<聖教新聞「文化」面>

ドクターヘリ最新事情

 

 今年はドクターヘリの誕生から十年になる。1999年「ドクターヘリ調査検討委員会」が内閣内政審議室を事務局として設置され、同時に救急ヘリコプターを2ヵ所の病院に置いて試行的事業が始まった。

 この検討と実証運航の結果、本格的事業に移行したのは2001年4月、新世紀最初の年であった。

 ドクターヘリの主要な役割は救急車と異なり、医療スタッフを救急現場へ送りこむことだ。救急装備をしたヘリコプター、いわば空飛ぶICU(集中治療室)を病院に待機させ、救急患者が発生するや直ちに消防本部の要請に応じ、医師と看護師を乗せて離陸、10分前後で現場に到着し、その場で治療にあたる。患者の搬送は、その後の二義的な任務である。

 この迅速な処置によって、ドクターヘリで救護された人は、死亡率が地上救急より4割ほど減り、社会復帰のできるまでに回復する人はほぼ2倍に達する。したがってヘリコプター救急の効果は、やや大げさだが、一と口に「死者半減、社会復帰倍増」ともいわれる。

 近年、医療の崩壊が叫ばれるようになった。とりわけ救急医療に関しては、医師の不足、病床の満杯、病院の閉鎖、救急車の受入れ拒否といった問題が頻発している。今や医療過疎はへき地だけの問題ではなく、大都市でも診療を拒否された妊婦が死亡するといった悲惨な事故もしばしば報じられる。

 なるほど救急車は、比較的早く救急現場に到着する。しかし法律上、救急救命士だけでは一定の応急手当しかできない。高齢者に多い脳卒中や心臓病などの重症患者は、一刻も早い治療をしなければ、命が危ない。

 治療のために、患者が医師と出会うには病院へ運びこむ必要がある。しかし病院収容に要する時間は、総務省消防庁の集計で2007年の全国平均が33.4分であった。最も早い富山県で25.4分、次いで京都府と福岡県が26.2分である。いっぽう遅い方の2番目が埼玉県の39.0分。そして最悪は東京都の47.2分と、飛び抜けて遅い。つまり立派な病院や優秀な医師がそろっているはずの首都が、へき地以上の問題をかかえているのだ。

 これはひとり東京だけの問題ではない。日本の救急体制そのものに、どこか欠けたところのある象徴ではないだろうか。 

 そこでヨーロッパに目を転じてみよう。たとえばドイツは救命効果を確保するために、原則15分以内に救急治療を始めるよう全国16州の「救急法」で定めている。この規則はヘリコプターだけが対象というわけではない。救急全般について、医師は15分以内に到着しなければならない。そのためには救急車でもバイクでも自転車でも、そのときその場の状況に応じて、最も早いと思われる手段を使って傷病者のもとへ駆けつける。

 ヘリコプターはその移動手段の一つとして救急体制の中に組みこまれ、全国80ヵ所の拠点に配備されている。ドイツの国土面積は日本の94%だから、日本中に85機のドクターヘリを配備したのとほぼ同じである。その結果2005年の実績は、ドイツ全国の救急事案の84%が15分以内の治療開始であった。

 スイスも同様、全国くまなく15分以内に医師が飛んでくる。アルプスの山の中でも谷の奥でも、医師を乗せたヘリコプターが昼夜を問わず飛来する。そのためスイス全土に13機の救急ヘリコプターが配備されているが、スイスは九州と同じくらいの面積だから、九州各県に2機ずつのドクターヘリを配備したようなもの。これで、あの険しい山岳国が医療過疎を解消しているのだ。

 イタリアも都市部8分以内、山間部は20分以内という治療着手の原則を定め、地上体制に加えて全国47ヵ所に救急ヘリコプターを配備している。

 日本のドクターヘリは現在18機。欧州には遠く及ばないが、まずは各都道府県に1機ずつ、少なくとも50機が必要であろう。この目標に向かって昨年秋、公明党の呼びかけで超党派の「ドクターヘリ推進議員連盟」が発足した。その決議の結果、これまで国と自治体で半分ずつ負担していた運営経費のうち、自治体負担分の大半が特別交付金として国から出ることになった。

 これで財政難の自治体もドクターヘリの導入が可能となるだろうから、全国的な普及も夢ではない。

 ドクターヘリは迅速な機動力によって医師や病院の不足を補い、医療過疎をなくし、救命効果を高めることができる。ドクターヘリの全国的な普及が望まれるゆえんである。

(西川 渉、「聖教新聞」、2009年5月20日付掲載)

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