東京大震災とヘリコプター
西 川  渉

(1996年12月4日、東京王子ロータリークラブでの講演要旨)






出遅れた消防ヘリコプター

 学者の説によりますと、現在の東京は、阪神大震災に匹敵する直下型の大地震が、いつ来てもおかしくないそうです。その東京大震災に備える対策としては、無論さまざまなことが実行に移されていますが、今日はヘリコプターの観点から災害への対応策を考えてみたいと思います。

 最初に、もう一度、阪神大震災を思い起こして下さい。あのときは地震のために建物が倒壊し、それと共に火災が発生しました。しかるに高速道路は崩れ落ち、普通の道路も倒壊した建物や電柱や看板で塞がれ、避難する人と車で混雑して、閉塞状態に陥いりました。
 そのため火災が発生しても消防車が近づけない。そのうえ現場に到着しても水が出なかった。海から長距離のホースをつないで、水を持ってこようにも、ホースを繋ぐ金具のスペックが一致していない。実にばかげた理由で、結局、消防車は使いものにならなかったわけです。
 といってヘリコプターも使わなかった。なぜ使わないのか――国民の誰もが疑問を感じたのに対し、首相官邸、国会、消防研究所、そして消防当局から、さまざまな言い訳がなされました。曰く――
  @消火剤は人体に悪影響が出る
  A正確な投下ができない
  B水を散布すると水蒸気爆発が起こる
  Cローターの風が火勢をあおる
D水が家を押しつぶす
  E屋根の上に落ちた水は流れ落ちるだけ
F水を撒いても霧雨状になる
G高温の上昇気流はヘリコプターにとって危険
H有効であるためには大量のヘリコプターが必要だが、現実は機数が不足
などなど。

 果たしてそうでしょうか。私は、これらの言い訳がことごとくおかしいと思います。同じように納得できなかった人も多いのではないでしょうか。
 では何故、このような言い訳が必要だったのか。その理由は出動の遅れです。遅れた言い訳をしはじめたら、弁解のための弁解がどんどん大きくなって行って引っ込みがつかなくなったのです。


出動体制がなかった
 なぜ出遅れたのか。もちろん出動体制ができていなかったからです。具体的には消防ヘリコプターが待機の体制を取っていなかったからです。

 もともと消防署というものは、火事が発生すると直ちに消防自動車が出動する――そういう体制が普段からできています。消防署員は一刻を争って消防車に飛び乗り、現場へ急ぎます。被災者から見ればまことに頼もしい限りです。模範的な危機管理体制で、一般市民として感謝のほかはありません。
 しかしヘリコプターは例外でした。ヘリコプターは夜になると格納庫に大切に収納され、ドアを閉め、鍵をかけて、航空隊員は帰宅します。これでは、いざというときに役に立ちません。
 そんな日の明け方に阪神大震災が発生しました。昨年1月17日午前5時46分のことです。自宅で寝ていた航空隊員は、先ずヘリポートへ出てくるのに時間がかかりました。神戸ヘリポートは埋め立てによって造成されたポートアイランドの先端にあります。地震のときは液状化現象が起こったり、本土との間をつなぐ橋の一部が落ちたりして、神戸の住宅地からたどり着くだけでも大変な時間がかかりました。
 やっとヘリポートに到着すると、今度は停電していて電動式の格納庫の扉が開かない。手動であけようにも、建物がゆがんで何かがひっかかって開かない。そういう格納庫もあったようです。
 結局、ヘリコプターが離陸できたのは、地震発生から4時間後の10時前でした。しかも、その目的は消火ではなく、先ずは偵察飛行でした。


報道ヘリコプターの出動体制
 その頃、テレビはどんどん空から現場の映像を流していました。生放送は午前8時過ぎからはじまりました。余りやりすぎて、騒音ばかりまき散らしてけしからんという非難も受けました。

