ニューヨークのヘリポート

活発な利用の陰に存続の危機

 

 今年3月の末、久しぶりにニューヨークの公共用ヘリポート4か所を見て歩いた。ハドソン川に面した西30丁目ヘリポート、イースト・リバーに面したウォール街ヘリポート、東34丁目ヘリポート、東60丁目ヘリポートである。かつては、このうち3か所からヘリコプター旅客便が飛び、ケネディ、ニューアーク、ラガーディアといった周辺空港との間を、いずれも10分以内で結んでいた。

 しかし今も、定期便こそなくなったが、ヘリポートの存在意義は大きい。ひとつはビジネス・ヘリコプターの利用が盛んで、たとえば北西10kmほどの地点にあるビジネス機専用のティータボロ空港からは、そこまで西海岸や欧州からビジネスジェットで飛んできた要人たちが、ヘリコプターに乗り換えてマンハッタンの中心部へ、これも10fもかからずに乗りこんでくることができる。

 そのためティータボロは社用または自家用のビジネスジェットやヘリコプターに加えて、チャーター用のビジネス機やヘリコプターも多い。流行のフラクショナル・オーナーシップ機も、世界経済の中心たるニューヨークを背景とし、しかも公共用ヘリポートの存在を前提として成立しているのである。

 同じ意味で、ウォール街ヘリポート――最近はダウンタウン・マンハッタン・ヘリポートと呼ぶようになったが、ここでは宅配荷物を積んだヘリコプターが盛んに発着している。ウォール街で取引きされる証券、手形、小切手など、時間を急ぐ金融証書類の輸送のためである。

 また遊覧飛行も盛んである。マンハッタンの摩天楼街は、ビルの谷間から見るのと上空から見るのとでは、まさに天と地との差がある。最近は東京も立体化して、空から見る景観が素晴らしくなったが、ニューヨークはさらに見ごたえがある。ただし、ビル群の直上は騒音と安全を考慮して、ヘリコプターの飛行が禁じられている。

 

遊覧飛行に乗る

 西30丁目ヘリポートではリバティ・ヘリコプター社の遊覧飛行に乗った。風は強いが天気の良い日であった。ハドソン川を南下して自由の女神に挨拶、一周して北を向くと絵はがきに見るようなニューヨークの超高層ビル群が広がる。その南端に、巡航船を追うようにして近づくと、正面にワールド・トレード・センター(WTC)が2本の巨大な石柱のようにそそり立ち、右手はイーストリバー、左手はハドソン川となる。イーストリバーの河口にはウォール街ヘリポートがT字形に張り出している。

 パイロットが、あれは何、これは何と説明してくれるが、騒音のためによく聞こえない。「えっ?」と聞き返すと大声でわめきながら、親指を立てて「どうだみごとな眺めだろう」というようなことを言う。自分自身が楽しみながら、自慢げに飛んでいるかのようである。こちらも親指で返事をかえすと、満足したように笑みを返す。幸い副操縦席にすわることができたので、全てがよく見える。

 ヘリコプターは石柱の横をかすめるようにして、再びハドソン川に沿って北上、空母イントレピッドを係留した海軍航空博物館の上を通って、右手にセントラルパークが見えるあたりで反転、川を下って出発点に着陸した。この間5分足らず。料金は59ドルだったが、ほかに10分間90〜111ドル、15分間162〜187ドルといったコースもある。料金は週日は安く、金、土、日曜日が高くなる。

 降りたところで係員に聞くと、乗客は多い日で500人。昨年は年間14万人だったという。これをさばくために常時2機が飛んでいるらしい。とすれば年収は700万ドルを超えるはずで、予備機を含む3機のAS350を使うとしても、相当な稼ぎといってよいであろう。

 

焼け落ちたヘリポート

 このようなヘリコプター遊覧は、かつて東30丁目ヘリポートから飛び立ち、イーストリバーを南下して自由の女神を回るとハドソン川を北上、セントラルパークを東向きに横切って、国連ビルを見ながら出発点に戻るというコースもあった。しかし、余りに人気が出過ぎて頻繁に飛ぶものだから周囲から騒音苦情が出て、やめさせられてしまった。

