<NH90ヘリコプター>

最新の技術と高性能を誇る

 

 

20年間かけて開発

 NH90ヘリコプターについては、最近さまざまな話題が伝えられる。5月半ばのベルリン航空ショーでは、1週間前に初飛行したばかりの量産1号機が急上昇や垂直降下などみごとな操縦性と運動性を披露してみせた。その後8月に中東のオマーンが本機を発注、9月にはオーストラリアも採用を決めた。これで総受注数は仮注文86機を含めて、11か国から443機になる。また9月15日、フランス製とイタリア製の各量産1号機が同じ日に初飛行した。近く、米空軍が132機の調達を計画している捜索救難機としても提案されるもようである。

 このようなNH90は、1980年代なかば欧州NATO諸国の標準的な軍用ヘリコプターとして開発がはじまった。以来20年をかけて完成した双発タービン機である。その設計と開発にあたったのは4か国のメーカーで、ユーロコプター・フランス社、ユーロコプター・ドイツ社、イタリア・アグスタ社、オランダ・フォッカー社。また最初の段階ではイギリスが入っていたが、1987年に脱退した。最近はポルトガルが、わずかなシェアで部品類の製造に参加している。

 こうした開発過程の推移は表1に示す通りだが、5か国の政府を代表する統合機関NAHEMA(NATO Helicopter Management Agency)とメーカー5社を代表するコンソシアム、NHインダストリー社との間で開発契約が結ばれたのは1992年。量産のための正式発注契約が調印されたのは2000年であった。

 

表1 NH90開発の足跡

年月日

出  来  事

1983〜84

NATO諸国による検討開始

1990.12

参加4か国がNATOヘリコプターの共同開発覚書調印

1992.2

4か国を代表する統合機関NAHEMAの設置

1992.3

メーカー4社の共同開発契約調印

1992.8

NHインダストリー社(NHI)設立

1992.9.1

NAHEMAとNHIとの間でヘリコプターの設計開発契約

1995.9.28

地上試験機の試運転イタリアで開始

1995.12.18

原型1号機が初飛行

1997.3.19

原型2号機が初飛行

1997.6

パリ航空ショーで飛行展示

1997.7.2

原型2号機フライ・バイ・ワイヤ操縦で飛行

1998.11.27

原型3号機が初飛行

1999.5.31

原型4号機が初飛行

1999.12.22

原型5号機が初飛行

2000.6.8

関係4か国政府、量産化の合意調印

2000.6.30

4か国による298機の発注契約調印

2001.6.21

ポルトガルが計画に参加

2001.9〜11

スウェーデン、フィンランド、ノルウェーの北欧3か国が合わせて69機発注

2003.10.30

フィンランドに第4の最終組立てライン設置

2003.12.12

原型3号機が操縦系統の機械的機構を取り外し、世界で初めてフライ・バイ・ワイヤだけで飛行開始

2004.5.4

ドイツで量産1号機が初飛行

2004.8

NH90用RTM322エンジンが民間証明取得

2004.9.15

フランス製とイタリア製の各量産1号機が同じ日に初飛行

 機体の大きさは最大20人の兵員搭載が可能。設計にあたっては、安全で信頼性が高く、検査点検や整備作業が容易で、実用性に富んだヘリコプターを実現することに重点が置かれた。また軍用機としては敵から発見されにくく、核兵器、生物兵器、化学兵器によるNBC攻撃に対しても防御力を持ち、耐衝撃力も強くて生存性が高いという特徴を有する。

 こうした基本的な設計思想にもとづき、NH90は戦術輸送用のTTH(Tactical Transport Helicopter)と艦船搭載用のNFH(Nato Frigate Helicopter)という2つの派生型に大別される。

 TTHは兵員14〜20人をのせ、パイロット単独の計器飛行ができる。また多少の悪天候でも、昼夜にかかわらず、超低空の匍匐飛行が可能である。

 NFHはパイロット単独で、さまざまな作戦任務を自動的に遂行し、共同作戦中の味方艦船に搭載された電子機器とも連動する。これら作戦遂行のための機器を大量に搭載して、4時間の航続性能を持つ。

構造上の特徴

 NH90の構造上の特徴は、主ローターハブが整備不要のチタニウム製。これに4枚の複合材ブレードがヒンジを介して取りつけられる。各ブレードは損傷許容設計で、多少の傷があっても直ちに危険が生じたり耐用性が失われることはない。ブレードの翼型と先端形状には最新の研究成果が採り入れられている。尾部ローターはベアリングレスの4枚ブレード。NFHの場合は主ローターと尾部パイロンが自動的に折りたたまれる。

 操縦室はグラス・コクピット。作戦任務遂行のための赤外線暗視装置、ヘルメット搭載照準器、戦術管制および戦術通信システム、気象レーダー、デジタル・マップなどを装備する。

