<NBAA2004>

超音速ビジネスジェットの可能性

 

 

 去る10月なかば、ラスベガスで開かれたビジネス航空ショーで、超音速ビジネスジェット(SSBJ:Supersonic Business Jet)に関する2つの構想が発表された。いずれもアメリカの企業による計画で、しかも両企業ともに既存の航空機メーカーではないところが特徴的だが、超音速を実現するための基本的な技術は大きく異なる。

 それにしても、SSBJのように高い技術と費用のかかる航空機が果たして現実のものになるのかどうか。その可能性を探ってゆきたい。

エリオン社の基本構想

 SSBJの開発構想を発表したのは、リノのエリオン社とロサンゼルスのスーパーソニック・エアロスペース・インターナショナル社(SAI)である。

 エリオン社の基本概念は超音速層流理論にもとづく。4〜5年前、国防省の高等研究計画局(DARPA)との間でおこなった共同研究の成果を採り入れ、主翼は超音速および遷音速時の有害抵抗が少なく、巡航効率と航続性能にすぐれるという。

 エンジンは既存のプラット・アンド・ホイットニーJT8D-219ターボファンが2基。ボーイングMD-80など現用旅客機の3分の1に使われているものをわずかに改修するだけで、超音速飛行が可能となる。バイパス比は2以下。エンジンとナセルが一体となって、騒音はごく小さい。

 出力は、離陸時が推力8,160kg。空港の騒音規制に適合するよう低く抑えておき、上昇中と超音速巡航への加速時に推力10トンまで上げる。またマッハ1.6で飛んでいるときも、エンジンに吸い込まれる空気流はマッハ0.6程度の亜音速のままで、騒音が小さい理由のひとつとなる。

 エンジンのもう一つの特徴は燃料効率。巡航マッハ1.6でも、音速よりわずかに低い遷音速でも、ほとんど変わらない。したがって陸地上空の飛行で巡航速度を下げても燃料効率は悪化せず、航続距離も減少しない。

 けれどもエンジンの寿命は、超音速への加速を繰り返すことによって、やや短くなる。超音速飛行の割合によって異なるが、エリオン社ではおそらくエンジンのオーバホール間隔は2,000〜3,000時間程度になると見ている。

 このような普通のエンジンで、エリオン機は総重量40トンの機体ながら、マッハ1.6で飛ぶことができる。最大巡航高度は15,500m。

 ただし陸地上空は、ソニックブームの影響を避けるために速度を下げ、マッハ0.95〜1.1くらいの遷音速で飛ぶ。マッハ1.1以下ならばソニックブームが生じないためである。それでも航続距離は変わらず、7,400kmに達する。


エリオン社の構想する超音速ビジネス機

実用化目標は2011年

 エリオン機の胴体は普通のアルミ合金で、これに複合材の翼を取りつける。マッハ1.6までの速度なので、特別の耐熱材を使う必要はない。胴体側面には張り出し部分があり、ここに主脚や燃料タンクなどを収納する。ほかに主翼や中央胴体、後方胴体にも燃料タンクがある。

 主翼は後退角が少なく、きわめて薄い。前縁は鋭く滑らかで、この部分には耐熱材として固いチタン合金が使われているが、それ以外はカーボンファイバーである。後縁にはスパン全体にわたってフラップがつくので、着陸時の飛行速度は230km/hまで落とすことができる。釣合い滑走路長は1.830mである。

 氷結防止のためには、電熱とブリードエアの組合せを考えている。操縦系統には通常の油圧機構が使われる。

 こうしたSSBJの基本設計を、エリオン社は7月に終わった。これから第2段階に入り、来年後半には風洞試験をおこなう。また構造強度試験のための部品を試作するが、その一つが薄いカーボンファイバーによる多重スパー翼で、フラッター試験にかけて確認し、1年半たった頃から詳細設計に入る。

 エリオン社は、今後1年半の間に航空機メーカーや装備品メーカーと話し合い、リスク負担の協力を取りつけることにしている。最終的には2機の地上試験機と3機の飛行試験機を使って、5年後に型式証明を取る予定。

