航空の自由化を体験

スカイマーク・エアラインズに乗る

 

 父の墓所が福岡にある。先日そこで法事を営むことになり、ちょうど良い機会なので、むろん経済的にも安いに越したことはなく、就航間もないスカイマーク・エアラインズで飛ぶことにした。

 電話をすると、就航前だったためか直ぐにつながり、希望の日時の予約ができた。支払い方法はクレジット・カードの番号を告げ、そのカードを空港で提示するだけ。カードを持たぬ人はどうするのかと訊くと、ハガキを送るからそれをもって近所のコンビニエンス・ストアで払いこんで貰えばいいという。三つめに親会社のエイチ・アイ・エス旅行代理店で払いこむ方法もあるようだが、基本的にはいずれもチケットレスで、その分だけ経費の節約になるのであろう。

 この航空会社が運航を開始したのは9月19日。空港での搭乗手続きが手間取って初便は1時間遅れ、3往復後の最終便は羽田到着が2時間遅れという意地の悪い報道があった。原因は受付けの不慣れとノート・パソコンのせいなどと書かれたが、開業初日だから不慣れであることは止むを得ない。カウンターは全日空の一角を時間借りしていて、恒久的なシステムが設置できない。その都度ノート・パソコンを持ち込んでつないだり外したりしているらしく、何だか気の毒でもある。

 それから10日余り、私も内心どうなるかと思いながら羽田空港に出かけて行ったが、搭乗手続きはなかなかスムーズだった。搭乗券はスーパーストアのレシートのような薄い紙切れが1枚。真ん中にミシン目が入っていて、その上下に日時、便名、座席番号などが書いてあり、ゲートで半分が千切られる。

 指示された搭乗ゲートは39番。2階の出発ロビーから階段を下りて、1階の最先端からバスに乗り駐車場や貨物ターミナルの横を通って、はるかに離れたスポットへ行かなければならない。安くて新参の航空会社だから、このくらいのことは仕方がないのかもしれない。

 機体は、鮮やかなウルトラ・マリーン(群青色)の尾翼に五つ星を描いたボーイング767。このロゴマークは五つの星が細い輪によって結ばれ、全体としてのまとまりを見せている。五つ星は白鳥座をあらわし、今は生まれたばかりのアヒルの子だが、いずれは大きく美しい白鳥になってみせるぞという意気ごみを示すとか。それに五つ星はレストランやホテルの最高級を示すシンボルマークでもある。

 767の機内は左右8列の309席。大手エアラインの767は左右7列というから、隣席の人と肘がぶつかって窮屈ではあるが、1時間半の旅でもあり、贅沢はいえない。しかし贅沢をしたい人のためには、実は「シグナス」(白鳥座)席が設けてある。私は機内に入るまで知らなかったが、キャビン最前方の12席がそれで、普通のビジネスクラスと同じ座席である。

 訊いてみると、料金は21,800円。大手エアラインの普通席27,400円よりも2割ほど安く、かつスーパーシートの31,600円にくらべると3割以上の割引に相当し、1万円近く安い。もっとも後方の普通席にくらべると、6割高の8,100円増になる。

 おそらく、この座席の最良の利用法は、忙しいビジネスマンが急に出張しなければならなくなったとき、通常座席が満席でも、シグナス席ならば空いているかもしれない。それでいて大手航空の普通席より安く、ゆったりすわって飛べるという利点がある。

 私の乗った福岡行きスカイマーク便は定刻に離陸、15分ほどたって機長のアナウンスがあった。「あと2分で巡航高度39,000フィートに達します」。完全な日本語で、パイロットは外人ばかりかと思っていた私はちょっと驚いた。「福岡地方の天候は、ただいま台風9号が東シナ海を通過中で雲が厚く、風が強くなっております。着陸の際は相当揺れるのではないかと思われます」

