<救急時間>
病院到着までの時間 先日、仙台市でドクターヘリについて話をする機会があった。その準備のために材料を調べていたところ、11月26日付けの産経新聞オンラインで「特報――救急搬送“命の一秒”縮めろ」と題する、次のような記事が見つかった。救急要請の電話を受けてから医療機関に到着するまでの時間が長すぎるという主旨である。
消防庁によると、平成17年119番通報を受けてから救急車が患者を医療機関に搬送するまでの所要時間は全国平均で31.1分。宮城県は平均を3.2分上回る34.3分で、最下位の東京都(43.2分)に次ぐ46位というお寒い状況が続いている。
8月に奈良県の妊婦が救急搬送時、病院探しが難航して死産した事件は記憶に新しい。11月11日には福島県で、車にはねられた女性が病院から計8回受け入れを拒否され、約1時間後に病院に運ばれたが、約6時間後に死亡する事件があった。治療の遅れと死亡の因果関係は不明だが、搬送の遅れは深刻な事態を起こしかねない。両県とも所要時間が下位に低迷している自治体で、時間短縮は社会的課題ではないのか。
自治体ごとの搬送時間の傾向について、消防庁救急企画室は「香川など面積の狭い自治体に比べ、宮城など広い県はどうしても遅くなる」と語る。また「現場到着後の受け入れ先病院の選定など、医療機関との連携に問題があるのかもしれない」と分析する。事実、仙台市消防局では、救急搬送の3割が医療機関から一度は受け入れ拒否にあうという。
さらに消防庁救急企画室は「都市部の病院ほど、受け入れを拒否する傾向がある。宮城は人口が多く、病院数も多い。『他の病院がやってくれるだろう』と思うのかもしれない」という。宮城県内のある消防本部からも「実際は受け入れ可能な場合もあるのでないか」との声が聞こえてきた。
宮城県医療整備課は「交通事情も一因ではないか。東北の中心地の仙台では渋滞がひどい」と指摘する。
総務省行政評価局が9月にまとめた調査では別の要因も浮上。医療機関と消防本部などをネットワーク化し迅速な救急搬送を可能にする「救急医療情報システム」が機能していない実態が表面化したのだ。来年に向かって、こうした救急搬送時間は、さらに延びる傾向にある。
東京ヘリポートに離島からの患者を搬送してきた東京消防ヘリコプター新聞記事はここまでだが、実際問題として救急患者はできるだけ早く治療を受けなければならない。本頁でも何度か書いたが、ドイツでは15分以内に治療を開始するというルールができている。患者が発症してから医師に出会うまでの時間である。そのため医師は患者のもとへ大急ぎで駆けつける。駆けつけるための手段は自転車でも救急車でもヘリコプターでも何でもかまわない。とにかく15分以内に患者のもとへ到着することである。
その結果、2005年の国際航空医療学会(AIRMED)で報告された実績は「15分以内84%、20分以内94%、25分以内97%」であった。同様にスイスもアルプス山岳国でありながら、国内全域にわたって昼夜を問わず、15分以内に医師が駆けつける体制を整えている。またロンドンは救急患者75%が8分以内に治療開始という目標で救急業務がおこなわれている。
それに対して日本は上の新聞記事に見るとおりだが、各県ごとの実態は消防庁の「救急・救助の現況」と題する報告書に掲載されている。その表は下の通りである。
[資料]「救急・救助の現況」、消防庁、2007年
北海道
29.7
石 川
24.0
岡 山
27.4
青 森
31.1
福 井
26.6
広 島
27.6
岩 手
33.8
山 梨
30.5
山 口
27.9
宮 城
34.3
長 野
30.9
徳 島
26.3
秋 田
30.3
岐 阜
27.9
香 川
24.2
山 形
29.4
静 岡
30.2
愛 媛
29.5
福 島
33.4
愛 知
28.1
高 知
30.3
茨 城
31.4
三 重
30.8
福 岡
25.9