 似たような話は、大阪中之島にあった朝日ヘリポートである。10年ほど前の景気高揚期に、ここからヘリコプターでゴルフへ出かける人が増え、早朝からやかましいという苦情が相次いで持ち主も耐えきれず、わが国唯一の民間公共用ヘリポートがなくなってしまった。過ぎたるは及ばざるが如しである。

 もっともニューヨークの場合は、ヘリポートまで閉鎖されたわけではない。遊覧飛行はなくなったものの、発着回数と運用時間を制限して今も使われている。行って見ると、S-76がパークしているところへロングレンジャーが降りてきて、ビジネスマンらしい数人が乗りこんだ。マンハッタンの真ん中あたりに位置するから、ビジネス機の利用が多いのであろう。

 ウォール街ヘリポートは本来が金融ビジネスを対象としていて、ビジネス機と宅配機の利用が多い。そのほとんどは朝夕の離着陸になる。その代わり昼間は先ほどのリバティ・ヘリコプターが遊覧飛行をしている。ただし土曜日と日曜日はヘリポートが閉鎖されるし、週日でも夜間は飛べない。やはり騒音苦情のためである。それでも1999年には離着陸回数が27,000回を超えた。

 最後に東60丁目ヘリポートへ行って見て驚いた。利用者の待合室に使われていた小屋が焼け落ちていて、焦げ茶色の焼け跡が煙こそ立っていなかったけれど、そのまま残っていたのである。案内してくれた中国系運転手が、火事は2か月ほど前。これから片づけて夏には再建されるらしいと説明する。原因はよく分からない。何かが爆発したともいうが、まさかテロではあるまい。

 かつては、ここからパンアメリカン航空のクリッパークラスの旅客をのせたヘリコプターが、無償でケネディ空港へ飛んでいた。当時は「パンナム・メトロポート」と呼ばれ、私も1〜2度利用したことがある。ここで搭乗手続きをして荷物を預けると、8分ほどでケネディ空港のパンナム・ターミナルに横付けとなり、階段を上がったところが東京行き国際便の改札口。余りに便利で合理的で、おみやげを買う暇もないほどだった。

 

迷惑をかけない飛び方

 しかし近年、ニューヨークのヘリポートは御難つづきである。それというのもジュリアーニ市長がヘリコプター嫌いだからという。事実、就任から数年のあいだに、各ヘリポートの運用時間や発着回数を制限し、市営の東34丁目ヘリポートでは遊覧飛行を禁止してしまった。

 マンハッタンは元来、東西両側を大きな川にはさまれ、ヘリコプターにとっては地の利の良いところである。そのためヘリポートも多く、ビジネス飛行や遊覧飛行が盛んにおこなわれた。今もその点は変わらないが、野放図にしておくと騒音や安全の理由で制限がきびしくなり、今のヘリポートも順次閉鎖という考えすら出てきた。

 その最悪の事態を避けるには、ヘリコプターを飛ばす側も充分に注意を払わなければならない。というので米東部ヘリコプター協会(ERHC)では、近隣の迷惑にならない飛び方――「フライ・ネイバリー」を絶えず運航者に呼びかけている。

 たとえば川の上の定められた経路を飛ぶこと、病院、学校、住宅地など騒音忌避地区の上空は飛ばないこと、飛行高度を上げること、急旋回などの乱暴な操縦はしないことといった操縦上のことから、騒音苦情があったときは直ちに協会に通報し、一緒になって対策を講ずること、さらには冬と夏、雲の低いときと高いとき、湿度の高いときと低いときなどで騒音の大きさや伝わり方はどう違うかといった基礎的な問題まで、さまざまなキャンペーンを続けている。

 しかしヘリコプターやヘリポートへの反発は、今の騒音レベルでは将来ともおさまりそうにない。ニューヨークのヘリコプターの活動が活発であるだけに、それに対する反発は強く、同時にヘリポートが利用できなくなったときの損失も大きい。

 ヘリコプターの環境問題は、ニューヨークばかりでなく、日本でも最大限の注意を払い、具体的な方策を講じてゆく必要があろう。

(西川 渉、『航空情報』2001年7月号掲載)

 (「本頁篇」へ)  (表紙へ戻る)  (別巻へ飛ぶ