戦争はなぜ起こるか 

 

 地球上いたるところで硝煙の匂いがするようになった。なにしろ、世界を支配するアメリカの大統領が物事の判断にあたって、敵か味方か、白か黒かという単細胞の頭しか持っていないので、攻撃に対する報復、報復に対する攻撃の繰り返しになるのは当然のこと。

 結果としてアフガン戦争はいっこうに収まらず、パレスチナ戦争も今さら仲裁だの仲介だのといっても、当事者同士が完全に熱くなっていて、とても手が着けらる状態ではない。

 これらの戦争が決して他人事と思えないのは、わたし自身子どもの時分に同じような経験をしたからである。頭の上からは連日爆弾や焼夷弾が降ってくるし、あたりには機銃掃射の音がバリバリと鳴り響き、腹はすきっぱなしのままで、体は垢だらけだった。つまりアフガン難民やパレスチナの町の中を逃げまどう民衆の心境である。

 もっとも当時は、さほど辛いとか苦しいという気持ちはなかった。一つは戦争に勝つための少国民意識が高揚していたからだが、その前に身のまわりの世界を甘受する幼さがあったからであろう。しかし今になってみれば、あのような経験はもううこりごりだと思う。

 しかるに、高みにある為政者の方は、そんな国民の心情は分からない。民衆をあおり立てては戦いの場に送り出し、果てしない殺し合いを続けさせる。

 わが小泉君も、その歳から見て戦争でやられた経験はないはず。藪大統領にのせられて、すっかり勇ましくなってしまい、あっという間に「有事3法案」が議会に出てきた。自衛隊の方が驚いているほどである。この法律が決して不要とは思わぬが、審議は頭を冷やしてやってもらいたい。

 以下の作文は今から1か月以上前、3月10日頃書いたものである。

 

 9.11多発テロから半年が過ぎた。アメリカ軍の激しい空爆にさらされたアフガニスタンでは暫定政権が発足し、アフガン復興支援会議も終わって、ビンラディンは死んだか生きたか分からぬが、一時はあの国にも春がきそうな気配であった。

 ところが最近、3月に入ってから再びアメリカ軍のアフガン爆撃が激しくなった。日本人はムネオハウスや秘書疑惑に夢中で、アフガンなどはすっかり忘れたようだが、あの戦争はまだ終わっていなかったのである。

 というのもアルカイダは全滅したわけではなかった。もっと驚いたのは、その残党の掃討作戦のつもりだったアメリカ軍の前に、新たな強敵があらわれた。アメリカの強引、傲慢な政策に反感を持つ周辺諸国から次々とアルカイダへの応援部隊がやってくるのである。

 これらは、むろん正規軍ではないけれども、同じイスラム教を信じる人びと、それも聖戦のために死を覚悟した戦士たちである。初めのうちアメリカ軍はそれと気づかなかった。タリバンの残党を片づけるくらいのつもりだったところ、無数の洞窟を叩いても叩いても、まるでモグラたたきのように絶えることなく、いつまで経っても顔を出す。アメリカ軍もすっかり音を上げているらしい。

 ブッシュ大統領はとっくに勝利宣言をしたようだが、3月に入って急にアメリカ兵の死傷者が増えはじめた。4日にはアフガニスタン東部の「アナコンダ作戦」に投入されたアメリカ軍特殊部隊のMH-47ヘリコプターがロケット弾で撃墜され、少なくともアメリカ兵8人、アフガン同盟軍7人が戦死、約40人が負傷したという。

 今アフガニスタンの山岳地に送りこまれているアメリカ兵は約1,200人。ほかにオーストラリア、カナダ、デンマーク、フランス、ドイツ、ノルウェーなどの軍隊もきているようだから、ブッシュ大統領はそこら中の同盟国を泥沼戦争に引きずりこんでゆくつもりかと思われる。

 現に米軍チヌークが撃墜されたあとも、3月6日にはデンマーク兵3人、ドイツ兵2人が死亡した。


(アフガン上空を飛ぶ米軍特殊部隊のヘリコプター)

戦争は若者が多いため

 戦争はなぜ起こるのか。『戦争が嫌いな人のための戦争学』(日下公人、PHP研究所、2002年3月6日発行)に面白いことが書いてあった。「若者比率の高い国が戦争を起こす」「15歳から25歳の若者が全人口に占める比率で15%を超えると、その国は戦争をする」

