<ヘリコプター救急>

カナダでも死亡事故


オレンジのシコルスキーS-76救急ヘリコプター

 カナダのヘリコプター救急は、事業開始から35年間、北極圏を含む気象条件の悪い中で昼夜を問わず、24時間体制で飛びながら、一度も死亡事故を起こしたことがなかった。

 すばらしい記録だというので、昨年暮れ頃から調査を開始、なぜ安全に飛んでいるのかを考察した報告書「カナダのヘリコプター救急と安全の構図」をまとめ、今年5月初めHEM-NetでA4版36頁の小冊子につくって貰った。

 この中で、カナダの安全要因に関する私の結論は、主として次の通りである。

  1. 各州の運航者はひとつ
  2. 運航費は州の公的負担
  3. 使用する機体は双発機
  4. パイロットの飛行経験
  5. 計器飛行の資格を持つ
  6. パイロットの2人乗務

 一つひとつの解釈は、上の小冊子を見ていただくこととして、カナダの誇るべき安全記録が、このほど破れてしまったのである。

 それは去る5月31日の深夜午前0時11分頃、オンタリオ州全域の救急飛行を担当しているNPO法人オレンジのヘリコプターが事故を起こし、4人が死亡した。患者は乗ってなく、死者はパイロット2人とパラメディック2人であった。

 事故機はシコルスキーS-76。オレンジが拠点を置いていたムーソニー空港を飛び立った直後、わずか850メートルほど飛んだところで、あっという間に墜落、乗っていた全員が死亡した。このときの気象条件は雲が高く、わずかに霧雨が降っていたが、視程は良好だった。

 空港周辺の地形はほぼ平坦で、深いやぶに覆われ、まばらな木立もあった。そのやぶと木立の中に墜ちこんだ機体が見つかったのは6時間後の翌朝。直ちに捜索救難本部の隊員2人が飛行機で現場上空へ飛び、パラシュートで降下したが、生存者はいなかった。

 この救急ヘリコプターはアッタワピスカットに患者を迎えにゆくところだった。いわゆる病院間搬送で、交通事故や急病人発生のような緊急事態ではなかった。

 パイロットは2人ともに飛行経験を十分に積んだベテランで、救急飛行の経験も長く、ムーソニー基地での離着陸にも慣れていた。

 事故現場には翌日、運輸安全委員会の調査官4人が立ち入り、原因の調査を始めた。機体は激しい勢いで地面にぶつかっていた。この墜落前後の音声を記録したボイス・レコーダーも回収され、分析のためにオタワの事故調査本部に送られた。これにはヘリコプターのエンジンやローターの回転音、何らかの警報音、乗員間の通話などが録音されているはずで、墜落までの様子をいくらかでも推察することができる。

 事故の後、オレンジはS-76ヘリコプターの飛行を全機停止とした。今のところ、事故原因が機材上の問題ではないかと疑われるからである。なお、同社は6機のS-76を使っており、うち1機が今回の事故となったもので、機体は製造から33年を経過していた。

 先に掲げた安全要因は、実はシステムにかかわる方策である。しかしシステムが如何にきれいに組み立てられていようと、その中で使われる機材が欠陥のない、整ったものでなければ、事故の原因となり得る。さらにその機械やシステムを操作し動かしてゆく人間が間違いをおかしても事故が起こる。

 これらの問題をなくすために、システムとしては機体の整備基準を定め、不具合や故障のあるままで飛行しないようにしている。また人間については訓練基準や飛行経験を定め、一定水準以上の技術を求めている。

 それでも、なおかつ事故が起こった。

 地元では事故の翌日、6月1日の夜だったが、死亡した4人の霊を慰めるために盛大な祈りの儀式が執りおこなわれた。

 当事者のオレンジ法人には、カナダ首相とオンタリオ州知事から丁寧な弔電が届いた。カナダ国とオンタリオ州にとって、この事故が如何に重大なものであったかが分かろうというもの。同時に、カナダのヘリコプター救急が如何に重要視されているかも推察できる。

 事故は、それらの期待を裏切るものであった。まこと無念というほかはない。

(西川 渉、2013.6.8)

 

 


オレンジ救急法人はAW139中型機も救急に使っている

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