えるが、実は1年前に起こった現実にほかならない。イエメンのテロリスト・グループをCIAの無人機(UAV:Unmanned Aerial Vehicle)で暗殺したときのもようである。

 こうした無人機は今日、少なくとも世界32か国が250種類以上を開発しつつあり、すでに41か国が80種類を飛ばしている。そのほとんどは偵察用だが、しばらくすれば戦闘用としても使われるようになるだろう。というわけで、いま航空工業界の最前線は人のことなど忘れて、いっせいに無人機の開発に向かいはじめた。

急増する無人機予算

 無人機の開発予算はアフガニスタンやイラクなど、戦場での有効性が実証されるにつれて、急速に伸びつつある。米国では2年前、国防省が無人機に使った予算は年間3〜4億ドルであったが、今年度は10億ドルまで増加した。2002〜2010年には160億ドルにも達すると予想されている。

 機体の大きさも、F-16くらいのものまで出現し、敵の戦闘機と戦い、爆撃機を迎撃するばかりでなく、最終的には米本土からはるか離れたところで任務につき、パイロットなどの人命を危険にさらすことなく、本土防衛に当たるというのである。

 現状は、無人機といえども、近くに人がいてコントロールしなければならない。けれども2015〜2020年頃には、機上のコンピューターがみずから考えて行動するようになる。しかも無人機同士で連絡を取り合い、複数の無人機が連携して作戦任務にあたるようになる。こうした無人機を、いっぺんに数千機も飛ばして、防衛任務に当てるという研究もはじまった。

パイロットの骨董化

 かくして国防省の推定によれば、アメリカの軍用機は2020年までに3分の1がロボットのような無人機になるという。目下ロッキード・マーチン社が開発中のジョイント・ストライク・ファイター(JSF)は恐らく最後の有人戦闘機になるのではないか。そして第2世紀の終わる2100年頃には、軍用パイロットなど骨董的な価値しかなくなるであろう。

 というのは、人間のパイロットが体をきたえ、たとえ20Gに耐えられるようになっても、頭脳的な判断能力は大して進歩するわけではない。逆にコンピューターはどんどん進歩して、遙かに敏速な反応が可能になる。

 あるいは2030年頃の無人機は、機体の材料が特殊な「記憶」合金や伸縮自在の外板に変わり、自己修理が可能な材料が使われるようになって、飛行中に機体のどこかに穴が開いたり、不具合が発生しても、自動的に修理ができるようになるだろう。こういう無人機が今世紀なかばには、国境警備にあたり、不審な侵入者を監視し、攻撃するようになる。

 また潜水艦と連携して偵察機能を果たしたり、危険な第一線で戦闘中の地上部隊に弾薬を送り届けたり、怪我人を搬送したりするようになる。2020年ころには空中給油も可能となり、2030年頃には兵員の輸送も無人機でおこなわれるようになろう。

超小型の無人機

 世界最小の無人機は「ブラック・ウィドウ」と呼ばれるもので、全長15cmくらいだが、ビデオ・カメラを搭載していて、上空から敵地のようすを撮影し、味方の地上部隊に電送する。これにより、地上部隊はいつでもこの小型無人機を飛ばして、斥候や偵察に使うことができる。

 将来はカブトムシやトンボなど、昆虫くらいの大きさの無人機も出現する。これを兵員の一人ひとりがもっていて、危険な戦場で飛ばし、敵地や周囲の状況を把握するのに使用する。のみならず敵の攻撃目標を探知して、正確な誘導をするのにも使われる。敵が化学物質や生物兵器を使った場合のセンサーにもなる。

 2100年ころには、ハエくらいの大きさに縮小され、スーパーストアで10個いくらというように誰でもまとめて買えるようになろう。もっとも、それらが犯罪に使われると大変だが。

 2010年頃には早くも、燃料電池が使われるようになろう。これで無人機の音は静かになり、赤外線追尾攻撃も避けられる。また地上からマイクロ波やレーザー・エネルギーを飛ばして無人機を動かす実験は、すでに現実におこなわれている。

民間分野の無人機

 無人機は民間分野でも広範に使われるようになるだろう。たとえば山火事の消火、地質調査、環境調査、国境警備、映画撮影、研究、救助、農業などである。日本でも農薬散布には1,000機を超える無人ヘリコプターが飛んでおり、火山の噴火状況の調査にも使われている。

 そのような既存の航空機に代わるばかりでなく、新しい利用分野も開拓される。たとえば都市上空でホバリングをさせ、通信衛星の代わりにブロードバンド通信ステーションとして利用すれば、衛星を打ち上げるよりもはるかに安い費用で同じ機能をもたせることができる。

 旅客機の無人化、すなわちコクピットからパイロットを降ろすことも可能だろう。しかし今のところ、無人機は有人機ほどの信頼性や安全性が考慮されていない。将来、技術が進歩すれば、理論的には旅客輸送も考えられる。けれども安全性が確保されたといっても、乗客心理を考えると、兵員輸送用の軍用機ほど簡単ではない。

 そこで旅客機に関しては、2040年頃の実用化を想定して、パイロットが操作を誤ると、直ちにコンピューターが感知して、その誤操作を修正するといった研究がなされている。一方で民間貨物機は無人化されるかもしれない。宅配便も無人機で送られ、ロボットが届けてくるようになるだろう。

(西川 渉、2003.12.17)

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