新世紀の幕開けを飾る

パリ航空ショー2001

 

 第44回パリ国際航空宇宙ショーは6月16日から6月24日までの9日間、パリ郊外のル・ブールジェ空港で開催された。16日(土)は報道陣向けのプレス・デー、17日(日)と23〜24日(土〜日)が一般公開日であった。その他の週日はトレード・デーとされている。

 参加したのは世界43か国。前回1999年の41か国よりも多く、展示企業または団体は1,800余となった。展示された航空機は250機近く、うち飛行展示機は66機を数える。入場者はおよそ27万人だったもよう。

 会期中の天候は晴れまたは曇り、ときに驟雨があって、広い会場の戸外にいる人びとをあわてさせたが、これは今回のショーを象徴するものかもしれない。というのは、アメリカを中心とする国際経済の翳りがここにも反映しているからである。全体の規模はこれまでの最大と言いながら、展示企業は100社近く減少し、航空機の売買に関する成約金額も昨年7月の英ファーンボロ・ショーにおける420億ドル(約4.5兆円)の半分程度にとどまった。

 おまけに不況をかこつ東欧諸国からは、航空ショーの人出をねらうスリがパリに集まったらしい。手練の早業で本人の気づかぬうちに財布が抜き取られる。筆者の友人も会場で収集した航空資料を両手にかかえ、もう少しでホテルに帰着という路上で不意に2人の若者がぶつかってきた。部屋に入ってずぼんを脱ぐと、ポケットの財布がなかったというのである。

 まさに悲喜こもごものパリ航空ショーではあったが、ここにその一端をご報告したい。

 

  

超巨人機100機の受注目標

 ショー会場での最大の話題は、やはりエアバス対ボーイングの対決であった。今後20年間の航空旅客需要は、毎年平均5%ずつ延びてゆき、2020年には今の3倍程度の規模に発展する――その見方は双方ともに同様だが、航空機メーカーとしての対応が異なる。

 旅客需要が伸びても、空港や空域に制約があるため、エアバス社は機材を大きくして機数や便数の増加を抑えながら大量輸送をしようという考え方。それに対してボーイング社は、所要の2地点間をどこからどこへでも、長距離区間であってもハブ空港を使わず、直接高速飛行によって結ぶという。つまり、これからの旅客機は、エアバスが大型機を主張するのに対し、ボーイングは高速機になるというのである。

 たしかに、エアバス社の主張は超巨人機A380(550席)によって着実に具体化しつつある。ショー会場でも、まずエールフランスが確定10機、仮4機の発注を確認した。つづいて国際リース・ファイナンス社(ILFC)も10機のA380を発注し、同機の確定受注数は67機に達した。ほかに50機以上の予約注文があるが、今年末までには100機の注文を取るという目標がかかげられている。

 エールフランスのA380-800はGEとプラット・アンド・ホイットニー社が共同開発するGP7000エンジンを装備、2006年11月からパリを起点に東京、ロサンゼルス、ニューヨーク、モントリオールなどへ定期便として飛ぶ予定。

 ILFCのA380は、10機のうち5機がA380ー800旅客機、あとの5機はA380-800F貨物機である。これらはILFCからエアラインへリースされるが、リース先がどこであるかは明らかにされていない。

 なお、A380のエンジンはGE/P&Wアライアンスとロールスロイスが競争開発を進めている。エールフランスが選定したGP7000は、当初のGP7270が推力31トンだが、最終的には36トンになる予定。

 一方のRRトレント900は、かねてA380を発注しているシンガポール航空、ヴァージン・アトランティック、カンタス航空、ILFCが採用する予定で、推力37トン。これを装備する最初のA380はシンガポール航空が2006年3月から運航開始の予定。

 こうしたA380を含めて、エアバス社は今回のショーで総数175機の注文を受けた。金額にして136億ドル(約1.5兆円)に相当する。このうち最大の注文はILFCからの111機で、うち10機は上述のA380だが、ほかにA330-200が21機、A320ファミリーが80機含まれる。

 またニューヨークを拠点とする米ジェットブルー航空はA320を30機追加発注し、発注総数を63機とした。ロイヤル・エア・モロッコからも4機のA321を受注した。さらにブラジルTAM航空もA318を20機発注した。これでエアバス機の今年に入ってからの受注数は299機となった。

 

ソニック・クルーザー精密模型を公開

 対するボーイングの受注状況は、日本航空の発注した777-200ERの3機だけ。その点では、今回のパリにおける受注競争はエアバス社の大勝利ということができよう。ボーイング社の株価も下がったと伝えられる。

