<小言航兵衛>

笑う中国人

 

 毒入りギョーザ事件がにわかに騒がしくなった。中国から輸入した冷凍ギョーザを食べた日本人1,000人以上が中毒症状を起こし、中には意識不明の重体におちいった人もあるという。

 原因は、どうやら農薬に含まれるメタミドフォスという猛毒の薬物らしい。これが何故ギョーザの中に混入したのか、残留農薬という疑いは消えたようだが、それなら加工段階でまぎれこんだか、輸送や貯蔵の途中で何か起ったか、最後は誰かが故意に注入したのかということになる。

 日本では初めから中国側のどこかで間違いがあったという論調が強く、役所も輸入会社も中国へ出かけていって調査に入った。事実はその通りかもしれぬが、頭から犯人扱いされた中国人が怒るのは当然であろう。

 そのため、日本人は神経質だ、体質が弱い、責任を押しつけるな、イヤなら買うな、自分の食べ物は自分で作れ、日本製品をボイコットしようといった声が出てきた。航兵衛もこれには賛成で、如何に安かろうと問題の多い中国製品を買う必要はあるまい。

 とりわけ食品類は昔から日本産の比率を高めるべきだといわれながら、逆に低くなっているのが現実だ。この際ちょうど良い機会だから、中国食品の不買運動を起こして輸入を取りやめ、日本の農業の振興をはかるべきであろう。場合によっては、中国製品は輸入禁止にするよう、ここに提案しておきたい。

 ところで先日、毒ギョーザ問題とは全く無関係に読んだのが『笑う中国人――毒入り中国ジョーク集』(相原茂、文春新書、2008年1月20日刊)である。偶然のことながら、本の表題からして今回の事件を予見したかのようだ。中国語の先生が中国のジョークについて解説した本で、最初に「反日ジョーク」なるものが紹介されている。

 たとえば、日本人が国連で演説をしている。けれどもモゴモゴ云うだけで何を言っているのかよく分からない。そこで議長が

 ……「英語で話していただけませんか」。日本人は「私は英語で話していますが」といって演説を続けた。すると議長がまた言った。「立って発言してください」。日本人は言った。「立ってますけど」(要約)

 あるいは

 ……4番目の医師が言った。「私は日本人に手術をするのが好きだね」。理由は「日本人は心がないし、背骨もない。それにお尻と頭を取り違えても支障はないし」(要約)

 もうひとつ、原文は七言絶句のような形なのだろうが、著者の言う「戯れ歌」が出てくる。そのひとつは「中国の四大理想」というもので、1行目が「国家はめでたくWTO入り」となっているのを、著者の意を汲んで、やや書き換えると

 国家はオリンピックに大成功
 アメリカは中国に異を唱えず
 日本はみじんに打ちくだかれ
 台湾はわが祖国にもどりくる

 読んでいてコンチクショウと思うような小話ばかりだが、航兵衛とてジョークを読んで小言をいうほど野暮ではない。けれども、何故こんな話を本の冒頭に持ってきたのか。そのうえ、こういうものを紹介しながら、その前後につけ加えてある著者の解説が気になるのである。

 おそらく著者は熱烈な中国びいきなのであろう。というのは「日本は、中国という師にたてついて悪行をかさねた」といった文字が散見されるからである。

 さらに「小日本」とか「鬼子」とか、日本人に対する蔑称を紹介しながら、日本人が「シナ人」とか「チャンコロ」というほどのものではないと中国を弁護する。そのうえで「そう目くじら立てるほどのことではない」と断言しているが、勝手なものである。中国はいうまでもなく中華思想の強い国で、自らを「中国」などと呼ばせる一方、周辺の国については東夷、南蛮、西戎、北狄などと、けだものにたとえて野蛮人呼ばわりするくらいだから、あとは推して知るべしだ。

 航兵衛の思うところでは「シナ」という言葉にしても秦の始皇帝に始まるもので、現に今でも英語で China(チャイナ)とか、ドイツ語で China(ヒーナ)とか、フランス語で Chine(シーヌ)というのと何ら変りはないはず。決して蔑称ではないが、「小日本」から欧米人と同じように呼ばれるのが気に入らぬのであろう。

 そういえば、北朝鮮の呼び名にしても、つい先頃まで、いちいち朝鮮民主主義人民共和国などと長ったらしく、お経のようにとなえていた。北朝鮮などと云おうものなら、それこそ「目くじら立てて」怒られたものだが、近年それがなくなった。シナに関してはまだ戦後60余年の悪夢が覚めないらしい。

 こうして著者は、中国の肩をもちながら、日本人には怒るなと言い、最後は日本も悪行をかさねたのだから「ジョークでこのぐらいお返しされても仕方がないのではないか」とか、日本も「ユーモアのセンスでつつんだジョークでお返しするのが筋だろう。この点、中国の方が一枚上だ」とのたまう。

 いかにも大人ぶった言い方だが、それならば先生にも是非、中国へお返しするための「ユーモアでつつんだジョーク」を作っていただきたい。さしずめ毒ギョーザを題材にすればどうだろうか。


「食べていいか悪いか、よく研究しなくっちゃ」

 本書には実は、その模範的な戯れ歌も紹介されている。

吃動物怖激素
吃植物怖毒素
喝飲料怖色素

 動物(肉類)食べたら激素(ホルモン)が怖い、植物(野菜)食べたら毒素(農薬)が怖い、飲み物飲んだら色素(着色料)が怖いといった意味で、4行目は何を食べればいいのか分からないというオチがつくのだが、簡体字があるので航兵衛のパソコンでは表記することができない。かくの如く中国のジョークは、本来なかなか面白く、そういう話が本書には沢山でてくる。

 最後にもう一度、毒ギョーザ問題に戻ると、毒の混入は本当に中国内で起ったのだろうね。これが日本側の問題だとなると、後のシッペ返しがどうなるか、航兵衛もいささか心配なのである。


帯には「読んでから北京へ行こう」の惹句

(小言航兵衛、2008.2.3)

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