栃 木
31.9
滋 賀
27.4
佐 賀
31.4
群 馬
28.3
京 都
25.0
長 崎
26.7
埼 玉
33.8
大 阪
24.7
熊 本
30.2
千 葉
33.7
兵 庫
26.8
大 分
27.7
東 京
43.2
奈 良
32.6
宮 崎
31.4
神奈川
30.9
和歌山
29.2
鹿児島
29.4
新 潟
33.3
鳥 取
29.6
沖 縄
27.8
富 山
25.6
島 根
31.9
平 均
31.1
しかし、この表だけでは見にくいので、表の順序を病院到着までの時間が早い順序で並べ替えると下表のようにになる。すなわち石川県が最も早く、次いで香川県である。逆に最も遅いのは東京都で、これは上の新聞記事にもそう書いてあった。
石 川
24.0
山 口
27.9
長 野
30.9
香 川
24.2
愛 知
28.1
青 森
31.1
大 阪
24.7
群 馬
28.3
茨 城
31.4
京 都
25.0
和歌山
29.2
佐 賀
31.4
富 山
25.6
山 形
29.4
宮 崎
31.4
福 岡
25.9
鹿児島
29.4
栃 木
31.9
徳 島
26.3
愛 媛
29.5
島 根
31.9
福 井
26.6
鳥 取
29.6
奈 良
32.6
長 崎
26.7
北海道
29.7
新 潟
33.3
兵 庫
26.8
静 岡
30.2
福 島
33.4
滋 賀
27.4
熊 本
30.2
千 葉
33.7
岡 山
27.4
秋 田
30.3
岩 手
33.8
広 島
27.6
高 知
30.3
埼 玉
33.8
大 分
27.7
山 梨
30.5
宮 城
34.3
沖 縄
27.8
三 重
30.8
東 京
43.2
岐 阜
27.9
神奈川
30.9
平 均
31.1
ところで、いつぞや毎日新聞が第3次救命救急センターへの到着時間をGIS(地理情報システム)のデータにもとづいて計算した結果を掲載したことがある。そこには東京都が17分で最も早いと書いてあった。最も遅いのは北海道で100分だという。しかし「救急・救助の現況」が示す実際は真ん中あたりで、所要時間も29.7分と3分の1である。
理論値と実績値がまるっきり異なるのは、前提条件が異なるからであろう。たとえば理論値は渋滞を考慮に入れていないといったことがあるのかもしれない。あるいは3次救急の重篤患者だけを対象としているのに対し、実績の方は救急車で運んだ事例の全て――軽症だろうと何であろうと――を含むためかもしれない。
とはいえ、北海道のように理論的には遅いが実際は早いというの救いがあるが、東京都のように理屈の上では早いといいながら、実際は遅いのは困ったものである。
いずれにせよドイツを初めとする先進事例からすれば、日本の実態はすべて「手遅れ」ということになる。
こうした事態を改善するためであろうか。東京都は今秋から「東京型ドクターヘリ」という体制を取ることにしたと伝えられる。これで実態はどこまで改善されるのだろうか。23区内の救急にもヘリコプターを使うようになるのだろうか。さもなければ、救急車だけで今の「手遅れ」状態を改善することは無理であろう。といって混雑した大都市に着陸するのは難しいというかもしれぬが、ロンドンでは過去17年間、無事故のうちに市内の至るところに救急ヘリコプターが着陸している。その出動回数も年間1,000回に及ぶほどである。
「東京型ドクターヘリ」を実効あらしめ、病院到着時間が最悪という現状を改善するためには、ロンドンなみの積極策を考えるべきではないだろうか。
トラファルガー広場に着陸したロンドンの救急機。
珍しい写真のようだが、月に2回くらいは降りているとか。【関連頁】
救急車搬送に地域格差(JSAS,2006.9.19)
(西川 渉、2007.12.19)
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