航空「起業」をうながす発着枠の拡大

 

 

 堺屋太一氏が昨年7月、景気庁ともいうべき経済企画庁の長官に就任したとき、日本経済の先行きを訊かれて「最近は起業マインドが薄れてきたので、将来に向かって構造的な危険を招く恐れがある」と答えた。その後、「起業」問題は現内閣の重要施策になったと見えて、11月に出た政府の「緊急経済対策の三原則」にも「起業の推進」がうたわれている。

 今の不況を打開し、萎縮した経済を立て直すには、新しいベンチャー・ビジネスが増えなければならないというのであろう。人びとが寄らば大樹の陰ばかりを求め、大企業や官庁の中でレッドテープをひねくり回しているだけでは、社会の活力がなくなり、経済が衰微してゆくのは当然のことである。

 ベンチャー企業を増やすには、環境をととのる必要がある。たとえば株式会社の設立に当たっては、商法に「資本ノ額ハ千万円ヲ下ルコトヲ得ズ」と定められている。この規定ができたのは、さほど昔のことではないと思うが、零細企業者による会社の乱立を防ぐことが目的の一つだった。つまり起業推進を重要政策の柱としながら、一方ではそれを阻むような法律が厳然として存在するのである。

 また起業のための資金を集めようとしても、金融機関が新しいビジネスにはなかなか融資をしたがらない。いわゆる「貸ししぶり」があっては、企業も起ち上がることはできない。

 規制緩和も重要な対応策のひとつであろう。このことは、ここ1〜2年来の航空界が如実に証明してみせた。航空路線への参入規制をゆるめることになった途端、まだ航空法の改正もしないうちからいくつもの会社が起ち上がり、スカイマークとエアドゥーが就航した。つまり、起業マインドは今の日本に失われたわけではない。環境さえととのうならば、いくらでも発揮されるのである。

 

次々と設立される航空会社 

 特に航空事業は、多くの起業家に魅力があるらしい。事業としては難しく、資金ばかりを要してなかなか利益の上がるものとは思えぬが、参入の希望は多い。日本では具体例が見られないので、アメリカの事例を見ると、この数年の間にも多数の航空会社が設立されている。

 これも20年前の規制緩和に負うものだろう。その法律が1978年に成立した直後、アメリカではいっせいに航空会社の設立がはじまった。コミューター航空会社だけでも1981年には246社に達した。しかし、その後は毎年減りつづけ、1997年には104社になった。ほぼ5分の2である。規制緩和によって会社をつくったのはいいが、うまくゆかなくて減ったのだろうと考えるかもしれない。

 しかし実際は倒産して消えて行ったわけではなく、相互の合併や吸収によって会社の数が減ったのである。中には大きく成長したために大手航空会社に高く売れた例もある。起業家としては成功といってよいであろう。

 しかも航空会社の数は一本調子で減っているわけではない。規制緩和の掛け声にのせられたけれども、航空会社なんぞはもう懲りごりというのではなく、今も次々と新会社が生まれているのである。

 たとえば昨年3月18日付けの『ニューヨーク・タイムス』紙によると、1989年から97年までの9年間に米運輸省の承認を受けた航空会社は41社――毎年平均4.5社の起業があった。ただし、その一部は合併や吸収によって消えたところがあり、まだ運航を開始していないところもある。

 日本でも今後、本格的な規制緩和に伴ってさらに多くの会社が起ち上がってくるにちがいない。そうした起業がうまくゆくには、もうひとつ羽田、伊丹などの大都市空港の発着枠が拡大されなければならない。その物理的な規制をやわらげ、新規参入会社の乗り入れ便数を如何にして増やすか、起業推進のためには、そのあたりが今後に残された大きな課題となるであろう。

(西川渉、『日本航空新聞』99年2月11日付掲載) 

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