<ファントム・ワークス>

ボーイング・ペリカン構想

 

 ボーイング社はしばしば、未来型航空機のアイディアを出してくる。無論ほかのメーカーや研究機関、大学などでも色んなアイディアを進めているのだろうが、なかなか表面化しない。秘密意識が強いのか、宣伝力がないのか、それとも自信がないのだろうか。

 ボーイングの場合は将来向けの研究開発を担当する「ファントム・ワークス」(幽霊研究所)の活動が活発で、良くも悪くも、自分たちの作業内容を公表し、多方面に広げてしまう。最近では、あの悪名高い「ソニック・クルーザー」がそうであった。こうしたやり方を大風呂敷とか、人を惑わせるなどと非難するむきもあるが、一方では人を楽しませ、将来への夢を見させてくれることも確かである。

 「バットジェット」と呼ばれるアイディアもその一つで、蝙蝠のような三角形の巨大なウィングボディ機である。翼と胴体の区別がつかぬような機体内部に480人の兵員または乗客をのせ、高速で飛行する。このアイディアは昨年夏明らかにされたものだが、2006年から試験飛行を始める予定という話だった。


(ウィングボディ機――空中給油機としての想像図)

 同じように「ペリカン・プログラム」と呼ぶ構想もある。空飛ぶ輸送船ともいうべき計画で、1,000トン前後の大量のコンテナを搭載、地面効果を利用しながら海面すれすれに飛行し、太平洋の無着陸横断も可能という巨大輸送機である。

 最近の英『フライト・インターナショナル』誌によると、ボーイング・ペリカンは軍用および民間輸送機として2015年頃の実用化をめざして研究が進んでいる。2020年頃にはこの種の大型輸送機について千機以上が必要になるというのがボーイング社の見方で、その需要に備えて開発しようというのである。

 大洋を横断する大陸間の貨物輸送に関しては、現在二つの手段がある。いうまでもなく船と航空機だが、航空機は速度を重視して、高い料金を払えるような高価な品物を輸送するのに使われる。けれどもシェアは1%しかない。残りの99%は船を使っており、多少の時間はかかるけれども、料金の安いことが大きな特徴である。

 そこでボーイング・ペリカンは、速度でもコストでも、貨物機と貨物船との中間的な輸送手段となる。つまり普通の貨物機ほど高くはないし、船のように遅くもない。もっともボーイング社の当面のねらいは軍用輸送だから、余りコストにこだわる必要はないかもしれない。大量の兵員や物資を、比較的短い時間で、遠くの戦場へ送りこむことができればいいわけである。

 そこでペリカンは胴体も大きいけれど、先ずは主翼を大きくし、両端が垂れ下がるような構造にして空気を抱きかかえ、海面上6〜15mの超低空で地面効果が出るような形状になっている。このような翼をWIG(wing-in-ground-effect)と呼ぶ。

 似たような構想は、これまでも、例えば旧ソ連で発案された。しかし、そのアイディアは基本的には飛行艇であった。飛行艇にすると水の上で発着するため自重が重くなり、滑走距離が長く、エンジン出力を大きくしなければ離水できない。したがってペイロードに対する燃料消費量が増えて、効率が悪くなる。

 しかも、本拠地では水面から陸上基地へ向かって滑り台をつくり、そこをはい上がってくればいいけれども、戦場ではそんな設備はない。したがって水の上で荷役をしなければならないから、さまざまな問題が起こる。第一、目的地の近くに発着に適した水面があるかどうかも保証の限りではないし、波が高いときは発着すらできない。

 こうした検討の末、ボーイング社は陸上WIGが最も好ましいという結論を出した。つまりペリカンは飽くまで陸上機であり、海面すれすれに飛ぶとはいいながら、普通の滑走路を使用する普通の大型貨物機である。それを国防省に提案し、陸軍と空軍が関心を寄せるようになった。

 基本構想は、総重量にして1,600トン(主翼スパン134m)、2,700トン(スパン176m、胴体長122m、ペイロード1,300トン)、4,500トン(スパン220m)という3種類が考えられている。目下開発中の超巨人機A380が最大離陸重量548トンだから、最も小さい1,600トン機でも3倍の大きさということになる。

 機体内部は、機首の高い位置にコクピットがあって与圧されるが、2階建ての主キャビンは与圧がなく、船舶用と同じ大きさのコンテナを搭載する。荷役は機首を上げて、機体前方からおこなう。搭載量はメインデッキにコンテナ100個、アッパーデッキに50個。さらに主翼の内側半分にも片側20個ずつのコンテナがのせられる。

 主翼の外側半分はヒンジで垂れ下がるようになっている。これによって飛行中の地面効果を高めるわけである。逆に離着陸に際しては翼を持ち上げて、真っ直ぐ延ばす。さらに飛行場の中では垂直に立てて、タクシー移動をしたり荷役をおこなう。こうすれば、今の軍用飛行場のほとんどのところで本機を使うことができる。

 エンジンは60,000〜80,000shpのターボプロップが8基。これで4基の2重反転プロペラを駆動する。

 胴体下面の車輪は76個。前方から後方へ2列に並ぶ引っ込み脚である。


(大量の貨物を積んで海面すれすれを飛ぶ超巨人機ペリカン)

 

 飛行高度は通常6〜15mの範囲でおこなわれる。海面の状態で高度を決め、波が荒いときは高いところを飛ぶ。高度6mを飛ぶ場合、地面効果によって生じる浮力は飛行船と同じ程度まで大きくなる。高度の維持は電子装置が自動的に正確にやってくれる。

 この超低空飛行によって地面効果が生じ、出力の余裕が出れば燃料消費が少なくなる。逆に陸地上空では最大6,000mの高度まで上がり、山を越えて飛ぶこともできる。

 航続距離は、海面上を地面効果を利用して飛ぶ場合が18,500km、陸地上空を高度6,000mで飛ぶ場合は12,000kmになる。

 本機の問題の一つは、低空を高速で飛ぶため、鳥との衝突が多くなるだろうということ。そのためボーイング社では、機体を頑丈につくることに加えて、鳥衝突回避装置の研究を進めている。

 さらに低空飛行中に高波に衝突するようなことがあってはならない。そのための回避装置の開発も重要課題の一つとなっている。

 いずれにせよ、ペリカン機の実現までには今後なお10年くらいの研究開発努力が必要かもしれない。

(西川 渉、2003.8.13)

 

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