パリ航空ショー異聞

 

 パリ航空ショーに出場したロシアの戦闘機が差押さえられたというニュースが報じられた。差押さえをくらったのはスホーイSu-30戦闘機とミグ-AT高等ジェット練習機。詳しい理由はよく分からないが、なんでも借金を払わなかったためとか。

 戦闘機が差押さえの対象になるとは思わなかったが、何日か前に勇ましく飛んでいるところを見たばかりの2機である。それが本当に押さえられ、どこかの倉庫にでもぶち込まれたのだろうか。

 ところが、その後の報道では、22日(金)午後この2機がロシアに逃げ帰ったという。航空ショーは24日(日)まで続いたから、2機が展示されていた場所は隙間があき、展示飛行のプログラムにもアナがあいた。曲芸のようなロシア機の飛行を楽しみにやってきた観客はさぞかしガッカリしたであろう。しかし、そこにいるはずのロシア機が逃げ去ったというのでは、怒るに怒れず、笑うに笑えなかったにちがいない。

 2機の戦闘機がどのようにして逃げ出したのか。フランス政府から国外退出の許可を取ったのか、それとも夜陰にまぎれてルブールジェ空港の軍用制限区域に逃げこみ、そこからこそこそと離陸したのか。ジェット戦闘機だからこそこそというわけにはゆくまいが、逃げ足の速いのは確かだろう。

 強腕をもって鳴るロシアの戦闘機が、借金に勝てなかったのである。借金というのは、スイスの貿易会社NOGAが1990年代初め、ロシア政府に品物を売り渡した代金らしい。とすれば、ずいぶん長いことツケがたまっていたものだ。そこでNOGAはパリ航空ショーに目をつけ、そこにやってきた戦闘機を差押さえるため、フランス政府に提訴した。ロシア政府を相手に、その最先端の武器を押さえようというのだから恐ろしく度胸のいい話で、いかにも永世中立を守る頑固なスイス人らしい。

 この剣幕には大国ロシアも参ったのか、本当は差押さえ執行吏がやってくる前に逃げ出したのではないのか。あるいは厄介な国際紛争を避けるために、北朝鮮から密入国した総書記のせがれをさっさと追い返した日本政府と同様、フランスもトラブルの火種を追い払ったということかもしれない。

 もしここでフランス政府が本当にロシア機を差押さえていれば、今度はロシア政府がフランスのミラージュ戦闘機を捕まえたかもしれないという人もいる。というのは、何だか知らないけれど、ロシアでは丁度そのとき第2次大戦の記念式典が催されていて、ミラージュ戦闘機がロシア国内にいたからだそうである。

 実際にはそんなことは起こらなかったが、実はミグATは、ロシアのミコヤンがフランスのTHALES社とSNECMA社の協力を得て開発した訓練機である。にもかかわらず、こういうことが起こればフランスとロシアの友好関係にひびが入りかねないという見方もある。

 折から今日、7月1日にはフランスのシラク大統領がロシアを訪問することになっている。大統領どうしが、戦闘機の差押さえと逃亡をめぐってどんな話をするのだろうか。

(西川渉、2001.7.1)

  

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