<ストレートアップ>

活発化するドクターヘリ導入計画

 「ドクターヘリ特別法」が成立して半年余、新年度予算の策定時期にもあたり、全国各地の自治体でドクターヘリをめぐる動きが活発になってきた。今の拠点数は全国14ヵ所。厚生労働省の新年度予算案では追加3ヵ所が予定されているので、1年後には17ヵ所になるであろう。新聞の小さい記事を拾い読みしてゆくと、わが県、わが地域でもドクターヘリを導入したいというところが増えている。

 ドクターヘリは、費用負担が国と自治体で半々ということになっている。そのため、これまでは知事が導入したいと思っても事務当局が予算がないといったり、事務当局が発案しても県議会が通らなかったり、なかなか話が進まない。のみならず、拠点病院をどこにするかでもめたり、知事が独断で決めたからというので実務機関が動かなかったり、事態は複雑である。

 そうした状況を反映して昨年10月7日の読売新聞は「伸び悩むドクターヘリ」という記事を掲載した。多くの県がヘリポートがないとか医師や看護師が確保できないとかで「導入にはハードルが高い」、「県の防災ヘリで代替可能」、「慎重に検討したい」といった声を紹介している。もっとも同じ記事の中で久留米大学の実績を例に挙げ、2005年度の診療患者およそ370人のうち61人が死亡したが、もしヘリコプターがなければ死者はさらに36人増えたであろうと、ドクターヘリのすぐれた効果を紹介している。

 ところが最近1〜2ヵ月間、にわかに活発な動きが見えてきた。たとえば青森県は医療審議会で「県立中央病院を中心にドクターヘリを運航する方針」を決め(陸奥新報、2月15日)、群馬県も来年1月からドクターヘリを配備する方針を明らかにした(毎日新聞、3月12日)。

 岩手県も医療福祉の充実に取組むため、ドクターヘリの導入可能性を探る調査費として300万円を新年度予算案に計上した(岩手放送、2月12日)。秋田県も防災ヘリコプターを活用しつつ、ドクターヘリ導入の可能性について具体的に検討し、08年度中に結論を出す予定という(毎日新聞、2月29日)。

 岐阜県は新年度予算にドクターヘリ導入事業費1,442万円を計上、すでに防災機を使って患者搬送訓練を実施している(岐阜新聞、2月16日)。三重県も「救命救急体制充実のためにドクターヘリの導入が必要」という基本方針を立て、08年度中に具体的な検討を進めることになった。

 いっぽう滋賀県と京都府は昨年来、ドクターヘリの共同運航を検討してきたが、検討会議では「防災ヘリで代替可能」とか「救急搬送に時間のかかる地域が少ない」(読売、3月1日)などの慎重論が強い。さすがに土地柄で、昔ながらの保守性が残っているのだろうか。

 鹿児島県もはっきりしない。「将来ビジョン」構想には「生涯を通じて安心して暮らせる社会づくり」のために救命救急センターの複数設置やドクターヘリの導入といった計画を盛りこみながら、新年度の医療計画では「引き続き検討する」にとどまっている(南日本新聞、2月8日)。

 沖縄県は新年度の医療提供体制を充実させるためドクターヘリ活用事業費として5,600万円を計上した(琉球新報、2月4日)。

 また熊本県では「ドクターヘリ導入推進協議会」が発足した。これまでは防災ヘリで救急患者の搬送をしてきたが、火災消火などの出動もあり、要請を受けても搬送できないケースが昨年は二十数件あったという(西日本新聞、2月24日)。

 たしかに消防防災ヘリコプターは全国に70機が配備されているので、救急業務にも使えばいいとは誰しも考えることだ。しかし現状では、消防機関に所属する救急救命士の資格に制限があり、所要の救命治療ができない。そこで岐阜県、埼玉県、兵庫県では医師をヘリコプターに乗せるため途中で病院に立ち寄るか、病院からヘリポートまで医師が駆けつけて出動するといった方法を取ってきた。そのため10分前後の余分な時間がかかるので、どうしても本格的な救急機能が発揮できない。ついに埼玉県は消防機を諦めてドクターヘリに移行したし、岐阜県も上述のようにドクターヘリ導入の準備に入った。

 つまり医師とヘリコプターは同じところで待機していなければ救急の間に合わないのだ。それには消防防災ヘリコプターが病院の敷地内か近傍に待機するか、医師が消防基地に行って待機する必要があるが、それが実現しないのは病院と消防との間に厚い壁があるからだろう。さもなければ救急救命士の資格と権限を拡大して、アメリカやイギリスのように医師に匹敵する治療ができるようにしてもいいはずだが、そこにも障壁が存在する。

 したがって現状では、全国に万遍なく配備されている消防防災ヘリコプターが、本格的な現場救急機としては使えない。逆に、各地の県議会が防災ヘリで代替させようというからには、上述のような壁を取り払い、防災機を救急専用に改め、医師と機体の待機の場所を一致させる必要がある。そうすれば消防防災ヘリコプターの「有効活用」が実現するであろう。

 最近の動向の中で、もうひとつ注目すべきは、北海道が2機目のドクターヘリ導入を決めたことである(北海道新聞、2月14日)。そのため新年度予算に200万円の調査費を計上し、どこに配備するかを検討するという。そこで問題になるのは、厚生労働省が各自治体に1機ずつのドクターヘリしか認めない原則を立てているらしく、静岡県の2機に対しては1機分の助成金しか出していない。

 北海道もそうなるのかどうか、道自身がそれでいいと考えているのかどうかは知らぬが、あれだけ広い地域に2機でも足りぬはずで、おそらくは将来5〜6機を配備することになるであろう。そんなとき厚生労働省の基本原則は考え直す必要がないのだろうか。

 逆に最近、公費に頼らず、いわば私的な負担でドクターヘリを運航するところが出てきた。といってヘリコプターの費用を患者さんに請求するわけではない。病院や事業者の方で負担しながら運航している。

 具体的には沖縄県の2ヵ所で飛んでいるドクターヘリだが、6月からは福岡県でも飛び始めるらしい。これらの事業費が何らかの形で採算に合えばそれでいいが、実際はなかなか難しいであろう。現に沖縄の事業も公費による補填を強く望んでいる。いかに人道的に望ましかろうと、経済的に成り立たなければ長つづきしないし、途中でやめれば住民の期待を裏切ることになる。

 ようやく進展のきざしが見えてきたドクターヘリだが、今後順調に普及してゆくことを期待したい。 

(西川 渉、『日本航空新聞』、2008年3月27日付掲載に加筆)

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