嗚呼、またしてもオスプレイ

 

 

 アメリカの大統領選挙は、どうやらゴアが負けて、ブッシュになったらしい。先ほど聞いたばかりだが、これでめでたくチェイニー副大統領が誕生するのであろう。折からオスプレイの今年2度目の死亡事故が伝えられ、いささか波乱含みの事態となってきた。

 何か月か前、ブッシュがチェイニーを副大統領候補に選んだというニュースを聞いて、これは大変だと思った。是非ゴアに勝って貰いたい、と。われわれ日本人にはどっちでもよさそうなものだが、チェイニーは10年ほど前、国防長官だった当時みずからオスプレイの開発に反対し、ティルトローター計画を葬り去ろうとした前科がある。そんな人物が副大統領になったらどうなるか。オスプレイの生産を進めているベル社やボーイング社は当然警戒しているだろうと思っていたら案の定、少し前の『ヘリコプター・ニュース』だったか、同じような懸念を書いていた。

 当時のチェイニー長官のオスプレイ反対の論拠は、技術的に未知の部分が多いことと、調達コストが高すぎることの2点であった。技術上の問題は、あれから年月がたってほとんど解明できたかと思われるが、やはり航空機の開発には思いがけない問題がひそんでいる。去る4月には人質救出訓練のために急角度進入をしようとしてパワーセットリングに入り、墜落大破して乗っていた19人が死亡した。

 あれから7か月、ようやく問題が収まったかと思われたときに再び事故が発生し、乗員4人が死亡した。こんなことは新しい軍用機にはつきもの……などということは最近では許されない。軍用機にも旅客機と同じような安全性が求められるのである。新しい副大統領が、この事故に対してどのような言動に出るだろうか。

 

 余談ながら子どものとき、民主主義にもとづく近代国家とは3権分立なる構造の上に成り立ち、司法、行政、立法が同じ権利をもって相互に牽制し合うものと習った。しかるに今度のアメリカ大統領選挙の開票騒ぎを見ていると、候補者双方が交互に訴訟を起こして司法の判断を仰ぎ、それが選挙の結果を決めるようなことになってしまった。つまりアメリカでは司法が行政の上に立つことが露呈したのである。まさに訴訟国家アメリカならではのことといえよう。

 同じようなことは、日本の場合もっと前からはっきりしていた。こちらは行政、すなわち官僚が最高位にあることはいうまでもない。先日も羽田と成田の両空港をめぐって、新しい運輸大臣が国民の利益と利便を考えた本来的、常識的な当然のあり方を口にしたところ、たちまち官僚たちに封じこまれてしまった。裁判官も法務省の支配下にあることは、つとに指摘されている通りである。

 

 話がそれたが、ここでの主題はオスプレイである。実は事故発生と同時に3人の友人からインターネットを見るようにというメールが届いた。私も、それらの連絡を見るまでは、オスプレイが今年2度目の死亡事故を起こしたことを知らなかった。

 いったい何が起こったのか。本稿執筆の時点までに海兵隊の発表したことは、次の通りである。

 事故機は12月11日、海兵隊のノースカロライナ州ジャクソンビルにあるニューリバー基地を午後6時に離陸した。夜間の計器飛行訓練と着陸訓練のためである。機は一連の訓練を終了し、基地に戻るところであった。パイロットからのメイデイ・コールが発せられたのは午後7時27分、到着予定時刻3分前のことだが、緊急事態の内容については、全く連絡がなかった。

 ニューリバー基地の管制官は事故機との連絡を取ろうとしたが、できなかった。しかし、墜落地点だけは推定できた。ジャクソンビルから北へ5マイルほどの海岸に沿った森林の中である。直ちに捜索救難隊に出動命令が出された。しかし、そこは4輪駆動車でなければ近づけないような場所で、救助隊と消防隊が現場に到着したのは事故発生から1時間半後、午後9時頃のことであった。

 同時に、海兵隊のMV-22オスプレイは全機飛行停止となった。

 