 といって、ボーイングも負けを認めるわけにはいかない。途中でキャンセルになるかもしれない受注数よりも引渡し実績が重要という見解を発表して、エアバス社を牽制した。ボーイング社によれば、2000年の引渡し数はボーイング機が489機だったが、エアバス機は311機。今年は、さらに伸びて530機を見こみ、エアバス機の330機という引渡し計画に対していっそう水をあけるという。もっともエアバス社も2003年は450機の生産を計画している。

 さて、話題の「ソニック・クルーザー」について、ボーイング社はショー会場で長さ1.8mの大型精密模型を公開した。民間機部門の責任者、アラン・ムラーリー社長は模型の覆いを取って、次のように語った。

「これは、人びとの航空旅行に関する要望に応え最新、最良の航空機です。多くのエアラインからもボーイング社の全力をあげて開発するよう求められています。本機の導入は、かつてジェット旅客機によって航空界が大きく変わったように、今後の航空界に劇的な変化をもたらすでありましょう」

 「ソニック・クルーザーは長距離区間を最大マッハ0.98で飛行するという構想です。これで飛行時間は2割ほど短縮され、旅行時間は3,000マイルごとに約1時間短くなります。航続距離は最大16,670kmですから、地球上のどこからどこへでも直接飛ぶことができます。これで混雑したハブ空港を経由する必要はなくなり、乗客は無駄な時間を省けるようになります」

 その40分の1の模型を見ると、機首にカナード翼、胴体後部にダブル・デルタの主翼がつき、後縁に左右1基ずつのエンジン、その上に三角形の垂直尾翼が立つという形状で、乗客は250人前後になる。

 これに対する記者団の質問は、音速ぎりぎりの巡航飛行が技術的に可能なのか、経済的に成り立つのか、需要はどのくらい見込めるのか、安全性はどうかといった半信半疑のものが多かった。その後の英『フィナンシャル・タイムズ』紙も、この計画は747Xの中止に伴うボーイング社内の士気の低下を防ぎ、航空界の関心がA380に集中するのを引き戻すためではないかと書いている。

 こうした見方に対してムラーリー社長は「われわれは長年の顧客をあざむくようなことはしない。計画は現実的なもので、技術的、経済的にも絶対に大丈夫」。今年末までに設計仕様を固め、2006〜2008年には就航するという開発日程を強調した。2006年ならばA380の就航と同じ時期になるが、果たして如何。大型機か高速機かという両社の論争は15年後には勝負がつくであろう。 

 

BBJ対ACJも競合

 エアバス対ボーイングの闘いは旅客機にとどまらない。今回は双方ともに大型ビジネスジェットをショー会場に展示して妍を競い合った。いずれも通常の旅客機をビジネス機として使うものだけに、機内は広く豪華なしつらえになっている。

 ボーイング・ビジネスジェット(BBJ)は737ファミリーを基本として、キャビンは大きく執務室、応接室、寝室に分かれる。機内を案内してもらうと、寝室にはダブルベッドが置いてあり、その後方には円筒形のシャワールームがついていた。乗客定員は8人。マッハ0.80の巡航速度で10,000km以上の航続性能を持つ。これで10時間前後の飛行区間でもベッドに横になって飛べば、エコノミークラス症候群の心配もなく、目的地では元気いっぱいの仕事ができるはず。夜行で出かけて夜行で戻れるからニューヨーク、ロンドン、東京などの高いホテル代も節約できるという。

 ちなみに本来のBBJは737-700の胴体に737-800の主翼を組み合わせ、主翼両端にウィングレットをつけたもの。これを胴体も主翼も737-800だけにしたのが新しいBBJ2である。両機を合わせた受注数は、最近までに71機。うち57機が引渡されているが、それを受け取った顧客の方で内装工事に時間がかかるため、実際に使われているのは今のところ32機である。

 機体価格は3,750万ドル(約40億円)。それに内装費が加わる。金額は豪華さの程度によって800〜2,500万ドルとか。なおボーイング社は目下757を基本とする「BBJ3」の開発構想も検討中。いっそう豪華なビジネス機になるであろう。

 一方のエアバス・コーポレート・ジェット(ACJ)はA319旅客機を基本とする。最近までの受注数は26機、引渡し数は6機だから、ビジネス機に関してはボーイングの方がリードしているといってよい。