 それにしても、報道用ヘリコプターは何故あんなに早く出動できたのでしょうか。普段から待機の体制を取っていたからです。パイロットと整備士は、ヘリポートや空港近くに宿をとります。事件や事故が起こると、放送局のデスクから電話で起こされ、ヘリポートへ駆けつけ、ヘリコプターの試運転をして、カメラマンや記者をのせ、夜明けと共に取材飛行に飛び立ちます。
 しかも、これは決して珍しいことではありません。普段からよくあることで、長い間には自然と緊急出動の訓練も出来上がっていたのです。そのため阪神大震災でもいち早く対応できました。
 それでも午後になると、消防・防災ヘリコプター、警察ヘリコプター、自衛隊ヘリコプターなどが全国から阪神地区に駆けつけました。八尾空港、伊丹空港、神戸消防ヘリポートなどに集結し、待機に入りました。しかし、少なくとも最初の3日間は混乱の中で、ほとんど何にもできませんでした。被災地の上空を飛び回るのは報道、偵察、視察などのヘリコプターばかりでした。

指揮と決断の不在
 全国の消防航空隊から駆けつけたヘリコプターの中には、当然のこと、消火装置をつけた機体がありま                       した。腹の下の水タンクやバケットには、1トンから1トン半ほどの水が搭載できます。これを数秒で放出して、空中消火をするわけです。しかし実際には、空中消火は行われませんでした。

 理由は、繰り返しになりますが、出動体制の不備から出遅れた。そのために火は大火となって、手のほどこしようがなくなった。第2の理由は前例がなかった。もともと災害に前例は少ないわけで、多くの災害が思いがけない形で不意をついて発生します。したがって危機管理の問題は官僚の体質には合いません。
 第3に、それでも空中消火をやろうと決断する人がいなかった。決断する指揮官がいないまま、お伺いは上へ上へと上って行き、ついに首相官邸にまで達しました。地震当時の村山首相や五十嵐官房長官がもと消防関係者だったならばそれでよかったかもしれません。しかし専門的な知識や自信がないのに、難かしい判断を求められれば、誰だって無難な方を選ぶ。やめとけという結論になったのも当然でした。
 では、誰が決断すべきだったのか。私は、あの阪神大震災のあと、ロサンゼルスにいる知人に頼んで、消防当局の対応の仕方を聞いてもらいました。というのは丁度1年前の同じ日にロサンゼルス・ノースリッジ地震が起こり、矢張り100件を越える火災が発生したにもかかわらず、大火となって広がる前にほとんど全てが数時間で消し止められたからです。むろん全てヘリコプターだけで消したわけではありません。しかしヘリコプターは地上の消防隊に協力して、わずか4機で57トンの水を投下したそうです。
 この決断をしたのは誰か。現場の指揮官です。ロサンゼルス消防局が私の知人に語ったところでは、現場の責任者がヘリコプターの出動もしくは空中消火の要請を出す。当然のことです。現場にいなければ、ヘリコプターを使うべきかどうか、分かるはずがない。そのときの風向、風速、湿度、火の燃え具合、周辺の状況などから、直感的に判断しなければならないはずです。
 パイロットも、消防隊員の中から抜擢されて訓練を受けた人が多いので、みずからも消火の経験がある。そこから自然とカンができてくる。そのカンを働かせながら、放水のための飛行コース、速度、高度、水量などを決めて行く。
 私は、消防に関しては全くの素人ですが、分かるような気がします。つまり、こういう問題は長い間の訓練と経験とカンがものいう。机上の理論や理屈ばかりではないはずで、霞ヶ関の官僚や研究員、ましてや素人の政治家に分かるはずがない。ところが、そういう人種の判断で空中消火はしないということになった。そのために、いまさら改められなくなってしまった。
 そこで今なお、ヘリコプター消火はできない、自分の目の黒いうちはやらせないなどと、ヤクザのような脅し文句を口走る役人も出てくる始末。現場の消防隊員の皆さんには感謝のほかはありませんが、その指揮にあたる役職者の頭の中は、もはや官僚的になってしまった。官僚制度で火消しができるわけがありません。
(ロサンゼルス消防局のホームページの表紙)