 このような事故がなぜ起こったのか。無論まだ原因ははっきりしないが、現場では目下フライトレコーダーの探索がおこなわれている。先ずはその分析から入らねばならない。4月の事故は急激な操作をしたパイロットのエラーが原因であるとされた。しかし、今回の事故機に乗っていた2人のパイロットは海兵隊の中でも、オスプレイに関して最も経験を積んだパイロットとみなされていた。

 原因について、『TIME』誌は「事故の直前にエンジン音が大きくなった」という目撃者の談話から、パイロットが何らかの異常事態に気づき、その修正をしようとしたのではないかと推測している。また『ニューヨーク・タイムズ』紙では目撃者が「火の玉になって墜ちた」と語っているが、余り信頼はおけない。

 それにしても、この事故はオスプレイ・プログラムの微妙なタイミングで発生した。それは、4月のアリゾナで起きた19人死亡の事故から7か月が過ぎて、人びとの頭の中からそろそろオスプレイへの不安感が薄れてきた頃であった。

 そこで海軍は11月、オスプレイの本格生産に着手する内定を出し、国防省が正式決定を下すところだった。そこへ事故が起こったため、海兵隊はウィリアム・コーヘン国防長官に対し、事故原因などの事態が明らかになるまで決定を延期するよう求めざる得なかった。

 この一連の動きに平行して、同じ11月、国防省の運用試験評価委員会がMV-22は軍用には適さないという報告書を出していた。ただし不適といっても、安全性に問題があるわけではなく、信頼性と整備性を問題にしたものである。たとえばローターの折りたたみ機構に不具合があるというので、最終決定の前にもう一度、海上での試験をすることになっていた。

 また4月のアリゾナでの事故に関連して、ボルテックスリング状態におちいらぬようにすべきだという考え方から、限度を超えた急降下に入ったときは警報が鳴るような装置をつけてはどうかという意見も検討されているところだった。

 事故の直後にオスプレイの将来を考えるのはむずかしい。けれども『TIME』誌は「オスプレイ計画中止の前兆か」という見出しで手きびしい論評を書いている。

「ディック・チェイニーは10年前からこのことを主張していた。ブッシュ政権が発足すれば、新しい副大統領の最初の仕事がオスプレイ計画の中止になるかもしれない。それはチェイニーが10年前に果たし得なかったことの仕上げであり、チャンス到来ともいうべきものである」と、関係者の誰もが恐れていることを真っ正面から書いている。

 TIMEによれば、「オスプレイはヘリコプターよりも操縦がむずかしく、費用もかかる」。したがって「軍用機としての過酷な戦闘飛行はまだ認められていないし、機銃も装備していない。同機からのロープを使ったラペリングもできない。おまけに1機8,700万ドルもする高価な航空機でありながら、安物の自動車と同じようにドアは開けづらく、急いで機外へ脱出するのは危険だし、機内の冷暖房は不充分で乗り心地が悪い」「ペンタゴンは、それでもなお、この未熟な航空機を買うつもりか」と結んでいる。

 それにくらべて『ニューヨーク・タイムズ』紙の論調は、何故か今回は温厚に見える。「オスプレイ計画は、1週間後には本格的な量産着手の承認が出る予定だった。事故のために延期になったけれども、今や30年を経過して総額400億ドルという余りに大きな計画だけに、却って中止するのはむずかしくなった」

「今から11年前、ブッシュ政権の当時に国防長官に就任したチェイニーは金がかかりすぎるとして計画中止を試みたが、成功しなかった。固定翼の上にローターをのせるなど、まことに異様な風体の航空機がここまで生き延びてきたのは議会の強硬な後押しによるものだった。開発の時間ばかりかかって、今や1機あたりの値段は当初予定の3倍にまで膨れ上がった」

 海兵隊副司令のフレッド・マッコークル准将の発言も引用している。「この航空機で飛んだ経験から、また間近に見たところでも、何か問題があるとは思えない」「月曜日の事故は決して小さくないが、オスプレイが安全な航空機であることに変わりはない。本格的な生産着手は遅れるにしても、来年にははじまるであろう」と。

 まさかベルとボーイングの両社が、チェイニーの10年ぶりの仇討ちに討ち取られるとは思えないのだが。

(西川渉、2000.12.14)

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