<ライト兄弟初飛行100年>

音速を超えて

コンコルドのあと

 ライト兄弟の初飛行から100年目の今年は、超音速旅客機コンコルドの引退した年でもある。かつて飛行機は、如何に速く飛んでも音速を超えるのは不可能と見られていた。しかしライト兄弟から半世紀もたたない1947年ベルX-1が音の壁を突破、その6年後の丁度半世紀を経たところでマッハ2に到達、それからほぼ四半世紀後の1976年コンコルドが就航、さらに四半世紀余を経て引退したわけである。

 これで、普通の民間人には超音速で飛ぶ機会が失われたことになる。けれども、その夢までも失われたわけではない。今後100年間のうちには、さまざまな超音速民間機が出現するであろう。

 たとえばエアバス社は、早くも次世代SSTの開発構想を立てはじめた。今後10〜15年をかけて研究を進めるとして、日本にも共同研究を呼びかけている。日本はこれまで、乗客300人をのせてマッハ2の速度で10,000kmを飛ぶという構想で、SSTの開発研究をしてきた。その成果が生かせるのではないかということだが、何故か関係機関は気乗りがしないらしい。

 急に夢が覚めたらしく、SSTよりもボーイング7E7やリージョナル・ジェットといった現実のものに向かいはじめ、エアバス社を嘆かせている。

 確かに、超音速旅客機(SST)の開発には莫大なコストがかかる。その開発資金を誰が負担するのか。コンコルドのように国家が負担する。つまり貧乏人も含む国民の税金から開発資金を負担しながら、出来上がったものを利用するのは金持ちだけというのでは国民の納得が得られないであろう。

ソニックブームを減らす

 しかしアメリカ連邦航空局(FAA)も民間超音速機に向かって、新たな動きを見せている。陸地上空を飛ぶ超音速機のソニックブームの影響をどこまで認められるか、その検討に入った。

 まず今年春、FAAはソニックブームの軽減に関する関係企業の研究成果を聴取した。これに応じたのがボーイング、ロッキード・マーチン、プラット・アンド・ホイットニーのメーカー各社と米航空宇宙工業会(AIA)、米ジェネラル・アビエーション工業会(GAMA)など。

 その結果FAAは、ソニックブームに関する基準を明確にすることが必要と判断した。メーカー各社が今後、超音速機の開発研究を進めるにあたっては、その設計目標となる基準の制定が必要というわけである。せっかく超音速機を作っても、後から飛行制限を課せられては困るし、そういう航空機は誰も買ってくれるはずがない。あらかじめ、どの程度のブーム音ならば認められるのかを明確にしておく必要があるというのである。

 ソニックブームは、超音速で飛ぶ航空機の大きさや重量によって異なる。機体が細長いほど、また重量が軽いほど、軽減される。したがって今後、超音速機の実用化に向かうとすれば、先ず超音速ビジネス機(SBJ)から始めて、しかるのちに超音速旅客機(SST)に向かうのがやりやすいだろうと考えられている。

 かつてNASAとボーイング社は超音速民間輸送機(HSCT)の構想を検討したことがある。それが断念されたのは1999年のことだった。ソニックブームの解消が困難と見られたためである。ロッキード・マーチン社も同様で、全長100m、重量約340トンのSSTを想定した場合、地上のソニックブーム圧は1平方フィートあたり約3ポンドと計算された。

 ちなみにコンコルドは全長62m、総重量185トンだったが、ソニックブーム圧は1平方フィートあたり2ポンド程度で、陸地上空の飛行を禁じられた。

 ロッキード・マーチン社が考えているSBJは長さ40m、重量約68トンで、1平方フィートあたり0.5ポンドのブーム圧と計算されている。この程度なら陸地上空の超音速飛行も認めるということになれば、SBJの航続距離や価格で変わるだろうけれども、およそ250〜700機の需要があるというのがロッキード・マーチン社の見方である。

 同様に、ガルフストリーム社の考える超音速ビジネス機QSJ(Quiet Supersonic Jet)は、ロッキード・マーチン社のそれと似て、総重量が約70トンだが、胴体は9mほど長い。低速時と高速時の効率を上げるために可変後退翼もあり得る。機内は、コンコルドと同じ座席ピッチにすれば最大24人をのせることも可能。発売から10年間で180〜400機の需要があると見ている。

 なお2003年夏、「静かな超音速機」の開発研究を進めるDARPA(米国防高等技術研究所)は、NASAと組んで、ノースロップ・グラマン社と契約、F-5E戦闘機の機体形状を改修してソニックブームに関する共同実験飛行をおこなった。その結果は、機体の形状を改めるだけで、ソニックブームが半分以下に減ることが確認された。最終目標は地上での1平方フィート当りの圧力を0.3ポンドまで減らすことにあるという。

ハイパーソニックからハイパーソアへ

 こうして、今後10〜20年後には超音速ビジネス機が誕生し、2050年までには新しいSSTも登場すると考える人が多い。

 のみならず音速の5倍で飛行するというハイパーソニックの可能性もあろう。その場合はロケット・エンジンを使うことになるが、今のロケットのような燃料と酸素を内蔵したものではなく、外界から空気を取り入れて燃焼させるラムジェットやスクラムジェットである。

 こうしたハイパーソニック機は今のところ少なくとも5か国で研究が進められている。むろん当分は実験段階ではある。

 超音速飛行のためにはパルス・デトネーション・エンジンの可能性もある。これは超音速の衝撃波を利用して燃料と空気を圧縮すると同時に発火させるものである。

 さらに将来はハイパーソアが実現しよう。これは音速の10倍で飛び、地球上の如何なる2地点間でも2時間以内に結ぶことができる。水素で起動し、ラムジェットのようなロケット・エンジンを有し、水面を石がかすめてスキップするように、地球大気の外表面に沿って跳ねるように飛行する。

 このような航空機が日常化すれば、その外側は宇宙でもあり、次はきわめて安価な宇宙飛行も可能になるであろう。

 今日ハイパーソアはまだアイディアにすぎない。しかし先ずは無人のハイパーソア機を飛ばして実績を重ね、やがて軍用に使われ、その後で旅客をのせて飛ぶようになるだろう。

(西川 渉、2003.12.22)

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