 なぜなら「若者が総人口の15%を占めたら、第1に食べさせるのに困る。第2に若者は変化を望む。第3に若者は闘争的である」。このうち最初の理由は、増えすぎた若者を失業させないためには兵隊にするのが手っ取り早い。同時に国の兵力も強化されるから、一石二鳥である。

「たとえば昭和15年の時点で15〜25歳の若者が15%以上の国を探してみると、ドイツとイタリアと日本」であった。つまり、この3国が枢軸を組んで世界中を相手に戦ったのは、特に好戦的な民族だったわけではなく、単に人口の構成がそうなっていただけのことだというのである。

 ベトナム戦争も戦後のアメリカのベビーブーマーたちが20歳前後になったときに起こった。これも失業率を減らし、みずから若者人口を減らすためだった。もっとも日本で戦後のベビーブーマーたちが戦争を起こさなかったのは、経済戦争に夢中だったから、と著者はいう。

 そこで、この理論を確かめるために、いくつかの国の人口構成を見てみよう。著者は国連の人口統計を見たようだが、いま筆者の手もとにはそれがないので『ブリタニカ国際年鑑2001』の数字を借用する。ただし、この統計では15〜25歳という区分の代わりに、15〜29歳という区分になっている。それを使うと下表のようになる。

若者と老人の人口構成比

地  域

総人口(万人)

15〜29歳(%)

60歳以上(%)

中  東

アフガニスタン

2,589

26.9

4.2

イスラエル

611

25.2

13.0

イラク

2,268

30.2

4.6

イラン

6,270

26.6

5.6

サウジアラビア

2,202

22.8

3.6

パキスタン

14,155

26.9

5.5

欧  米

アメリカ

27,537

23.4

16.8

イギリス

5,971

21.9

21.1

カナダ

3,077

20.9

16.3

ドイツ

8,221

24.0

20.8

フランス

5,884

22.6

18.9

東アジア

日本

12,692

20.3

23.5

韓国

4,728

27.6

9.3

北朝鮮

2,169

31.9

6.2

中国

126,521

31.0

8.6
[出所]『ブリタニカ国際年鑑2001』

 

 上の表から見ると、著者のいう「15〜25歳が15%以上」という戦争の起こりやすい条件は、「15〜29歳が25%以上」と言い換えることができよう。中東諸国は、サウジアラビアを除いて、この条件に当てはまる国ばかりで、なるほど紛争が絶えないはずである。

 欧米ではアメリカとドイツの若者が25%に近い。中東の挑戦を受けて、テロなどが起こるとすぐにカッとなり、爆撃機や攻撃機を飛ばすのはそのせいかもしれない。しかし、この両国ともに60歳以上の老人の比率も高いから、中東よりは分別があるのだろう。さすがに老大国イギリスは、欧米の中では最も老人の割合が多い。ただしブレア首相が47歳と若いから、9.11テロへの反応は早かった。

戦争の行方を見極めよ

 ところで日本は、この表の中では若者の比率が最も低く、老人の比率が最も高い。しかも例外的に老人の方が若者より多いから、老大国というよりは「老いぼれた」というべきかもしれず、とうてい戦争ができるような人口構成ではない。そのうえ困ったことに、近隣諸国は逆に若者が多く、老人が少ない。とりわけ北朝鮮と中国は中東以上に若者の比率が高いから、彼らがその気になれば老いぼれ日本などは一とたまりもあるまい。

 しかも本書によれば、この両国は国家の体をなしていない。「たとえば中華人民共和国は建国が1949年で、国の歴史が五十数年しかない。国の歴史が浅いから、国内はいまだにゴタゴタしていて、人民政府は国民を統制できないでいる。さらに、外国に対して条約や約束を守る能力がない」

 したがって何をやらかすか分からぬ連中で、今のところはアメリカ軍が日本に駐留しているからいいようなものの、もしも居なくなったらどうなるか。追い剥ぎや強盗が跋扈する国際社会では、貧乏な若者国家が金持ちの老人国家に攻めこむのは当然のことである。

 それを防ぐには軍備の強化も一案だが、この『戦争学』にはもっと賢明な戦争回避、善隣友好の方策が具体的に書いてある。その点は本書を読んでいただくほかはない。

 ブッシュ大統領も本書を読めばアフガン戦争の泥沼にはまりこむことはないと思うが、今のような調子ではきっと理解できないであろう。日本がアフガニスタンに約束した5億ドルの復興援助も、あわてて出す必要はない。その前に、この奇妙な戦争がベトナムのようにならないことを見きわめる必要がある。

(西川渉、『WING』紙2002年4月24日付掲載) 

表紙へ戻る