 価格はガルフストリームV程度。にもかかわらず、機内の広さは2倍で、中古機として売却すれば旅客機にもなる。事実、イタリア政府は50席のACJを2機保有し、ダイムラークライスラー社も48席のACJを1機社内連絡便に使っている。

 

新しいファルコンFNX開発計画

 仏ダッソー社は今回のショーでファルコンFNXの開発計画を明らかにした。同機は尾部に3基のエンジンをそなえ、乗客8人をのせて、マッハ0.88の高速で10,500kmの長距離を飛べるのが特徴。

 3発エンジンは一見して従来のファルコンに似ているようにも見えるが、機首と風防の曲線が空力的になめらかに整形され、コクピットからの視界も広くなった。胴体は900EXよりも2.4mほど長く、機内を3区画に分けて乗員の休憩室を設けることもできる。

 主翼も後退角が5°深くなり、翼面積は40%増。従来のファルコンは、いずれも1975年に設計開発された翼を基本としていたが、これからのファルコンは、この新しい翼が基本となる。これにウィングレットをつけてはどうかという考えもあるが、風洞試験の結果その効果は期待するほど大きくないことが分かり、取りやめることになった。離着陸性能はフラップ、スラット、スポイラをつけることにより、現用900EXのように比較的短い滑走路でも使うことができる。

 エンジンはハニウェルAS907かPW306のどちらかになるもよう。操縦系統はダッソー民間機としては初めてフライ・バイ・ワイヤを採用する。このハイテク技術は、軍用機ではすでにミラージュ2000やラファールといった戦闘機で使われている。またエアバス機のようなサイドスティックの採用も検討中。

 こうしたFNXの初飛行は2004年末、引渡し開始は2006年なかばを予定している。少なくともそれまでは、ダッソー社として現用ファルコン50EX、900C、900EX、2000および2000EXの生産をつづける計画である。

 もうひとつ、今回は「ガルフストリーム200」および「ガルフストリーム100」という新しい呼称が出現した。これはイスラエルのギャラクシー・エアロスペース社が生産中のビジネスジェット――ギャラクシーとアストラSPXの名称変更で、6月5日同社がガルフストリーム社に買収されたことによるもの。

 G200は最大高度12,500mをマッハ0.82の速度で飛び、6,700kmの航続性能を持つ。また、それよりもやや小さいG100は航続距離が5,450km。この両機は今後なおイスラエルで製造され、米テキサス州のアライアンス空港へ飛んでガルフストリーム機としての最終仕上げを受ける。

 ガルフストリーム社はこれまでGVおよびGW-SPという2種類の大型ビジネスジェットをつくってきた。これにG200およびG100という中型機が加わるというのが、今回の買収結果である。これらの中型ビジネス機を、イスラエル・エアクラフト・インダストリー社は過去30年にわたって製造してきた。しかし販売体制と技術支援においてアメリカ勢のようなわけにはゆかず、伸び悩んでいた。それがガルフストリーム機ということになれば、サービス・センターもイスラエル機としての1か所から10か所に増え、大きく伸びる可能性が出てきたことになる。 

 

膨張続くフラクショナル事業

 ユナイテッド航空はショーの初日、ファルコンを100機発注し、翌日さらにガルフストリームを35機発注して大きな話題となった。この中にはファルコン900EX、2000、2000EX、またガルフストリームW-SP、GVが含まれ、発注金額は合わせて37億ドル(約4,000億円)を超える。

 これらの機材は、いわゆるフラクショナル・オーナーシップ事業に使われる予定で、定期航空によるビジネス航空分野への本格的な進出である。2002年末から運航開始の予定で、事業規模としては機材200機、パイロット1,000人、地上支援者250人をめざしている。

 フラクショナル・オーナーシップとは、高価なビジネスジェットを単独では利用できないような企業や個人を対象とし、機体を分割所有してもらう。具体的にはビジネス機を8社で分担購入し、お互いに共用するという仕組みである。

 これにより中小企業でも比較的安くビジネス機が利用できるというので、5年ほど前からアメリカを中心に爆発的なブームとなった。そのための機材は、1996年の受注金額がおよそ20億ドル(約2,400億円)だったが、昨年は100億ドル(約1.2兆円)と5倍に増え、引渡し機数だけでも667機を数えた。市場予測を専門とするティール・グループも、今後10年間のフラクショナル機は6,800機、936億ドル(約10兆円)相当の需要があると見ている。

 一方、ユナイテッド航空のような定期航空では、一定水準までのビジネス客しか対象にならない。その上をゆくビジネスマン――経済的に余裕があり、時間的に余裕のない人びとは、今後ますます定期便から離れてゆくであろう。とりわけ東欧やアジア地域など、定期航空の利便性に乏しいところではビジネス機の効用がいっそう大きい。