 これで乗客はおとなしくなり、覚悟を決めたところに飲み物が出てきた。ジュースかウーロン茶の選択で、半額ではなんにも出ないのかと思っていたから得をしたような気になる。通路の向こうの気のよさそうな小父さんも「へー、麦茶くれるの?」と嬉しそうな声を上げた。

 頭上のブラウン管には、飛行速度、高度、外気温度が表示され、地図の上に飛行機のマークが赤い線を引いて飛んできた経路を示す。国際線ではよく見る表示だが、国内線では珍しいのではないか。

 この速度表示を見ながら、向こうの小父さんが隣席の連れに声をかけている。「エムピーエッチて何よ――毎分の意味かね」「いや、マイルのことじゃないですか」「ゼロ戦はマッハまでいったのかね」「いったでしょうね」。正確な説明をして差し上げようかと思ったが、知ったかぶりをして出しゃばるのもどうかと思って遠慮した。こちらだって救急医学用語やパソコン用語など、何にもわからずにしゃべったり書いたりしているのだから、人のことを嗤うわけにはいかない。

 飛行機は順調に飛びつづけて、到着20分ほど前になって機が降下をはじめた頃、再び機長のアナウンス。「福岡付近の風は比較的安定しております。ときどき夕立のようなシャワーレインとのことです」。わずかに雲の中でガタついたが、高度5,000フィートあたりで雲を抜けると、左手に玄界灘の海岸線が見え、あとは安定した状態で空港へ向かった。

 スチュワーデスのアナウンス。「当機は最終着陸態勢に入りました。私どもも全員席についております。皆さまめいめいで座席ベルトをお確かめください」

 これまでの旅客機では余り聞かない注意だが、ちょっと新鮮味がある。子どもじゃあるまいし、座席ベルトくらい自分で責任をもつのは当たり前だなどと感心していたら、不意にタバコの匂いが鼻をついた。振り返ると、先ほどの小父さんが煙の出ているタバコを指の間にはさんでいる。そして大急ぎで3口ほど吸ったと思ったら、すぐに肘掛けの灰皿にねじこんだ。

 この飛行機は全席禁煙である。乗りこんだ直後に「えー!、ずっと禁煙? 弱ったなア」とつぶやいていたが、1時間余りのフライトでとうとう我慢できなくなったのか。それとも地面が見えて安心して、それで一服したくなったのかもしれない。スチュワーデスの着席直後というタイミングも良かった。注意する暇もなく消してしまったが、タバコの匂いだけは遠慮なく機内一杯に広がった。その匂いが消えぬうちに、飛行機は早くも福岡空港に滑りこんだ。定刻通りの到着である。

 さて、このような低運賃や規制緩和については、かねてからさまざまな論議があった。その議論がスカイマークの就航によって日本でもようやく終わろうとしているところだが、米国では1978年末に航空事業の自由化に関する法律が実現した。

 以来ちょうど20年が経過して、規制の撤廃はどんな効果を上げたか。米運輸省は今年4月、次のような実績を公表している。

@

運賃は、1978年当時にくらべて平均29%低下した

A

1マイル当たりの運賃は1978年の12.27セントから97年の7.92セントまで35%低下した

B

航空会社すべてを合わせた定期便は20年間に500万便余りから820万便まで63%増加した

C

1995年の地方空港の発着便数は78年当時にくらべて1.5倍以上となった

D

乗客数は規制当時の2.5億人が約6億人へ2.4倍増となった

E

1994年の事故率は78年当時にくらべて減少した

 航空の自由化に応じて、米国ではいろんな人がいろんなことをやってみた。その中には成功もあれば失敗もあったが、ともかくも上のような結果になったのである。

 この現実を見て、米運輸省は航空界の競争を損なうような動き、特に中小の航空会社を圧迫し、市場から追い出すような大手航空会社の不公正かつ独占的な行為を排除するという基本方針を打ち出している。

(西川渉、『日本航空新聞』98年10月15日付け掲載)

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