救急もできなかった
 では、消火はしなかったが、救急はやったのか。というと、これもやらなかった。次表は阪神大震災でヘリコプターが搬送した怪我人や救急患者の人数です。一見多いようですが、地震の起こった日は1人しか運ばれなかった。

 あの地震では3万数千人の怪我人が出ました。死者は6.300人を越えました。このくらいの規模であれば、この表をつくった小濱啓次教授によれば1月17日は100人以上、18日と19日は数十人。合わせて3日間で少なくとも200人はヘリコプターで救出されるべきだった。実際は17人。本来あるべき姿の10分の1以下です。

阪神大震災におけるヘリコプター救急実績

日付

1/17

18

19

20

21

22

23

24

25

26

消防庁
海上保安庁
防衛庁
民間















25



28



















13

合 計



10

26

38


11

11


21

[資料]小濱啓次教授(川崎医科大学救急医学教授)の調査集計

これはヘリコプター救急が日常的におこなわれていないからです。そのために医師も、兵庫県や神戸市の職員も、怪我人をヘリコプターで運ぼうなどということは思いつかなかった。仮に思いついても、どうしたらいいのかわからなかった。
 自衛隊機で運んで貰うには、知事から防衛庁長官へ要請を出さなければならない。現に自衛隊のヘリコプターに患者輸送を頼もうとして電話をしたところ、知事の要請が必要といわれて、断念せざるを得なかったという話もあります。
 その一方で、たとえば消防庁はヘリコプターを出動させたといい、ある消防責任者はヘリコプターを待機させたけれども、どこからも要請がこなかったとテレビで語っていました。確かにヘリコプターはあったでしょうが、もともとそういうシステム、もしくは制度や仕組みがなかったから動かないのは当然でした。
 そして、この表では20日と21日、つまり震災4〜5日目にピークがきて、多数の患者搬送がおこなわれました。けれども、その殆どは救急というよりも、いったん手当を受けた人が病院から病院へ転送されるためのヘリコプター搬送でした。

航空法規の問題                                                      
 ヘリコプターの有効利用に関わる問題の一つは航空法です。その第79条に「航空機は飛行場以外のところで離着陸してはならない」という規定があります。確かに、この条項に従う限り、事故現場のそばに着陸するようなヘリコプター救急は不可能なように思えます。

 けれども81条の2という条項には「運輸省、防衛庁、警察庁、消防機関の使用する航空機」が「海難その他の事故に際し捜索または救助のために行う航行については適用しない」と定められています。
 したがって阪神大震災のときは、少なくとも運輸省、防衛庁、警察庁、消防機関の使用する航空機などは被災地にも着陸できたはずです。そのようにして現場から怪我人を搬送すべきだったのですが、実際は全く行われませんでした。おそらく普段は、81条の2を適用するような事態が少ないために、誰もが不慣れだったのでしょう。
 もう少し普段から、こういう条項を適用して、ヘリコプター救急を日常化させておく必要があります。そのためのシステムは決して難かしいことではありません。というのは、現に日本中どこへ行っても救急車による救急システムがちゃんとできているではありませんか。急病人が出たり交通事故で怪我人が出たりしたときは、電話1本ですぐきてくれる。まことに素晴らしいシステムであります。
 その救急車をヘリコプターに変えれば、ヘリコプター救急システムができるはずです。しかるに何故か、それができない。関係者は、医師も交通関係者も誰もが長年にわたって、ヘリコプター救急システムが必要といいつづけてきました。しかし、それが実現していない。
 車とヘリコプターを入れ替えるだけといっても、それがなかなか実現しないのは何か難かしい問題があるのではないかと思われるかもしれません。たしかに問題があるからこそ実現しないわけですが、実はヘリコプター救急は世界的には決して特殊なものでもないし、珍しいものでもないのです。

ドイツの救急システム
 ヘリコプター救急は日本にないだけで、欧米先進国はもとより、アジア諸国でも見られるようになりました。一例としてドイツは、ヘリコプターによる救急システムに関して世界中で最も進んだ国といわれています。というのも、アウトバーンが発達し、速度制限もない道路を、車が突っ走っている。そのために事故が多い。