 開発費は12〜14億ドル。1機当りの価格は8,000万ドル。実用化の目標は2011年である。

QSSTの基本構想

 一方、SAIが考えるSSBJは騒音の静かさを強調してQSST(Quiet Small Supersonic Transport)と名づけられた。ソニックブームの発生が少なく、陸地上空でも超音速で飛べるというもの。ソニックブームの強さは、エリオン機がマッハ1.6で飛んだときコンコルドの半分くらいであるのに対し、QSSTのそれはさらにエリオン機の3分の1程度にまで下がる。これはコンコルドの100分の1に近い。

 速度性能はマッハ1.6〜1.8。ただし今のところ、陸地上空の超音速飛行は、ソニックブームの強弱に関係なく禁止されている。そのためSAIは当面マッハ0.99くらいの遷音速で飛びながら、将来に向かって例えばカナダ北方、オーストラリア、シベリア上空など人の住んでいない地域に超音速航空路を設定し、超音速飛行の許可を求めてゆくことにしている。

 逆に、このような陸地上空の超音速が実現できなければ、民間機としてのSSBJの成功はありえないというのがSAIの考え方である。米政府による本土上空の超音速禁止は、連邦航空規則FAR 91.817による。ただし飛行試験の目的で、FAA長官の許可を得た場合は認められる。

 余談ながら、この条項はかつてアメリカ製のSSTが開発に失敗したため、ヨーロッパ製のコンコルドだけが米国内を飛び回るのを阻止するための方便ではなかったかというのが筆者の邪推である。それならば米国製の超音速機が実現すれば、すぐに規則の改正が実現する可能性もある。

 QSSTの総重量は70トンに近い。そのためエンジンを新しく開発する必要があり、GE,ロールスロイス、プラット・アンド・ホイットニーといったエンジン・メーカーが現用エンジンのコアを使いながら、実際は大きく改造して、アフターバーナなしで推力15トン前後のエンジンを実現させようとしている。それだけに開発費もエリオン機の2倍程度になる。

 QSSTの設計はロッキード・マーチン社のスカンク工場が担当した。この設計は上述のように、超音速飛行中のソニックブームをコンコルドの100分の1にまで減らすことをめざしている。そのためSAIはロッキード・マーチン社に2,500万ドル(約27億円)を支払ったといわれる。この設計料はきわめて高額だが、今後の高速および低速の風洞試験も含んでいる。

 そのうえ、QSSTの開発には、今後なお2年間で5,000万ドルが必要と見られる。そのため、SAIは新たなリスク負担のパートナーを探している。

 機体形状は、逆V字形の尾翼が主翼に固定されると同時にエンジンをも支え、強い後退角を持った主翼に堅牢さを加えている。主翼には前縁にも後縁にも高揚力装置がつく。それでも離陸距離は2,400mで、エリオン機の1,830mより長い。操縦系統はフライ・バイ・ワイヤ。座席数は8〜12人乗りである。

 完成までの必要資金はおよそ30億ドル(約3,300億円)。これをSAIは今後いくつかのメーカーに呼びかけてリスク負担のパートナーとして集める計画。

 機体構造は通常の金属材料を基本とし、外皮に複合材を使うというもの。主翼前縁は63°の後退角を持つ。

 2010年に初飛行し、2012年には型式証明を取る予定。価格は8,000万ドル程度。初飛行は2010〜11年、実用化の目標は2012年である。

 なおQSSTの設計は、そのまま拡大することも可能で、将来はもっと大きな旅客機として開発される可能性もある。


QSSTの完成予想図

 

エリオン機とQSSTの比較

   

エリオン

QSST

最大離陸重量(kg)

40,860

69,400

空虚重量(kg)

20,475

36,320

全長(m)

44.2

40.4

主翼スパン(m)

19.8

19.2

エンジン推力(kg)

8,160×2

15,000×2

最大巡航速度(マッハ)

1.6

1.8

航続距離(km)

7,400

7,400

実用上昇限度(m)

15,500

18,600

離陸距離(m)

1,830

2,400

開発資金(億ドル)

12〜14

25〜30

機体価格(万ドル)

8,000

8,000

初飛行(年)

2009

2010

実用化目標(年)

