<欧州航空医療学会>

救急飛行の安全

 
会  場

 

 去る6月初め、ローマで開かれた欧州航空医療学会(AIRMED 2014)で、15分間のスピーチの機会を与えられた。そこで12枚のスライドを使って、以下のようなヘリコプター救急(HEMS)の安全に関する話をした。前半は日本のドクターヘリの現状紹介、後半はアメリカの例を引きながら、飛行の安全について考えたものである。


スライド1(表紙)

 英作文については山野豊氏の助けをいただいたので、両者の共著である。


スライド2(ドクターヘリ)

 日本のドクターヘリは2001年4月に始まった。それまで長年にわたって、ドイツの故ゲアハルト・クグラーさん(写真、1935〜2009)の助言をいただいた。したがってシステムとしての形態も、ドイツのヘリコプター救急体制によく似ている。

 すなわち救急装備をした専用の双発ヘリコプターが病院に待機する。飛行は昼間のみとし、出動現場では、あらかじめ確認された「ランデブーポイント」に着陸する。乗っているのはドクターとフライトナース。そしてパイロットと整備士だが、整備士は飛行中、通信、航法、外部監視など副操縦士の役割を果たす。

 念のために、ドイツの乗員はパイロット、ドクター、パラメディックの3人で、副操縦士や整備士は乗っていない。またランデブーポイントのような取り決めもない。


スライド3(ドクターヘリ配備図)

 ドクターヘリの拠点は現在、この地図に示すように全国43ヵ所。2013年度の出動件数は、各拠点あたり平均488件であった。

 また2001年の事業開始以来、ドクターヘリで救護された患者さんは10万人を超える。


スライド4(運航費)

 ドクターヘリの運航費は年間およそ2億1000万円。これを国と自治体(道府県)が折半することになっているが、財政難の自治体に対しては、その負担分の8割まで特別交付税が交付される。


スライド5(FAA新規則)

 ここからアメリカの話になるが、今年2月、連邦航空局(FAA)が救急ヘリコプターの安全に関して、ここに示すような新しい法律案を発表した。


スライド6(ブルーメン教授の安全案)

 FAAよりも早く、一昨年10月にはシカゴ医科大学のアイラ・ブルーメン教授が独自の安全策を提案している。その内容は、ここに示すとおり、現場への救急飛行は昼間のみとし、あらかじめ確認し指定された地点に着陸する。使用機は双発で、パイロットは2人乗務。

 この提案は、期せずして日本のドクターヘリの運航方式とほとんど変わらない。ただし、2年たった今も実行には移されていない。


スライド7(多発するアメリカの事故)

 FAAの新規則やブルーメン教授の提案など、なぜそのような安全策が論じられるのか。それは、この表に示すようにアメリカの救急ヘリコプターの事故がドイツ、カナダ、イギリスなど他の国にくらべて余りに多いからである。


スライド8(必要条件と十分条件)

 そこで上の2つの安全策が同時に実行されるならば、アメリカの救急ヘリコプターの安全性も高まるにちがいない。ただし、これはまだ「必要条件」に過ぎない。もうひとつ「十分条件」を加えなければならないだろう。それは「競争の制限」である。


スライド9(競争の制限)

 自由競争は世界経済、とりわけアメリカ社会の基本的な原理である。したがってアメリカでは同じ地域に複数のヘリコプター救急企業が存在し、お互いに競争をし合っている。

 この競争がヘリコプター救急の安全を悪化させている。たとえば気象条件の悪化が予想されても無理に飛んだり、パイロットが昼も夜も勤務を続けて過労におちいったりしているのではないか。


スライド10(安全要素に関する比較)

 この表は、いくつかの安全要素に関して、各国の状況を比較したものである。アメリカの場合は、競争のためにコストの安い単発機を使っている会社が多く、単発機の数は半分近くに上る。その他の安全要素――昼間飛行、予め確認された地点への着陸、パイロット2人乗務、競争の有無に関して、アメリカはいずれも不適切で、死亡事故も1972年の飛行開始いらい、111件に上る。


スライド11(結論)

 競争は確かに世界経済を進めるための重要な原理である。しかし、救急飛行は競争原理の例外とすべきである。同じ地域のヘリコプター救急企業はひとつに制限し、もし複数の企業があれば、合併などでひとつにまとめるべきである。

 そうすれば競争がなくなって事故が減り、死者が減り、コストも減るであろう。


スライド12(謝辞)

 ご清聴ありがとうございます。写真は桜島を背景に飛ぶ鹿児島ドクターヘリ(AW109ヘリコプター)。

 なお本頁のスライドは欧州航空医療学会のホームページにも掲載されている。 

(西川 渉、2014.11.3)

 

  

表紙へ戻る