<航空事故>

ハドソン川上空で空中衝突

 8月8日正午前、ニューヨークのハドソン川上空で空中衝突事故が起こった。ぶつかったのは3人の乗ったパイパー軽飛行機と6人の乗った遊覧ヘリコプターである。9人の搭乗者は全員死亡した。

 ニューヨークの遊覧ヘリコプターは、筆者も何度か乗ったことがある。最後は2001年春、マンハッタンのハドソン川に面する西30丁目ヘリポートから離陸、川沿いにいったん北上したのち南下して自由の女神を回って戻ってくるもの。その戻りの途中、右手にワールドトレード・センターを見ながら、その横を同じくらいの高度で通過した。911テロの半年ほど前で、あとから思うと、あの建物は巨大な墓石が2つ並んでいたようにも感じられる。

 以前のニューヨーク遊覧飛行は、東34丁目のヘリポートから出てイーストリバーを南下、自由の女神を回ってハドソン川を北上し、セントラルパーク上空を横切って再びイーストリバーへ出るコースで、独自の姿をした国連ビルが印象的であった。とにかくニューヨークは高層ビルが林立しているので、それを上から眺められる遊覧飛行は50ドルか60ドルか、その程度の料金には代えがたい価値があるし、地上で見るのとはまた違った景観を楽しむことができる。

 こうした遊覧飛行に乗る前にはビデオの安全ブリーフィングを見なければならない。そのあと全員に救命胴衣がくばられ、おなかの周りに巻きつけるよう指示される。飛行経路が川の上空に限られているためで、いざというときは、これを肩のところまで引き上げてふくらませる。しかし今回のような空中衝突ではそんな暇はない。あっという間に死んだのであろう。

 この事故のあと、政治家たちがFAAの空域規制や航空管制について非難を始めた。

「大都会周辺のきわめて混雑した空域で、自由勝手に飛び回る遊覧飛行を認めるのはおかしい。この空域を飛ぶ航空機にはすべてTCAS(Traffic alert and Collision Avoidance System : 空中衝突防止装置)の装備を義務づけ、飛行高度にかかわらず、その都度フライト・プランを申請させるべきだ」

 またニューヨーク市議会も、マンハッタン周辺のヘリコプター遊覧飛行を禁止するよう主張している。しかしニューヨーク市長は固定翼機とヘリコプターの両方の自家用操縦資格を持つ人で、遊覧飛行は市の観光資源として重要と弁護しながら、何らかの規制をかける必要があるとしたら充分に検討したいと語った。

 ただし衝突の原因は今のところ分かっていない。

 こうした事故の場合、目撃者の談話を鵜呑みにするのは良くないが、ある目撃者はハドソン川上空を南下する軽飛行機が後方からヘリコプターにぶつかったと語った。

 また別の目撃者は緊急電話911番(ナインワンワン)に電話をしてきたが、それを受けた担当者とのやりとりは次のようなものだったという。

目撃者「たった今、ハドソン川にヘリコプターが1機おりた。……4丁目とリバーストリート(河岸通り)の角です」
911「4丁目とリバーストリートですか。このまま電話を切らないで……誰か怪我をした人を見ましたか」
目撃者「オーマイゴッド、彼らは多分みんな怪我をしてます」
911「おりたのですか、落ちたのですか」
目撃者「落ちて……死んじまった」

911「オーケイ、このまま切らないで、今すぐ、そこへ救急車と警官を送りますから」
目撃者「ハドソン川の上で、飛行機がヘリコプターにぶつかった。場所はリバーロードと4丁目の角のあたりです、だいたい」
911「リバーロードと4丁目ですね」
目撃者「飛行機がヘリコプターに当たったんです。ヘリコプターは水の中に落ちて行きました。飛行機はどうなったか、よくわかりません。どこにいるか、ここからは見えません……」

 

 事故の翌日、9日になって、ハドソン川の中からヘリコプターと小型機の残骸が引き揚げられ、9人の遺体も収容された。うち2人は機体の中に残っていた。

【関連頁】

 ワールドトレード・センターの生涯(2002.10.1)

(西川 渉、2009.8.15) 

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