<グーグル・アース>

ニューヨークのヘリポート

 Google Earth という面白い仕組みがインターネット上にあることを知った。『ウェブ進化論』(梅田望夫、ちくま新書、2006年2月10日刊)に教えられたものである。

 この本はまことに刺激的な本で、インターネットの新しい世界を、少し先の未来を含めて、うかがわせてくれる。これを手にしたのは日頃愛用している検索エンジン「グーグル」の話が多いように思えたからだが、今やグーグルは検索ばかりでなく、ダイナミックな広告機能やニュースの集積、Gメール、ブックサーチなど、未来に向かって大きく発展しようとしているらしい。

 その詳細は本書を読んでいただくとして、ここでは宇宙から地球を見る、都市を眺める、さらに下がってわが家の裏庭まで覗けそうな「グーグル・アース」を使ってみた結果をご報告したい。

 一例として、ニューヨーク港湾局が管理する4ヵ所の公共用ヘリポートを上空から垂直に見下ろしてみよう。

マンハッタン・ヘリポート

 

 ウォール街の先端からイーストリバーに突きだした桟橋上のヘリポート。もっとも今では昔の木製桟橋が朽ちてきたため、同じような形のコンクリート製につくり替えてある。かつては「ウォール街ヘリポート」と呼ばれていたが、いつの頃からか改称された。桟橋の途中にターミナルがあり、先端に大きくHの文字を入れた着陸帯。そして駐機スポットの浮き橋がT字形に張り出しているのが特徴である。この写真から12機が駐機できることが分かる。

 最近ここからケネディ空港へのヘリコプター定期便が飛び始めた。途中で採算割れにおちいることなく、長つづきするよう祈りたい。


河面から見たマンハッタン・ヘリポート

 


遊覧ヘリコプターから見たマンハッタン・ヘリポート
(2001年初め撮影)

東34丁目ヘリポート

  ウォール街ヘリポートからイーストリバーに沿ってルーズベルト・ドライブを北上し、34丁目まできたところにある。高架道路下の河岸沿い、細長い敷地にあるので、ヘリポートの存在に気づく人はまずないであろう。それにしても、よくまあこんなところでヘリコプターの発着ができるものかと思う。

 その秘密は下図のように、着陸帯を川面に想定してあるからではないかというのが1985年頃、われわれ朝日航洋で考えた推測だった。当時この図をニューヨーク港湾局に持っていって見せたところ、逆にアメリカ人の方が驚いたり感心したりするばかりで本当のところは未だに分からない。けれども、このように考えないと、ヘリポートの設計基準に照らして、こんなところにヘリポートをつくるなどは無理ではないかと思われるのである。

  われわれが、上図のような仮想表面を想定したのは、米FAAの基準に下図のような考え方があったからである。

 こうした仮想表面ヘリポートについては当時、以下のようなことを書いたことがある。

<東34丁目ヘリポートは川に面してはいるが、全く張り出しがない。写真で見ると高速道路下の猫のひたいのようなヘリポートである。ニューヨーク・ヘリコプター社は現在ここを本拠にして、マンハッタンと3つの大空港を結ぶ定期便を運航している。

 それに、親会社のアイランド・ヘリコプター社も、ここからマンハッタン一周の遊覧飛行をしている。離着陸回数は年間60,000回。休日ともなれば、空から摩天楼群の景観を見ようという人々が長い列をつくり、年間10万人を越える遊覧客がヘリコプターに乗る。

 ヘリポートの敷地は川沿い60m、奥ゆき30m。駐機場の広さはジェットレンジャー級の小型機で9機程度か。運用時間は午前8時から午後7時までだが、あらかじめ要求すれば1日24時間、いつでも使うことができる。そのためビジネス・ヘリコプターの利用も多く、全体の3割を占める。燃料補給も可能。

 このような河岸沿いのヘリポートがきわめてせまい場所で、立派に運用できるのは何故であろうか。アメリカのヘリポート設置基準がよほど甘いせいか。実はそうではなくて、連邦航空規則(FAR)の中に「仮想表面を持つヘリポート」という基準が設けられているためだ。