 操縦系統は4重のフライ・バイ・ワイヤ。これで信頼性を高めると共に、すぐれた運動性を発揮できることとなった。

 胴体は全複合材製。重量や部品数が少なくなり、耐腐食性が高くなって、耐用年数は無限。また敵のレーダーで捉えにくく、可動部品やシステムは最高の安全性を持つ。降着装置は完全引込み脚。主脚は車輪がひとつ、前輪は2重になっている。

 胴体後部は、軽車両や重火器の搭載に使うランプ・ドアがつくものと、つかないものがある。TTHにはほとんどついていて、それが標準型だが、ギリシア向けの機体とドイツ空軍機の一部にはついていない。一方、海軍向けのNFHはランプ・ドアのないのが標準型。しかしフランス海軍の27機にはそれがつくなど、このあたりの派生型の変化は複雑である。

 またキャビン内部は、標準型のほかに天井の高い派生型がある。量産機のほとんどは標準型のキャビンだが、スウェーデン向けの戦術兵員輸送機(TTT:Tactical Troop Transports)は天井が23cm高い。これはスウェーデン兵の背が高いわけではなく、資材の積み込み装置を取りつけたり、捜索救難装置をつけるためという。

 エンジンはロールスロイス・ターボメカRTM322-01/9ターボシャフトが2基。コンプレッサーの流量が大きく、出力は2,430shp。最近ヨーロッパ航空安全局(EASA)の民間型式証明を取得した。またNH90にはEH101と同じエンジン、GET700-T6E1の選択装備も可能だが、今のところこれを採用しているのはイタリア機だけである。いずれもFADECがついている。

 燃料搭載量は1,900kgで、空中給油も可能。主ギアボックスは滑油が漏出した場合も30分間は正常に作動する。

操縦負担の軽減

 NH90は最新の電子機器を装備する。気象レーダー、赤外線暗視装置、ディジタル・マップ・システム、衝突防止装置など、ヘリコプターとしての基本装備は当然のことだが、特に注目すべきは操縦系統にフライ・バイ・ワイヤを採用し、機械的な操縦機構をなくしてしまったことであろう。実用ヘリコプターとしては、本機が初めてである。

 この電子操縦システムによって、NH90は操縦性がいちじるしく良くなり、超低空の匍匐飛行から高度5,400m以上の実用上昇限界まで正確な操作が可能となった。

 それに自動操縦装置(AFCS)を組み合わせることによって、手放しでも所定の飛行が可能となり、パイロットはほとんど操縦操作に気を取られることなく、作戦任務に専念することができる。

 これまでのヘリコプターは常に両手で操縦桿とピッチレバーを握り、両足はペダルに置いておかねばならなかった。NH90は、その必要がなくなったばかりか、人の操作よりも却って微妙かつ敏捷な操縦が実現し、安全性も向上した。将来に向かっては、作戦任務に関するコンピューター・ソフトの改良と追加によって、いっそう困難な任務の遂行が可能になろう。

 そうしたコンピューターの作動状況は、他の飛行情報や機体状況と共に、計器パネル上5面の液晶ディスプレイ画面に表示される。その中には警報システムや通信システムも含まれるが、これらは音声でもパイロットに伝えられる。

 こうしたコクピットにすわり、フライ・バイ・ワイヤ系統に接したパイロットたちは、操縦系統の信頼性が高く、ディスプレイの表示が分かりやすいので、作業負担がいちじるしく少なくなり、本来の作戦任務に専念できると語っている。今後は、こうしたシステムが標準的で不可欠なものとなってゆくであろう。

陸上と海上の作戦任務

 NH90は、これまで原型機などで2,300時間余の飛行を重ねてきた。このうち半分はフライ・バイ・ワイヤによる操縦である。また、気温-40℃から+50℃までの飛行が可能で、氷結気象状態の中でも、砂漠の炎天下でも飛べる全天候性を有する。

 基本的な数値データは表2の通りである。最大離陸重量は10トン余。スーパーピューマの9トン余に大してやや大きいが、競争相手のシコルスキーS-92の11トン余よりも小さい。ペイロードは火器などの搭載量が2.5トン余だが、カーゴフックの吊上げ容量は総重量を11.4トンまで上げて最大4トンとなる。

 耐用時間は設計上、30年間で1万時間の飛行を想定している。この間の作戦稼働率は97.5%。整備作業に要する手間は1飛行時間あたり2.5マンアワーとなる。

 本機は多用途軍用ヘリコプターとして、関係諸国の陸、海、空軍で使われる。陸軍の戦術輸送機TTHは右席にパイロット、左席に副操縦士または戦闘指揮官、あるいは戦術参謀が乗り組む。主キャビンは左右に大型ドアがあって、武装兵員20名まで搭乗できる。後部ランプ・ドアからは軽車輌を積み込めるるが、このときの同乗兵員は7名まで。またキャビン左右のドアには射手を配置することもある。

