<米陸軍の新しい動き(1)>

ARHの決定からLUHの選定へ

 

 

 アメリカ陸軍が新しいヘリコプターの開発と調達に関して、活発な動きを見せ始めた。武装偵察ヘリコプター(ARH)の調達契約、軽多用途ヘリコプター(LUH)の選定、そして2012年に向かって技術革新をめざす大型輸送用VTOL機(JLH)の開発研究である。

 これらは長年にわたって進められてきた偵察/攻撃ヘリコプターRAH-66コマンチの計画中止に端を発する。コマンチは1982年に開発がはじまり、当初は大量5,000機の調達が予定されていた。そこで設計競争がおこなわれ、シコルスキーとボーイングの両社から成る開発チームが選定されて20年に及ぶ開発努力を重ねたが、完成に至らず、ついに2004年2月取りやめになったものである。

 コマンチの打ち切りは陸軍に大きな衝撃を与えた。しかし、このまま開発作業を続けても、今後なお高額のコストと年月のかかることが予想される。しかも1機で万能という開発目標は画期的に見えるが、結果としては中途半端になってしまうおそれもある。そのうえ時間がかかりすぎてタイミングが遅れては、特に軍事技術としては無用の長物になりかねない。それならば、それぞれの任務に適した機材を別個に調達する方が良いということになったのである。

 コマンチの中止は逆に、米陸軍の鎖を解き放ち、将来の戦術体系をどうするか、自由な発想が可能となった。そこから最近、冒頭のような動きが出てきたものである。その中から本稿はLUH選定競争の行方を占うのが主題だが、その前に決定ずみのARHについて見ておこう。

 

武装偵察機ベル407ARH

 新しい武装偵察ヘリコプター(ARH:Armed Reconnaissance Helicopter)の機種が決まったのは今年7月末であった。何種類かの候補の中から民間型ベル407単発タービン機(7人乗り)が選定された。同機は民間機としてこれまで約650機が製造され、120万時間以上の飛行実績を持つ。

 これに火器と軍用電子機器を取りつけ、ARHとして偵察、攻撃、兵員の敵地潜入、その他の特殊任務など、さまざまな用途に当てようというもの。契約金額は36億ドル(約4,000億円)。2007年から量産開始、2008年から実戦配備に入り、2013年までに368機を製造する計画である。

 ベル・ヘリコプター社が407をARH向けに改造した407Xを初飛行させたのは2005年6月2日であった。エンジンは従来のロールスロイス250-C47B(813shp)の代わりに、新しいハニウェルHTS900ターボシャフト(925shp)が装着され、機体構造やテールブームを強化すると共に、モデル427双発機の尾部ローターを流用、総重量が2,560kgに増加した。操縦席やエンジン周りには装甲板がつき、機首にはロッキード・マーチン社の開発する偵察用電子機器のターレットを取りつけ、胴体左右にロケット弾を装備する。

 エンジン出力の増強によって飛行性能も向上する。また高温時でも出力の低下が少なく、民間型よりも42%増の高出力が維持されて飛行能力は落ちない。エンジンのオーバホール間隔は3,000時間。将来は5,000時間をめざし、整備費の軽減をはかることになっている。

 このARHの選定にあたって、ベル407の競争相手となったのは、MDヘリコプター社のMH-6Mであった。ボーイング社の支援を受けて、ローターブレードや操縦席を改良することになっていたが、採用には至らなかった。

 こうしたARHに続く、米陸軍の次の調達計画がLUHである。


武装偵察ヘリコプターに選定されたベル407X

有力候補はベル210だったが

 軽多用途ヘリコプター(LUH:Light Utility Helicopter)は、米陸軍が現用UH-1ヒューイの後継機として使用する多用途ヘリコプターである。そのため、米陸軍は15億ドルの予算で322機の調達を予定している。要求仕様は7月末、政府からメーカー各社に対して提示され、FAAの民間型式証明を有するという条件がつき、9月12日が提案締め切りとされた。

