超音速ビジネス機の可能性

 

 9月11日の多発テロはビジネス航空にも大きな影響を与えた。一つは世界中を恐怖と不況におとしいれ、ビジネス活動を減退させ、ビジネス航空の不調を招いた。実際、ビジネス機の売れ行きは景気の動向に左右され、企業の利益が上がらなければ売れないというのが昔からの原則である。

 しかし、もう一つ別の影響があって、エアラインがテロの道具に使われる不安と、それに伴う保安検査の強化である。これにより空港の混雑や発着の遅延がひどくなり、トップ・ビジネスマンの多くはますますエアラインの利用を避けるようになってきた。

 事実アメリカのエアラインは乗客が減り、9.11テロ以来国内線だけで80億ドルの損失を出したという。ではエアラインを使わなくなった人はどうしているのか。最も多いのは出張の取りやめであろう。その代わりに不十分ながら電話や手紙で用件をすませるのである。次が車への乗り換えで、近距離の出張は飛行機をやめて車を使う人が増えた。

 最後がビジネス機の利用である。したがってテロの影響はビジネス航空界に一つのチャンスをもたらしたという見方もある。ただし、そのチャンスがものになるには景気の回復も重要な要件である。たしかに経済予測の専門企業、米ティール・グループもテロの影響で一般的な経済不況が長引き、企業の収益が減るところから、ビジネス機の需要も低迷が続くと見る。

 だが一方では、ビジネス機を選好する人も出てくるはずで、ティールは相反する要因を勘案しながら、2001年のビジネス機生産高728機、109.1億ドル相当という実績が今後は低下し、2007年になってようやく738機と上向きはじめる。そして向こう10年間の総生産数は6,896機、944億ドル相当になると見る。つまり10年間のビジネス機生産数は毎年650機から700機余の間を上下するというわけである。

 またメーカー別の売上げシェアは、ボンバーディアとガルフストリームの2社がほぼ25%ずつを占める。続いてダッソー社が約19%、セスナ社が17%、レイセオン社が11%、その他2%という予測である。

SSBJは実現するか

 ビジネス機の将来に関して、もうひとつの視点は超音速ビジネス機(SSBJ)の可能性である。その実現は技術的にも市場の要請から見ても可能性が高いというのが大方の見方であろう。

 超音速の民間機は、唯一のコンコルドが就航から25年余り、一昨年夏の事故にも見られるように寄る年波は隠せない。昨年秋から運航を再開したものの、引退の時期もそう遠くはないと見られるに至った。そうなると民間超音速機がなくなるわけで、ボーイングが計画中の音速旅客機ソニック・クルーザーと同様、SSBJのチャンスも生まれてくる。

 そのチャンスを狙うのが米ガルフストリーム社で、かねてから超音速ビジネス機の研究をつづけてきた。去る12月のNBAAショーで明らかにされた構想は、細長い胴体に矢羽根のような主翼とT形尾翼を持ち、エンジンは胴体に取りつける。総重量は56,700kg。乗客8人をのせて1,800mという短い滑走路で離陸、7,200km以上の区間を音速の2倍近いマッハ1.6〜2.0で飛ぶことができるというもの。価格は7〜8千万ドルと、大型ビジネスジェット、ガルフストリームVの約2倍だが、移動時間の短縮による経済効率から見て、このくらいの価格は市場に受け入れられるだろうと見ている。

 こうしたSSBJの技術的な課題はソニックブームの解消と可変サイクル・エンジンの開発である。

 ソニックブームの解消とは、SSBJが世界中どこへでも、昼夜を問わず自由な超音速飛行ができるためには、地上に衝撃音をとどろかすようなソニックブームをなくさなくてはならない。言い換えれば、ソニックブームのために飛行地域が制限されるならば、その価値は亜音速機と余り変わらなくなる。

 そこでアメリカ国防省の防衛高等研究計画局(DARPA)では、軍用機と民間機の両方の利用をめざして「静かな超音速プラットフォーム」(QSP)と呼ぶ研究を進めている。これは通常の超音速戦闘機が瞬間的、短時間の超音速飛行しかできないのに対し、長時間の超音速を維持しつつソニックブームを出さないという航空機になる。つまりステルス性をそなえた長距離偵察機や攻撃機に応用するのが目的である。

 研究に参加しているノースロップ社とロッキード・マーチン社は機体の形状を変えることでソニックブームを解消できるとしている。その考え方は衝撃波をなくすというよりも、衝撃波の鋭くとがった山形の波形を丸いなめらかな形に変えるというもの。そのためには機首と尾部の形状を改め、急激な圧力上昇をなくせばよい。というのでDARPAはノースロップ・グラマン社にF-5Eの機首を延ばすなどの改造費を認めた。これにより2002年8月には、改造型のF-5Eでマッハ1.5の飛行試験がおこなわれることになっている。

 同様にロッキード・マーチン社社も総重量44,500kg、胴体長39m、巡航マッハ1.5のQSPを想定して研究開発を進めている。

 また離着陸時の騒音軽減に関しては、GE社がQSPのための可変サイクル・エンジンを研究中。これは高出力のターボジェットと経済的なターボファンの二つの特性を兼ね備えたエンジンで、巡航効率が2割ほど良くなり、ノズルの改良によって重量が3割ほど少なくなるという。

 こうした超音速機が実現し、その技術が民間ビジネス機にも応用されるならば、ガルフストリーム社は200〜300機のSSBJ需要が期待できるという。またフラクショナル・オーナーシップ事業を進めるネットジェット社は、SSBJが実現すれば50機を発注する意向を表明している。

 かくて超音速ビジネス機の実現は時間の問題となってきた。いずれはトップ・ビジネスマンが超音速で世界中を飛び回るようになるであろう。

(西川渉、『日本航空新聞』2002年2月7日付掲載)

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