 そのアウトバーンの事故から人を救うために、ドイツは1970年ヘリコプター救急をはじめました。アウトバーンなどで交通事故が起こったとき、ヘリコプターが現場に駆けつける。ヘリコプターには医者が乗っていて、その場で応急手当をする。ヘリコプターは患者輸送が目的ではありません。むしろ医師の輸送が目的なのです。
 交通事故などで大怪我をした場合、一刻も早い手当や治療が必要です。そのために救急車がある。しかしヘリコプターの方がもっと早い。救急車では命を喪くすようなケースでも、ヘリコプターがあれば助かるかもしれない。そういう考え方から、ドイツでヘリコプター救急がはじまりました。
 当初はもちろん小規模なシステムでしたが、現在はドイツ全土を半径50キロの円で区切って、その円の中心に救急病院とヘリコプターを置き、常にヘリコプターと医師が待機しています。そして事故の知らせがあると2分以内に医師をのせて飛び立ち、平均8分で現場に到着する。半径50キロですから、遠くても15分くらいで到着できる。こういうヘリコプター救急システムが今やドイツ全土の95%以上をカバーするようになりました。
 現場に駆けつけた医師は、その場で直ちに手当と治療に取りかかる。そして患者さんの容態が安定すれば、あとは救急車にまかせて、近所の病院へ搬送する。ヘリコプターは医師だけで基地に戻って次の緊急出動にそなえて待機に入る。
 こうしてヘリコプターを使うようになると、ドイツの交通事故の死者は目に見えて減ってきました。ヘリコプター救急がはじまった当時の1970年は19,000人余りだった死亡者が、20年余りを経て約7,000人、ほぼ3分の1に減ったのです。
 もちろん、この25年ほどの間には車の安全性が高まり、道路の安全システムも改善されたし、怪我の治療に関する医療技術も進歩したでしょう。何もヘリコプターのためばかりとはいいませんが、逆にドイツの車の数は1,800万台から3,800万台へ増加した。つまり車の数が2倍以上に増え、死者の数が3分の1強ということになれば、車の数に対する死者の数は6分の1です。つまり安全係数は6倍になったわけで、ヘリコプターも相当な貢献をしているに違いありません。

(米国では約350機の救急ヘリコプターが常時スタンバイし

アラスカを除くアメリカ本土の93%以上をカバーしている)


自衛隊でいいのか

                                                          

 ひるがえって日本は、戦後50年間の交通事故死者が50万人。毎年平均1万人ずつ死んでいる。しかも、最近8年間は1万人を越え続けている。春の交通安全週間とか年末年始の安全総点検なども、いっこうに実効が上がらない。確かに予防対策は大切ですが、最早それだけでは限界に達してしまった。これからは事故の後の迅速な救急措置について考える必要があります。