 それに対して各メーカーからどのような提案が出されたか、本稿執筆の時点では明らかにされていない。おそらくベル210または412、ユーロコプターEC145、MDエクスプローラー、アグスタA109などの提案が出たものと見られる。

 この中で、本命はベル210というのが従来の見方であった。米陸軍がベトナム戦争の時代から使ってきたUH-1単発機の改良発達型で、現用機の延長線上にあるため、技術面でも費用面でも最も有利というのである。特に米陸軍は何百機ものUH-1Hを保有しているので、それを改修するだけできわめて安く新しいLUHが入手できる。パイロットや整備士も技術的に慣熟しているので大がかりな教育訓練をする必要がなく、直ちに実戦配備につくことができる。

 そうした考え方から、ベル社もUH-1の改良モデル210の開発を進めてきた。従来のUH-1に対して、主ローターハブおよびブレード、尾部ローター、トランスミッション、操縦機構、テールブームなどのダイナミック系統をベル212から取り、ハニウェルT-53-517BCVターボシャフト・エンジンを装備、その他の機械的システムと電子機器を改めている。2004年12月18日に初飛行、2005年7月21日にFAAの型式証明を取得した。民間向けの引渡しは11月から始まる。

 このモデル210を、ベル社が1機あたり295万ドルで提案すれば、他の競合機が400〜500万ドルと見られるところから、相当に安い。まさに米陸軍の構想にピッタリ合わせたような計画であった。

 ところが210の開発着手から1年半たった今年7月、同機の型式証明と時を同じくして米陸軍の発表した正式のLUH仕様書は、当初の構想とは異なるものであった。夜間および悪天候の中で計器飛行ができることという条件がついていたのである。

 この新しい条件を満たすには、計器飛行装備だけで1機当たりの価格は100万ドルほど高くなる。そのうえ果たして単発機でいいのかどうかという問題が生じる。双発機ということになればベル社の場合は412や430が考えられるが、412は1機600万ドルになるであろう。機体価格ははね上がるかもしれぬが、やむを得ない。

 こうしてベル社は、おそらくモデル210を断念し、412EP双発機を提案することになったかもしれない。


【追記】その後ベル社は米陸軍に正式に412EPを提案したと伝えられる。

ヨーロッパ勢も名乗り

 ベル社が戸惑いを見せている間に、他の競争相手はすでに双発機の提案準備を進めつつあった。

 最も強力な相手は、欧州からアメリカ市場を狙うユーロコプターUH-145である。現用民間機EC-145の軍用向け改造型で、米陸軍の要求仕様を上回る能力を持つとしている。

 ユーロコプター社は当初EC-135を考えたようだが、米陸軍の要求を満たせないところがあってEC-145の提案に切り替えた。ユーロコプター社がこの競争に勝てば、米陸軍との初めての契約になる。もっとも沿岸警備隊との間では、昔からHH-65ドーファンの契約があり、米国内で94機が使われている。最近は新しいアリエル2C2エンジンへの換装もおこなわれることになり、改めて新しい契約が結ばれた。さらに米税関には55機のEC-120が採用されている。

 そこでUH-145がLUHとして採用になれば、製造は米国内でおこなう計画。ターボメカ・エンジンやアビオニクス類も米国内で製造し、実質的に半分以上を米国製として「バイ・アメリカン」の原則に合うようにするという。


UH-145

 アグスタウェストランド社は今年初め、本誌5月号でご報告したようにEH101が米大統領機に採用された。その勢いを駆って再びLUH競争に参加したものである。

 提案内容は明らかにされていないが、おそらくはA109パワー双発機を基本とするA109LUHであろう。エンジンを換装して出力を強化し、総重量を3トン程度まで引き上げる。これで戦闘に必要な火器および作戦機器の装備が可能となる。また出力に余裕があるため、高温・高地でも余裕をもって本来の飛行性能が発揮できる。

