<ストレートアップ>

ヘリコプター100年


ヘリコプター100年の記念切手(フランス) 

 今年は、人を乗せたヘリコプターが初めて飛んでから100年になる。その初飛行に成功したのは、フランス人ポール・コルニュであった。1907年11月13日、コルニュ自ら乗りこんで何度か離昇を試みた結果、地上1.8mほどのところで20秒ほどとどまることができた。これが史上初のヘリコプターの飛行とされる。ヘリコプター人にとっては、忘れてはならない日付といえよう。

 コルニュ機の構造は、自転車の骨組みに使う鋼管を組み合わせた機体に24馬力のアントワネット・エンジンを乗せ、その背後に自転車のサドルを置いて人がすわる。エンジンからは上方へ駆動ベルトが延びて頭上のコマを回し、そこから大きく張り出したベルトで機体の先端と後端に水平に取りつけた自転車の車輪のようなハブを回す。そのハブには団扇のようなブレードが2枚ずつ付いていて、それがローターにほかならない。今でいうタンデム・ローター機で、機体全体は4つの車輪で支えられる。総重量は260kgであった。

 このようなヘリコプター初号機を、私は昔のぼんやりした写真でしか見たことがない。それが今年6月のパリ航空ショーで実物大の復元模型が展示されるというので、大いに楽しみだった。初飛行百年目を記念する展示である。ところがショーに行ったのが3日遅れの後半だったためか、早くも片づけられてしまったらしく、見ることはできなかった。プログラムに書いてある場所に行っても見当たらず、ユーロコプター社の皆さんにも探していただいたが、どこにも見当たらない。やむを得ず、あとから送って貰ったのが下の写真である。


パリ航空ショーに展示されたポール・コルニュ機のレプリカ。
製作はESTACA技術学校の学生たち。(写真提供:ユーロコプター社)

 ポール・コルニュの飛行はヘリコプターとして1903年のライト兄弟の初飛行にもたとえられるが、真の飛行といえるかどうか疑問を呈する人も多い。ライト・フライヤーには安定性も操縦性もあったが、コルニュ機はホバリング中も安定せず、操縦性は不充分、もしくは皆無だったというのである。

 さらに機体の重量に対してエンジン出力が弱いことも問題で、コルニュ機は総重量260kgで出力24馬力だった。1馬力あたりの重量は11kgに近い。しかも当時の技術では、エンジン出力がそのまま揚力に変わるわけではない。駆動ベルトの摩擦などで半分ほど消耗してしまい、1馬力あたり20kgにも相当したであろう。これだけ重いと実際に離陸することはできないのではないか。片足だけ持ち上がったのを飛んだと思ったか、ローター回転の慣性でふらふらと30センチほど浮き上がっただけか、公式の立会人もいなければ写真もないので、本当のところは曖昧だというのである。

 確かに、それから40年後、初めて実用化されたシコルスキーS-51やベル47は1馬力当り5.5kg以下であった。現代のBK117やEC135は2.2〜2.3kgだし、高速を誇るA109などは1.9kgである。

 さらにエンジンが止まったときはどうなるのか。ライト機ならば滑空できたであろう。しかしコルニュ機は滑空すなわちオートローテイションなどできなかったはずで、こうした技術的な課題が解消するまでには、その後30年以上待たねばならなかった。


自作機にすわるポール・コルニュ(1881〜1944)

 

 とはいうものの、ここで私が面白いと思うのは、ライト兄弟もポール・コルニュも自転車屋さんだったことである。当時の自転車が、こうした機械技術の上でどのような位置にあったのか、専門的なことは分からないが、19世紀末の頃は最新かつ最速の乗り物だった。多くの若者が自転車にあこがれ、機械好きの人はその改良に熱中した。そこから動力を加えた自動車への発展が始まると共に、一方ではごく一部の人が自転車の技術を使って空を飛べるのではないかと考えた。それがライト兄弟でありポール・コルニュではなかったのか。

 コルニュ機は、今も写真や図版でしか見ていないが、まるで団扇を使った「空飛ぶ自転車」のようにも見えて親しみを覚えるのである。

(西川 渉、「日本航空新聞」2007年10月18日付掲載)

【関連頁】

 100 Years since the First Flight of Helicopter(2007.9.17)

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