 そのためユナイテッド航空は、ビジネスジェットのフラクショナル・オーナーになり得る企業が米国だけで75,000社ほどあると推定する。けれども実際のオーナーは現在3,500〜4,000社で、今後なお大きな可能性を秘めている。これがユナイテッド航空のフラクショナル事業進出の背景で、事業の開始はここで発注したビジネスジェットが引渡される2002年なかばの予定という。 

 

戦闘機はショーの花形

 航空ショーの花形は何といっても轟音をとどろかせて上空を乱舞する戦闘機である。今回はユーロファイター、ダッソー・ラファール、ミラージュ2000D、ロッキードF-16、F/A-18Fスーパーホーネット、サーブ・グリペン、スホーイSu-30Mkなどが華麗で豪快な演技を見せた。

 戦闘機は近年、世界各国で新しい高性能機の需要が高まっている。冷戦が終わって10年余り、時代の流れに逆行するようだが、その昔に配備した機材が旧式化し、老朽化して、取り替えの時期になったのである。欧州だけを見ても、たとえばスイスではF-5E/Fの代替、オーストリアではドラケンの代替、ブルガリアではF-16A/Bの代替、そしてベルギー、デンマーク、オランダ、ノルウェーでも現用F-16の代替策が検討されている。

 とすれば、各機の飛行にも力が入り、熱がこもるわけで、宙天高く舞い上がり舞い下りる演技は観客をすっかり魅了した。

 また戦闘機ではないが、A340-600旅客機とAn225貨物機も、迫力いっぱいの飛行を見せた。A340-600はエアバス機としては最長、最大の機体で、これに18時間の長航続性能を加えて、A380と共にボーイング747を挟み撃ちにしようというもの。

 機内は380席。どの客席からも通路へ出るのに2席以上をまたぐ必要はなく、また隣席どうしで肘掛け争いをする必要もない。床下の貨物搭載量は60トンにもなり、旅客機としては747の2倍という。エンジンはRRトレント500(推力25,400kg)。巡航速度はマッハ0.83、航続距離13,800km。これまでの受注数はエアライン11社から124機に達する。

 この機体は今年4月16日に初飛行したが、2号機はショーの開催中に南仏で初飛行した。3号機も11月に飛び、2002年なかばには型式証明を得て定期路線に就航する予定である。

 なお本機の姉妹機、A340-500は超航続性能が特徴で、乗客313人をのせ、旅客機としては最も長い16,000kmを飛ぶことができる。これも来年春までに初飛行の予定。

 An-225ムリヤ貨物機は世界最大の航空機である。この高翼6発のモンスター機が初めて公開されたのは、1989年のパリ航空ショーで背中にスペースシャトルをのせて展示されたときであった。ところが、その後ソ連のシャトル計画が中止となり、ソ連自体も崩壊したためミリア(夢)の開発も中断した。

 しかし今、ウクライナが独立国家となり、大型重量物の輸送需要に応えようというので、エンジンを換装し、アビオニクスを新しいものにして、今年初めに試験飛行を再開した。ショー会場では機首を大きく上方に開いて、多数の観客を機内に招じ入れていた。総重量は450トンを超え、ペイロードは250トンに達する。

 エンジンはプログレスD-18Tだが、将来RRトレント892やPW4098に改めることも検討されている。 

 

コンコルド広場にも航空機

 ところで今回の航空ショーに際して、パリ市内のコンコルド広場にはフランスの誇る最新鋭軍用機、ラファール戦闘機とタイガー攻撃ヘリコプターが展示されていた。機体の周囲に柵をめぐらしただけで、その横に「国際航空宇宙サロン」と書いたのぼりが立っている。きわめて簡単な展示で、警備員も誰もいない。

 いたずらをする者はいないのか、軍の機密は洩れないのか――こちらの方がつまらぬ心配をしたくなるような光景である。。わが国ならば、日比谷公園に最新のF-2戦闘機とOH-1ヘリコプターを放置したようなもので、その大胆かつ開放的な考え方がまことにうらやましく思えた。市民の方も航空機だからといって、特別視はしないのであろう。

 1908年の第1回サロン以来、1世紀近く世界最大規模の航空宇宙ショーを開催しつづけてきた秘訣も、そのあたりにあるのかもしれない。

(西川渉、『航空情報』2001年9月号掲載)

 

  

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