ボーイング音速旅客機構想

 

 

 

 去る3月29日ボーイング社が突如、新しい旅客機の開発構想を発表した。同機は上の図に見るような形状をもち、音速に近い高速の巡航飛行ができる旅客機で、「音速巡航機」(ソニック・クルーザー)と呼ばれる。すなわち巡航速度はマッハ0.95かそれよりも速く、高度13,000m以上を飛んで、航続性能は16,668km。これで同機は地球上のどこからどこへでもノンストップで直行することができる。

 この革新的、劇的な旅客機はまだ開発作業がはじまったばかりだが、今の亜音速旅客機にくらべて、どの機種よりも速く、高く、遠くへ飛ぶことが可能。そのうえ離着陸時の騒音が静か、という。ボーイング社がこのような高速機の開発構想を打ち出したのは、顧客とのあいだの徹底的な対話の結果であった。顧客のだれもが希望し、期待していた航空機がいよいよ実現するのである。

 この飛行機によって、半世紀前にプロペラ機がジェット旅客機に変わるという大変革が起こったように、今また亜音速機が遷音速機に変わり、民間航空界には再び大きな変化が起こるであろう。

 顧客の希望は、より速く、より静かな航空機にある。新しい飛行機はマッハ0.95かそれ以上の高速飛行能力を持ち、地球上どこへでもハブ空港を経由することなく、ノンストップで飛ぶことができる。また飛行高度が高いので気流の影響が少なく、乗客にとっては快適である。

 ボーイング社としては今後、新しい高速機の開発を最重点施策として扱うことにしている。

 ボーイング社はかねてから、エアバス社の開発するような超巨人機は不要と主張してきた。世界の旅客需要の将来については、ボーイング社もエアバス社も同じような伸びを予想している。しかし、それに対応するのに、エアバス社は550席を超える大型旅客機が必要であるとしてA380の開発に着手、すでに60機以上の注文を集めた。ニューヨーク、ロンドン、バンコク、香港などの混雑したハブ空港では、これ以上の増便は望めない。したがって大型機に向かわざるを得ない。そのためA380クラスの超巨人機は向こう20年間に1,550機の需要があると見ている。金額にして3,450億ドル(約37兆円)相当である。

 一方ボーイング社は、そのような大型機はせいぜい350機程度の需要しかないと見て、これまでは必要があれば747Xで対応するとしてきた。将来に向かっては、混雑するハブ空港は誰もが避けるようになり、地球上の一地点から一地点へ乗り換えなしで飛べるような長距離機が望まれる。乗客数も250〜400人乗りくらいで充分としてきた。その論拠に立って、密かに練り上げてきた長航続の音速機構想を打ち出したのである。

 もっとも、英『エコノミスト』誌は、欧州エアバス対米ボーイング社の競争関係から、発表翌日の誌面で、これはまだ「紙飛行機」に過ぎないと皮肉っている。A380に対抗して747Xの売りこみに失敗したボーイング社が苦肉の策として「音速巡航機」なる幻の航空機を持ち出したのにすぎないと。

 ボーイング社の構想では、飛行速度が音速の95%で今の亜音速旅客機にくらべて15%ほど速い。キャビンは乗客250人乗り。コンコルドのようの超音速ではないからソニックブームは発生しない。また離着陸時の騒音も静かだから、利用可能な空港の制限はつけられない。

 なるほど外観も未来的なデルタ翼でご立派だが、これはまだ紙の飛行機ではないか。おまけに、実際に構想通りの条件を実現するには膨大な技術的努力が必要であり、仮に実現したとしても米大陸横断の時間は1時間しか短縮されない。にもかかわらず、同じ乗客数の旅客機にくらべて燃費は2割も増加する。

 したがってコストは割高になる。最近の航空旅客の傾向は、低運賃に向かっているのであって、わざわざ割り増し料金を払って高速機を選ぶような人は少ないであろう、と。

 このような『エコノミスト』誌の皮肉に対し、ボーイング社の答えは事実をもって示さなければなるまい。つまり静かな長距離高速機を実現させることだが、それはいつになるだろうか。 

(西川渉、2001.4.2)

 (「本頁篇」へ)(表紙へ戻る