 負傷兵の吊上げ救助も可能で、ホイストの容量は270kg。患者搬送のためにはストレッチャー12名分と同時に負傷者6名、医師2名を搭載する。また座席やストレッチャーを外せば、いっぺんに25名の救助搬送も可能。

 海軍機としてのNFHは対潜および対艦作戦が主要任務となる。この場合は通常3名の乗員が乗り組み、敵潜水艦の探知、追尾、識別、攻撃などの作戦に当たる。また敵艦隊に対しても同様で、水平線の向こうの見えない艦船にも攻撃を加えることができる。

 ほかに捜索救助、補給輸送、海兵輸送、患者搬送、特殊作戦などの任務も可能。こうした作戦のために、NFHはソナーを装備、機外に張り出した火器ステーションには最大800kgの魚雷2基、またはミサイル2基、ソノブイ・ランチャーなどを取りつける。

 また海上を飛ぶために緊急用フロートや着艦のための固定装置を持ち、艦上係留のためには主ローター・ブレードと尾部が自動的に折りたたまれる。

 捜索救難機としては、パイロット2名のほかに救助隊員2〜4名をのせ、沖合300kmまで飛んで10人を救助、200kmまで飛んで25人を救助する。

表2 NH90主要データ

諸  元

数 値

寸度(m)

  主ローター直径

16.30

  全長

19.56

  全高

5.22

  胴体長

16.09

  折りたたみ長

13.50

重量(kg)

  総重量

10,600

  空虚重量

6,400

  キャビン・ペイロード

>2,500

  カーゴフック容量

4,000

  救難用ホイスト吊上げ容量

200

エンジン出力(shp)

  離陸出力 

2,400

  最大連続出力

2,230

  片発緊急出力/1時間

2,417

  片発緊急出力/2.5分

2,622

  片発緊急出力/30秒間

2,895

燃料搭載量(kg)

  標準タンク

2,036

  機外補助タンク

248×2

  キャビン内空輸タンク

400×4

将来目標は1,000機

 今後の量産計画は2005年に25機、2006年40機。2007年には最高限度の50機になる予定。これが少なくとも2009年まで続く見こみで、その後の生産数は今後の受注状況によって決まる。

 これらの製造は4ヵ所の最終組立ラインでおこなわれる。ユーロコプター社は、ドイツのオットブルン工場でドイツ軍向けの最終組立てをおこない、南仏マリニアンヌ工場はフランス軍向けNFHとTTHのほか,ギリシア機その他の外国向けの機体組立を担当する。

 またアグスタ社のベルジアーテ工場ではイタリア軍向けTTHとNFHを製造する。4つ目の組立てラインはフィンランドのパトリア社の工場に置かれる。同社では当面50機の製造を予定している。そのうち32機はフィンランドとスウェーデン向け、残り18機は将来出てくるであろう新しい注文を見こんでいる。

 最近までの受注数は表3の通り、確定357機、仮86機。ほかに正式契約にはなっていないが、フランス陸軍が2011年から68機のTTHを導入したいという意向を持ち、ドイツも55機の追加発注を考えている。これらを含めて、NHインダストリー社としては今後なお追加注文が増え、最終的には600機以上の受注を見こんでいる。

表3 NH90受注状況

   

TTH

NFH

仮注文

合  計

フランス

海軍

27

27

イタリア

陸軍

60

60

海軍

10

46

56

空軍

1

1

ドイツ

陸軍

50

30

80

空軍

30

24

54

オランダ

海軍

20

20

ポルトガル

陸軍

10

10

スウェーデン

  

13

5

7

25

フィンランド

  

20

20

ノルウェー

   

14

10

24

ギリシア

   

20

14

34

オマーン

   

20

20

オーストラリア

   

12

12

合  計

  

245

112

86

443

 新しい受注目標の中にはイギリス、サウジアラビア、シンガポール、ニュージランドなどが含まれる。5月のベルリン航空ショーでは、記者会見の中で日本へも販売促進中という発言があった。日本周辺の広大な海域警備と捜索救難に使ってもらいたいというものだが、果たしてどうなるか。

 こうして、ヘリコプターの世界市場で大きなシェア獲得をめざすNHインダストリー社は、この新しい大型多用途ヘリコプターがフライ・バイ・ワイヤや機体の複合材構造など最新の技術を採り入れ、競争相手に対しても有利な立場にあることから、将来は1,000機の生産も夢ではないと確信している。

表4 飛行性能

最大速度(km/h)

305

巡航速度(km/h)

260

最大上昇率(m/分)

522

片発上昇率(m/分)

45

ホバリング高度限界

地面効果内(m)

2,960

地面効果外(m)

2,355

航続距離(km)

800

空輸距離(km)

1,200

行動半径(km)

300

航続時間

4.75

 

(西川 渉、「航空ファン」2004年11月号掲載)

【関連頁】

 仏伊の量産1号機が同日そろって初飛行 

 ベルリン航空ショーで見たNH90

 国際航空宇宙展のNH90

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