2011

2012

既存メーカーの動向

 このような2つの構想について、既存の航空機メーカーはどう見ているか。設計は面白いが、リスクも大きいというのが一般的な見方である。

 また各メーカーのSSBJへの取組みの現状は、ロッキード・マーチン社の場合、上に見たように直接QSSTの設計に当たっている。しかし、型式証明を取るまで設計上の協力はするものの、リスク負担のパートナーになる考えはないらしい。

 ガルフストリーム社は、ソニックブームの発生しない静かな超音速ジェットの研究を長年にわたって進めてきた。その結果、今年初め、機首を望遠鏡のように伸縮させる構造で特許を得たが、具体的な開発着手にまでは至ってない。

 同社が懸念しているのは陸地上空の超音速飛行をFAAが禁止していること。ソニックブームが気にならないくらい弱くなっても、FAAが規則を改めなければSSBJの将来はなく、コンコルドのようにきわめて少数の機体が使われるだけで、メーカーとしての採算は合わないと見ている。

 フランスのダッソー社は、かねてから超音速ファルコン3発機の開発構想をあたためてきた。しかしSSBJの設計上のむずかしさは、普通のビジネス機と同列に考えることはできない。長い年月と莫大な費用がかかるので、どうしても目の前の亜音速ビジネス機の開発が優先してしまう。しかし、いつかは実現する可能性も大きい。そのときは、自分たちもSSBJの世界にいたいというのがダッソー社の考えだが、そこへ最近エリオン社から新しい共同開発の提案を持ちかけられた。目下検討中という。

 ボンバーディア社も、かつてはSSBJの研究を進めたことがある。それを中断した理由は、ソニックブーム抑制に関する技術問題もさることながら、莫大な開発投資を必要としながら、その投資額を回収できるような需要があるかどうかが疑問としている。

 セスナ社はサイテーションXと同じくらいの大きさのSSBJを構想している。総重量は34トン程度だが、それでもまだ大きいと見ており、設計は固まっていない。一方で、SAIの計画にも関心を示している。というのは、SSBJの研究は直ちに成功につながらなくとも、研究にたずさわるだけで技術的な進歩が得られると考えられるためである。


QSSTの元になったロッキード・マーチンSBJ
目下秘密工場スカンクワークスで開発研究中だが、
その内容は乗客8人、マッハ1.8以下、航続7,400km、
全長40m、スパン17m、総重量60トン前後。
実用化目標は2010年という。

実現は時間の問題

 以上のような超音速ビジネスジェットが実現すれば、ニューヨークからパリまでの飛行時間は4時間15分。今のビジネスジェットの7.5時間に対して半分近く短縮される。また米大陸をロサンゼルスからニューヨークまで横断する場合は、今のところ超音速禁止の規則があるため、マッハ0.99の遷音速で4時間弱というところだろう。

 運航費は、エリオン社の試算では、超音速で飛ぶと、変動費と固定費を合わせて1.85kmあたり6.80ドルとなる。また亜音速では8ドルと推定されるが、現用ガルフストリーム550の7.90ドル、グローバル・エクスプレスの8.50ドルとほとんど変わらない。

 そうしたSSBJの需要について、エリオン社は向こう10年間で250〜300機が売れると見ている。そのうち半分近くが分割所有のフラクショナル・オーナーシップ機になるであろう。たとえばフラクショナル事業を展開するネットジェット社は、かねてからSSBJが実用になればそれを使いたいと公言してきた。つまりSSBJは高価な機材であるだけに単独では買えないが、何社かで共有すれば比較的安いコストで超音速機を自分のものにすることができる。フラクショナル事業には最適の機材というわけである。

 このエリオン社の見方には政府機関からの需要は含まれないが、SAIはアメリカを初めとする各国政府や軍の需要も合わせて300〜400機の売れゆきを見こんでいる。ただし陸地上空を超音速で飛ぶことが認められなければ、250〜300機に減るであろうとも。

 このように需要の全てを合わせて最大400機という見こみは、需要予測の専門家も同程度に見ている。しかし、これではメーカー1社分の需要でしかない。現に上に見たように2社が名乗りをあげ、他の既存メーカーもそれぞれに開発研究を進めている。

 この混沌レースの中から、どのメーカー、どの機種が抜け出してくるか。SSBJの実現は時間の問題といわれているが。

(西川 渉、『航空ファン』誌、2005年1月号掲載)

 超音速ビジネス機の可能性

  

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