 そのためのヘリコプター救急体制を日本でつくるにはどうすればいいか。たとえばドイツの国土面積は日本とほとんど変わらず、日本の方が3〜4%ほど広いだけです。ということは、約50機のヘリコプターを全国に配備すれば、ドイツと同じような態勢ができる。これは、まさしく都道府県に1機ずつ配置することになります。
 わが国でも現在、防災ヘリコプターの各都道府県への配備が進んでいます。すでに40機近い配備が終りました。しかし、これは消防が主体だそうです。欧米のような救急装備はほとんどしていません。もちろん救急病院や医師との連携もできていません。要するに救急システムができていないわけです。
 しかし、自衛隊が代わりをしているという人がいます。確かに北海道、長崎、東京、鹿児島、沖縄などの離島には、よく自衛隊のヘリコプターが救急患者輸送のために飛んでいます。しかし本来の救急ではなくて、ほとんど急患の輸送に終わっています。
 そのうえ自衛隊機に出動してもらうには、知事を通じて防衛庁長官に要請しなけばなりません。実際は担当者どうしの連絡でもすむような便法が講じられていて、時間的にも早く出動できるようになってはいますが、とても本格的、日常的なシステムとはいえません。
 もちろん自衛隊も、緊急時の出動要請には一生懸命に応じてくれます。しかし、どうしても本物ではない。臨時の応援のようなもので、救急車がないから戦車や装甲車が代わりに出ていくといった感じです。第2に離島にしか飛んでいません。救急患者の発生は、もちろん離島だけではありません。
 第3に出動回数が少ない。全国で年間1,000回程度です。一見して多いようですが、ドイツやアメリカは1機で年間1,000回の出動です。もとより自衛隊の救援活動には感謝のほかはありません。しかし本来は別の救急システムをつくるべきです。
 ドイツの場合、50機のヘリコプターが1機平均1,000回の出動をしていますから、全国では年間5万回になります。1回の出動で1人の患者を救うとしても年間5万人がヘリコプターで救助されている勘定になります。そのうちヘリコプターがなければ命を落としたと見られる人が1〜2割――すなわち5,000人から1万人が毎年ヘリコプターのために命を取り留めているのです。
 阪神大震災いらい、日本では何もかも自衛隊に頼ればいいという、それまでとは全く逆の考え方をする人が多くなりました。というよりも、当時の首相を筆頭とする連合政権にそうした考え方が強くなった。社会党の昔からのご都合主義がここでも露呈しているわけです。
 しかし自衛隊には本来、別の任務や役割があります。頼まれてイヤとはいわぬでしょうが、自衛隊にまかせておけばそれでいいというのは間違いではないでしょうか。

費用負担の問題

 このような話をしてゆくと、最後は費用の問題にぶつかります。しかし、ドイツやアメリカや、その他の欧州諸国に較べて日本が特に貧乏というのならばともかく、決してそうではありません。もっとも最近は「借金大国ニッポン」などといわれますが、あれは国の予算に無駄が多く、不要不急の出費が多いからで、無駄遣いのあげく貧乏になって、そのために眞に必要な費用も出せなくなってしまったというのが実情ではないかと思います。
 具体的な数字は、今ドイツのように全国に50機の救急ヘリコプターを配置するとすれば、購入金額は1機4〜5億円として50機で200〜250億円になります。もちろん一時に買うわけではありませんが、50機のヘリコプターを買うといっても驚く必要はありません。実は昨年度、日本政府は次表のように防災関連のヘリコプターだけで、いっぺんに38機を購入しているのです。

わが国政府機関の防災関連ヘリコプター数

94年度末配備数

95年度追加数

合 計

消防・防災
警 察
海上保安庁
建設省・北海道開発庁

29
70
43

12
16


41
86
50

合     計

143

38

181

 

 ご覧のように、ここには自衛隊機は含まれていません。いささか多すぎるのではないかという気もしますが、現実に1年間でこれだけのヘリコプターを発注したのは事実です。全国に50機を配置するなんぞは2年もあればお釣りがくる。
 しかし、もっといい方法は、何も新しい機材を買わなくても、現在の手持ちのものを、昨年度の購入分も含めて救急に使えば、今日にでも50機の配備はできてしまいます。

 次に、この50機を運用してゆく経費は、1機あたり年間2〜3億円として、50機で100〜150億円です。これを高いと見るか安いと見るか意見の分かれるところですが、ドイツなみに年間5万人が救助されるとすれば、1人あたりの経費は30万円です。また、もしもヘリコプターがなければ命を喪くしたかもしれない人が1割、5,000人とすれば、1人あたりの経費は300万円です。
 逆に言えば300万円をかけるだけで人ひとりの命が救われるのです。命の値段をいくらと見るか、人によってさまざまでしょうが、死ぬか生きるかが300万円で決まるとすれば、それだけの経費をかける価値は十分にあるのではないでしょうか。

 いずれにせよ、こうした救急費用は個人の負担ではありません。救急車と同じように公費でまかなうべきではないかと思います。救急車がタダで、救急ヘリコプターは有料というわけにはいかないでしょう。

 では、費用科目はどうなるか。たとえば健康保険を考えますと、全国の健康保険の給付額は現在、年間3兆2、900億円くらいだそうです。この金額に対してヘリコプターの費用が150億円とすれば、0.5%以下です。もちろん健康保険制度が赤字であるとか、いろいろ問題はありますが、何か考えられないでしょうか。