 これは、何もない水面上に仮想の着陸帯、進入表面、転移表面などを想定する。無論これらの制限表面は舶空法上の基準に適合していなければならない。そしてヘリコプターは、その仮想の着陸帯に向って進入し、着陸帯とみなされる空中で停止し、ホバリングをしながら河岸の駐機場へ移動するのである。

 こうしたヘリポートのあり方は、ホバリング(空中停止)というヘリコプター特有の飛行持性を最大限に生かしたものということができよう。

 考えてみれば、ふつうのヘリポートや飛行場でも、着陸帯と駐機場が異なる場合、ヘリコプターは必ずしも着陸帯に接地しない。特にスキッド式の降着装置を持つヘリコプターは、着陸帯の上でいったん停止するけれども、そのままホバリング移動で指定の駐機スポットヘ入ってくる。とすれば、やや乱暴な言い方になるが、もともとヘリポートにはコンクリート舗装の着陸帯など不要だったのである。

 つまりヘリポートの設計に当っては、飛行機と同じような条件を考える必要はないのだ。飛行機に多い離着陸時の事故も、ヘリコプターではほとんど見られない。ヘリポートは飛行場の概念から脱して、ヘリコプターの特性にもとづいて考えるべきであろう。>(西川 渉「都市ヘリポートを考える」/Aerospace Japan誌1985年2月号より)

 余談ながら現在、アメリカのヘリポート設計基準で仮想表面が認められているかどうか、よく分からない。最近の基準書を見たが、上のような図は見あたらなかった。といっても西30丁目ヘリポートは今でも立派に使われている。

 日本でも、阪神大震災いらい、災害時の緊急着陸に際して周囲に障害物があるため直接地面に着陸できない場合、地表面から15m上の空間に着陸帯を想定し、そこへ向かって進入する。そして、いったん空中停止をしたのち、そこから垂直に地面に接地することが認められている。この場合は、アメリカのような水平のホバリング移動ではなくて、垂直のホバリング移動ということになる。

西30丁目ヘリポート

  上の東34丁目ヘリポートの反対側、西30丁目にもヘリポートがある。ハドソン川に沿った場所で、駐機場が河面に突き出している。2001年初めここから遊覧飛行に乗ったが、911多発テロのあと、今でも飛んでいるのかどうか分からない。

 下の写真は、その遊覧機からヘリポートへの進入時に撮ったもの。


西30丁目ヘリポート全景

東60丁目ヘリポート

  上の垂直写真で見ると、東60丁目ヘリポートは今は存在しないように見える。2001年初めにここへ行ったとき、事務所や待合室の建物が何故か焼け落ちた跡が残っていた。車の運転手が、何日か前に火事があったと説明してくれた。そのあと再建されることなく、ヘリポートも閉鎖になったのではないかと思われるが、本当のところはよく分からない。

 しかし、下の写真で見るように、かつてはパンナム・ヘリポートと呼ばれ、パンアメリカン航空がここからケネディ空港へベル222を使って旅客サービス便を飛ばしていた。ファーストクラスやクリッパークラスの乗客をタダで送迎するというもので、私も乗ったことがある。

 ケネディ空港まで10分足らず。予約しておくと、何時にヘリポートへくるようにといわれる。時間になるとヘリコプターが飛んできて、東京までの搭乗手続きや手荷物のチェックインをすませると、そのまま東京便のゲートのそばへ飛ぶという便利さ。しかし余りに便利すぎて、当時は香水やウィスキーが立派なおみやげだったが、それを買う暇もなくて弱った憶えがある。

  
パンナム・ヘリポートと呼ばれていた当時の東60丁目ヘリポート。
川沿いのせまい場所で、すぐ横に大きな橋があるので、われわれは
ここでも河面に仮想の着陸帯が想定してあるのではないかと考えた。

 (西川 渉、2006.4.5)

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