航空の現代電脳篇 → ホームページ作法(8)

ストレスのない迅速ホームページ

 

 昼間、会社にいてインターネットで何か調べようとすると、レスポンスの遅いこと驚くばかりである。普通の電話線につないでいるだけだからでもあるが、こちらのパソコンが故障で停まってしまったか、電話の接続が切れてしまったかと思うほどで、全く仕事にならない。そのうちにいらいらがつのり、待ちきれなくなって、接続を切ってしまう。 

 おそらく、そんな時間にはインターネットにつないでいる人が多く、電話線が混んでいるのであろう。いつまでも待っていると、電話代とプロバイダー料金が無駄になるから、うちに帰って夜中に調べ直そうということになる。

 最近はISDNによって、レスポンスもやや速くなった。私も自宅ではそれを使っているが、半年前に買ったパソコンは56kbpsの速いモデムを内蔵しているせいか、普通の電話線でもISDNにつないだ旧型機より速いほどである。

 それでも最近は不満で、ケーブル・テレビの回線を使えばもっと速くなるかもしれないなどと空想を走らせている。

 

 インターネットの反応を遅くする要素は、このようなハード面ばかりではない。もうひとつの要素はウェブサイトの構造である。つまり、複雑な仕掛けがしてあったり、絵や写真が多いとなかなかCRTの画面にあらわれない。

 このソフト面の問題について、再びニールセン先生にご登場を願おう。先生は「今から3〜4年前、インターネット上で絵や写真が見られるようになった当時、ホームページの制作者たちはデザインを競い合って、良いデザインであれば、それが画面にあらわれるのを読者は喜んで待つものだという考えをもっていた。しかし今や、そういう考えは独りよがりの思い上がりに過ぎない」と断じている。

 全くその通りで、独りよがりのホームページはまことに多い。ただし、このことはインターネット・ビジネスにも関連していて、広告媒体になっているサイトが多いため、ニールセン氏は「頁の頭には絵や写真を置くな」というけれども、最近の傾向は逆である。

 検索エンジンも、多くは広告が出現し終わるまで肝心の情報部分があらわれない。またJAVAの仕掛けも多くなって、それを読みこむためにしばらく画面の動きが停まる。パスしようとして「戻る」ボタンをクリックしても反応がない。ひたすらJAVAの読みこみを待たねばならないのである。

 もうひとつは、サイトづくりを商売にするデザイン工房やソフト・ハウスが増えてきたことにもよるのではないか。大企業のホームページの制作を依頼されて、冒頭に黄色い標識を置き、背景は白で、文章の区切り目に赤い玉があるだけ、などという単純なものでは、依頼した方が「何だ、たったこれだけ?」ということになってしまう。

 どうしても豪華な色づかいのイラストと写真を豊富に使い、画面をフレームで区切って、あちこちにリンクを張り、社長の写真入りの挨拶から製品紹介はもとより、わが社の将来構想まで、JAVAの動きを入れて華々しくぶち上げるホームページをつくらなければ、商品として買ってもらえないのである。

 利用者の立場からすれば、無闇にごてごてしてて見にくく、肝心のことがどこに書いてあるのか、よく分からない。そうした会社の社長さんたちが自分でマウスを握るのかどうか知らないけれど、特定商品の案内がどこに紹介されているのか探してみれば、すぐにおかしいことに気付くに違いない。こういうサイトには、読者は二度と近づかないであろう。

 こうした反応待ちの時間と人間心理の関係について、ニールセン先生は「反応時間――3つの重要限界」というエッセイの中で、0.1秒、1秒、10秒の3段階をあげ、次のような調査結果を書いている。 

反応時間

利用者の受ける感覚

0.1秒

利用者は即座に反応したものと感じ、心理的、感情的にも何の違和感もない。

1秒

利用者の思考の流れが妨げられない限界。ただし反応時間が1秒に近くなると、データを直接操作している感覚はなくなる。

10秒

利用者の集中力を保ち、CRT画面への注意力を維持する時間の限界。

10秒以上

利用者に心理的、感情的なストレスがかかり、待ち時間にほかのことをしたくなる。

 上の表は、実は私がニールセン氏の平文を表につくり直したもので、原文にあったものではない。とにかく、利用者がインターネット上で情報を探して移動する場合、ある頁から次の頁へ移るのに1秒以上かかると、それはもう嫌われる。上表では10秒で黄信号がつき、それを超えると赤信号になっている。

 人間心理から見て、反応時間はコンマ以下の秒数でなければならない。逆にコンマ以下の短時間で画面が変わってゆけば、情報検索の効率は一挙に増加する。このように、サイトのレスポンスを速めるには、何よりもまず「スピードこそが基本条件であることを念頭に置いて、ホームページの設計作業をすることである。そのためには頁の大きさをなるべく小さくし、グラフィックスも最小限に抑え、マルチメディア効果などは利用者の情報理解のためにどうしても必要な場合にのみとどめなければならない」と言うのが、ニールセン先生の『スピードが大事』というエッセイの趣旨である。複雑なフレーム構造やJAVAもやめて貰いたい。

 ニールセン氏は「複雑な表も良くない」という。読者が一目で理解できるような単純な表にして、どうしても複雑にならざるを得ないときは、その表を二つに分けて一つずつ単純な構造の表にすべきである、と。

 絵や写真をなくす問題についても、氏は「私は元来グラフィック・デザイナーではない。したがって私のウェブサイトは飾りっ気がなくて、やぼったく見えるかもしれない。しかし、それでいいのだ。大企業の豪華な飾りつけをしたサイトのような金は使いたくないし、個人的な作業だからアーティストを雇う金もない」と書いている。

 これはもう私の言いたいことが、そのまま書いてあるようなものだ。かつて本頁を見て「デザインはいまいちだが……」という評価を下されたことがある。無論その通りだが、それ以来デザインについてはこだわらぬことにした。それまでは、本頁の日付けの古いところを見ていただければお分かりの通り、写真や背景や罫線やボタンなど、いろいろと変わったことをやってみたものだが、センスの問題と時間の問題もあってデザインに気をつかうのは無駄と悟った。最近はほとんど写真や背景画は使わないことにしている。

 とにかく、すぐれたウェブサイトは、重くてのろのろした反応時間によって利用者をいらいらさせず、まともな思考力を奪わないようなものでなければならない。その必要条件の上に立って、次は十分条件としての内容が問われることになるのではあるまいか。読者の読みやすさを念頭に、必要にして十分なホームページの作成を心がけたいと思う。

(西川渉、98.9.21)

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