飛び立てない救急ヘリコプター

 

 

 これは去る8月30日の『産経新聞』夕刊に掲載された記事の切り抜きである。

 この記事を書いた穂積文孝記者が、半月ほど前わざわざ訪ねてこられた。穂積記者は私の『なぜヘリコプターを使わないのか』という本を読んでおられ、あの本が出てから1年半を経過したが、あそこに書かれているような消防や救急の体制は阪神大震災の教訓を得て改善進歩したのかという質問が訪問の目的であった。

 私の答えは残念ながら「ノー」である。関係官僚諸君はきっと「イエス」と答えるだろう。しかし彼らは委員会ばかりをつくって、検討や審議や実験や研究を繰り返しただけである。阪神大震災から2年半を経て、防災ヘリコプターは増えたけれども、ヘリコプターで消火された家屋はまだ1軒もなく、救急専用の防災機はいまだに1機も存在しないのだ。

 以下に借用した新聞記事はごくおだやかな文体である。しかし、その背景には多数の人命と財産が今も無駄に失われつつあることを見逃してはならない。このままで東京大地震が起これば阪神を上回る犠牲者が出て、わが政府も無為無策の責任を問われ、崩壊せざるを得ないであろう。

(西川渉、97.9.4)


 九月一日の「防災の日」を前に、各地で防災訓練が行われている。阪神大震災後に見直された防災計画に基づき、教訓を生かした訓練が行われているが、ヘリコプターによる救急搬送態勢は不備のままだ。現状のままだと、ヘリコプターを活用しきれなかった阪神大震災の二の舞いになりかねず、ヘリによる緊急システムの構築が急務となっている。(穂積文孝)

 わが国のヘリコプターはことし三月現在、消防、防災ヘリ五十八機を含む千二十九機(自衛隊機を除く)。これは米国、カナダに次いで世界で三番目。

 実際、阪神大震災直後、被災地上空では、多数のヘリコプターが飛び交った。だが、大半はマスコミの取材用や、大手スーパーが物資供給のために飛行させたヘリコプターで、病人などを搬送する救急輸送は低調だった。

 阪神大震災では建物に押しつぶされたり、やけどをしたり、緊急に病院で治療が必要な患者が続出したが、川崎医科大学の小浜啓次教授のまとめによると、震災当日にヘリコプターで搬送された患者はわずか一人。その後、日を追って六、十、二十六人とヘリによって搬送される患者数は増えたが、救うことができた患者がいたにもかかわらず、運輸省や自治体の離着陸の許可が事前に必要との理由などで断念せざるを得なかったケースも少なくなかったという。

 このような事態を踏まえ、自治省消防庁は昨年十二月に「ヘリコプターによる救急システム検討委員会報告書」を公表した。遅まきながら震災時などのヘリコプター救急のあり方を示したわけだが、この報告書は「わが国においてもヘリコプターによる救急システムを早急に全国的に確立する必要がある」と書かれているだけで、具体的な方策をいつから実施していくかなどが明示されていない。

 地域航空総合研究所所長の西川渉さん(六一)は「災害時などにおけるヘリコプター使用は、難しいことではない。少なくとも欧米では日常から救急車と同様に使われている。わが国では、救急車のシステムが発達したため、救急システムが硬直化してしまった」と欧米との違いを指摘する。

 そして、「ヘリコプターや装備が十分あるのに、それらを有効的に活用させるソフトがないのは大変残念なこと。ドイツでは、たった五十機の救急ヘリコプターで全国をカバー。その結果、交通事故死が二十年間で年間二万人から七千人までに減少した。震災時は、このようなシステムを核にけが人の搬送がスムーズに行われるはず」とヘリコプター救急の有効性を語る。

 この二十七日に行われた神戸市総合防災訓練では、自衛隊、海上保安庁などのヘリコプター十機が、海上保安庁の巡視船に、患者に見たてた五十人と医療チーム十人を搬送した。また、九月一日に東京、神奈川、埼玉などで行われる総合防災訓練でも、ヘリコプター救急を念頭においた訓練を実施する予定だ。

 ヘリコプターの活用の動きはみられるが、いま関東大震災級の地震が起こればヘリコプター救急システムが現状で存在しないだけにその十分な活用が危ぶまれる。ヘリコプターの有効利用のシステム作りが急がれている。(『産経新聞』、97年8月30日夕刊)

 

 

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