<アグスタウェストランド社>

ロータークラフトの革新
プロジェクト・ゼロ

 「プロジェクト・ゼロ」とは、ちょっと分かりにくい名称だが、イタリアのアグスタウェストランド社が技術的な実証実験を進めているティルトローター実験機である。機体は2013年3月4日に公開され、世界のヘリコプター技術者たちを驚かせた。というのも、新しい独自の技術が数多く内包されていたからだ。

 外観からして、異様である。もっとも日本人の中には、昔のとんび凧を思い出した人もいたに違いない。胴体をはさんで、全体がやわらかい曲線から成るデルタ翼、というよりも凧のように見えるのだ。その大きな両翼をくり抜いて円形の枠をはめこみ、枠の中で3枚ブレードのローターが回転する。これで上下方向の推力を得ると共に、円形の枠が垂直に立ち上がって前進方向の推力を得るという仕組みである。

 その革新性は、ティルトローターが翼の中にはめ込まれているのに加えて、動力が電動モーターであること。充電可能なバッテリーで駆動するが、将来はディーゼル発電機を搭載して、ハイブリッドとすることもあり得る。また電動にしたため機構が簡単になり、ロータークラフト特有の重くて複雑なトランスミッション系統が不要になった。

 機体は全体の8割が複合材製。とりわけローターブレードや外板は全て複合材である。

 巡航飛行中は揚力の大半を主翼が支える。近距離飛行の場合は、左右の翼端部分を取り外し、ローターを立てることなく、専らヘリコプターとして飛行する。ピッチングとローリングは主翼後縁のエレボンで制御し、縦方向の安定はV字形の尾翼で制御する。

 飛行中の騒音は、エンジン音がないので非常に小さい。熱の発生も少なく、空気や酸素を取り入れる必要もない。したがって高々度の飛行も可能だし、噴火した火山周辺のガスの中を飛ぶこともできる。

 地上に駐機中はローターの枠を立て、風に向けておく。するとブレードが風車のように回り、自然にバッテリーの充電ができる。

 こうしたプロジェクト・ゼロの開発が決まったのは2010年12月。それからわずか半年間で設計と製作が進み、2011年6月に初飛行した。以来2012年にかけて何度か極秘のうちに無人の飛行実績を重ねた。この間、ブレード形状を変えて、所要馬力を3割ほど減らすことにも成功した。

 本機の数値データは公表されていないが、推定ではローター直径約3m、翼スパン13m、機体全長8m、巡航速度はおよそ500q/hと伝えられる。

 この可能性に富んだティルトローター実験機が、今後どのような実用機に成長するか。将来が楽しみである。

(西川 渉、『航空情報』2013年11月号掲載)

 

 

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