 また健康保険を含めて、日本人の保健のための支出総額は、年間5兆6,300億円だそうです。仮りに、その中にヘリコプターの費用が入るとしてもコンマ3%以下です。こうした比率から見れば、費用の捻出はそんなに難かしくないはずです。



国際援助は世界最高
 あるいは今、日本は外国に向けてさまざまな経済援助をしています。たとえばODA(Official Development Assistance:政府開発援助)の金額は年間120億ドル程度(1.3兆円)だそうです。これは世界最大の援助額です。アメリカですら90億ドルくらいで、日本の8割以下。ドイツは日本の半分から6割程度です。

 いま日本のODAの1%を減らすだけで救急ヘリコプター50機分の年間経費、130億円が生まれます。勿論これは一つのたとえで、ODAとヘリコプター救急問題を同じ次元で扱うことはできないでしょう。またODAを減らして、その分の費用をヘリコプター救急に当てろといっているわけでもありません。
 しかし、可哀想な外国を助けるのもいいでしょうが、日本国内でも可哀想な人が路上で毎日30人ずつ死んでいます。それを見殺しにして、海外には莫大な金額の援助をしているというのは言い過ぎでしょうか。いずれにせよ予算の使い方がちぐはぐです。
 なるほど日本人の国民性としては世間体とか体裁を重んじるわけで、家の中の家族は犠牲にしても冠婚葬祭には高いお金を出す人も多い。ODAには世界最高の援助をしながら、国内の救急には1銭も出さない。国内で犠牲者が出ても、国際的なおつきあいを大切にするということでしょうか。
 それとも、ヘリコプター救急を実現するには、やはり霞ヶ関の高級官僚たちに高級マンションをプレゼントしたり、そのマンションに大理石の風呂場やシステム・キッチンなどの改装費を出したり、奥さんの好みの色の車を貸したりしなくてはならないのでしょうか。

日常化こそが大切

 結論に入りますが、東京直下型の地震はいつきてもおかしくない。そうした大災害に対応するには、報道ヘリコプターの実例で見たように、普段から態勢をととのえ、実行されていなくてはなりません。
 緊急災害時となれば、誰しも気持ちが動転し、正常な判断も行動できません。本番のときだけうまくやろうとしても、実際は不可能です。火事場の馬鹿力といって、いざとなればタンスでも何でもかつぎ出せるといいますが、実際は枕をかかえて逃げるのがせいいっぱいだったことは阪神大震災で思い知らされました。
 救急ヘリコプターは普段から飛ばしておく必要があります。大災害がなくても、交通事故や無医村や離島での急病人の発生は日常茶飯事です。そんなとき県知事や防衛庁長官を患わせるのではなく、一般市民の誰もが119番の電話をするだけでヘリコプターが飛んでくる。そういう日常的なシステムをつくることが大切です。
 消防ヘリコプターも同じです。東京消防庁は先日八王子で、実際に模型の家屋に火をつけてヘリコプター消火実験をしました。理論的な解明も大切ですが、いつまで実験を続けるのでしょうか。むしろ実際に火災現場に出動して、ヘリコプターから水をまいてみればいいのではないでしょうか。
 もとより初めからうまく行くとは限りません。しかし、繰り返していくうちに、何か空中消火法のような技術が出来上がって行くでしょう。それにヘリコプターだけで完全鎮火ができるわけでもありません。しかし、たとえば大火の場合、空中放水によって火勢が衰えたならば、そこへ地上の消防隊員が突っ込んで行って、もっと大量の間断のない放水をする。そういう空と地上の連携動作ができるはずです。
 今日ご出席の方々は、それぞれの分野で有力な方ばかりですが、これから東京の防災対策、危機管理計画などをお考えいただく上で、是非ともヘリコプターについてご一考をいただきたく、本日の拙ない話が何かのヒントになれば幸甚に存じます。
 ご静聴有難うございました。

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