 こうした改良によって、アグスタ社はA109LUHが真の多用途ヘリコプターとして、米陸軍の要求を充分満たすことが可能としている。採用のあかつきには、US101大統領機と同じようにアメリカで生産することになろう。


【追記】アグスタウェストランド社はUS139を提案したもよう。

MDエクスプローラーも提案

 米国内からはもうひとつ、MDヘリコプター社がロッキード・マーチン社を表面に立てて、MD902エクスプローラー双発機を提案している。

 MDヘリコプター社(MDHI)は、かつてのヒューズ・ヘリコプターだが、マクダネルダグラス社の傘下に入ったのち、ボーイング社を経て、1999年にオランダ資本に買い取られた。しかし近年、財務的な行き詰まりがあり、たとえばドイツとオランダの警察から注文を受けながら引渡しが遅れ、ドイツにはなんとか全5機を納入したものの、オランダ警察機は総重量を増やす必要があったために技術的な問題も大きく、今年3月受注8機の契約が取り消された経緯がある。ほかにも技術支援や部品補給などが充分おこなわれず、運航者から強い不満が出ていた。

 しかし去る7月、オランダ資本の下にあった経営権がニューヨークの投資会社に買収され、再建の道を歩みはじめた。これで運転資金も確保できることとなり、受注機の生産や部品の補給が正常になる見込みという。

 そのMDHIとロッキード社の提案するのが尾部ローターのないノーター機、MDエクスプローラーである。同機は、米陸軍の提示したLUH仕様に最も適合したヘリコプターというのが両社の主張。加えて、その背景には新しい株主の潤沢な資金もあり、ヒューズ・ヘリコプター以来の長い歴史に培われた技術力もある。

 さらにロッキード・マーチン社が軍用機分野の勇であることはいうまでもない。上述の大統領専用機の選定にあたって、アグスタ・ウェストランドEH-101をUS-101に仕立てたプライム・コントラクターでもある。

 ロッキード社のこうした動きは、将来の軍用ヘリコプター市場に向かって足場を固めるのが目的と見られる。MDHIも、LUH契約が取れるならば、その立場は大きく変わることとなろう。新しい株主となったニューヨークの投資会社も、LUHの将来性を見込んでMDHIを買収したのであった。競争に勝てば、MDHIの建て直しは急速に進むだろうし、投資の旨味が出てくる。逆に、負けるようなことになれば、建て直しまでの時間がかかり、投資の対象として面白味がなくなる。MDHIとしては命運を賭けたLUH競争となった。


MDエクスプローラー

2007年から実戦配備

 LUHのこうした提案競争の結果はどうなるだろうか。当初案のベル210ならば1機当たりの価格が300万ドル程度なので、予算の範囲内に収まる。しかし双発となれば1機400〜600万ドルになり、予算上322機を調達できるかどうか問題が出てくる。したがって米陸軍としては調達機数を減らすか、予算の枠を拡大するか、計画の修正をしなければならない。

 LUHの用途は、主に米国内の輸送作業や災害支援などになるもよう。国外の第一線に出すことはほとんど考えていない。というのも、当初のHU-1が登場した40年前と違って、今やシコルスキーUH-60ブラックホークがあるからで、武装兵員をのせて戦場へ向かうような任務はLUHの役割ではないということになった。

 そこで新しいLUHの主な目的は人員輸送、連絡輸送、補給輸送、患者輸送などの後方支援になる。そのため、今のUH-1Hより小さくてもよく、通常の人員輸送にはパイロット2人のほかに同乗者6人以上。また患者輸送の能力としてはパイロット2人、担架2人分、看護兵2人の搭乗が可能であることとなっている。

 こうしたLUHについて、米陸軍は2006年春までに機種を選定し、4月に契約調印、2012年までに322機を調達する計画である。実戦配備は2007年から始まる。

(西川 渉、『航空ファン』2005年12月号掲載)

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