<救急医療の根本>
レスポンス・タイムの意義 「レスポンス・タイム」という言葉がある。救急出動の要請を受けてから、救急隊員や医師が現場に到着するまでの時間である。これがどのくらいかかっているか。総務省消防庁の集計では2008年の全国平均が7.7分であった。
このレスポンス・タイムについて、ドイツがおよそ15分以内と定めていることは、よく知られている。スイスも同様の目標をかかげ、両国ともに地上搬送では間に合わない場合にそなえ、全国くまなく救急ヘリコプターを配備している。
しかし15分では遅すぎるというのがイギリスやイタリアで、その基準は8分である。アメリカも8分という自治体が多く、シアトルは7分である。
こうしたレスポンス・タイムの持つ意味は、ヨーロッパ大陸の諸国では原則として医師が現場に出てゆくので、レスポンス・タイムは即ち救急治療の開始時間になる。一方アメリカやイギリスは、医師がほとんど出てゆかない代わりに、パラメディックが医師に準じた治療をするので、やはりレスポンス・タイムが治療開始時間になる。
これらの先進事例に対して、日本のレスポンス・タイムは、救急隊員の鬼神のごとき働きによって、時間そのものは世界のどこの国にも負けてはいない。しかし、これが欧米諸国のような初期治療の開始時間にはならないところに問題がある。
いうまでもなく、日本では救急救命士の医療行為が制限されているためだ。実際の救急治療が始まるのは患者の病院収容後で、その収容時間は2008年の全国平均が35.1分であった。救急医療としては手遅れといういうほかはない。
ドクターヘリやドクターカーはその点を補うもので、医師が同乗しているので現場到着と同時に治療開始となる。しかし、これらが将来いかに普及しても年間500万件の救急出動を補いきれるものではない。救急救命士の教育を大学医学部に準じたものに改めたうえで医療行為を認めるか、医師が救急車に乗りこむか。
日本の救急医療体制は、いま根本から考え直す必要があるのではないだろうか。
(西川 渉、日本航空医療学会雑誌「編集後記」、2010年1月20日刊)