<AIRMED2008>

国際航空医療学会に参加して

 去る5月20〜23日の4日間、チェコのプラハで国際航空医療学会AIRMED2008が開催された。参加者は53ヵ国から770人。もともとは欧州諸国が中心だったが、最近はアメリカからの参加も目立つ。こうした世界の人びとを集めて、チェコとしては謂わば国をあげての行事で、開会式では上院議長や厚生大臣が挨拶に立ち、2日目の夜は国会議事堂の広い中庭に面した巨大な石づくりのテラスでレセプションが催された。

 内容は最初の3日間が講演と屋内展示、最終日は近郊の空軍基地で救急救助用のヘリコプターによる実技飛行を見た。講演はヘリコプターや固定翼機による航空医療の全般にわたって、治療の有効性、経済性、安全性、運営体制など135題の発表や報告がなされた。これが同時並行的に3部屋に分かれておこなわれるので、全てを聴くわけにはいかない。ここでは紙幅もないので筆者の印象に残った話題を2つか3つご紹介したい。

 最初は「航空医療の本質」と題する講演だが、その基本はいうまでもなく「安全」にほかならない。医療面でも運航面でも安全なくして航空医療は成り立たない。安全の第一は「患者の安全」で、これは倫理上も絶対的なものだが、そのためには「飛行の安全」が確保されなければならない。

 航空事故の原因は一般にヒューマン・ファクター(人的要素)が7割といわれる。しかし、だからといって乗員のエラーがそのまま事故原因というわけではない。救急機の乗員はパイロットや整備士のみならず、ドクター、ナース、パラメディックも含まれる。機内でエラーが起こるのは背景にいくつもの要因があって、それがエラーを導くのである。たとえば連絡もれ、不適切な準備、訓練不足などだが、ほとんどのエラーは拡大することなく終息する。しかし、その防御要素が全てなくなったとき事故に至る。

 こうしたことから、この演者は大学の医学部でも医療の安全に加えて航空の安全についても教えるべきだと主張した。

 スイスの航空医療法人REGAのパイロットは、標高の高いアルプス山岳地の救難飛行に望ましい次期ヘリコプターの仕様条件について語った。REGAは現在スイス国内4ヵ所でEC145、6カ所でアグスタA109K2を使い、2007年は9,949件の出動をした。そのうち1,820件がホイストによる山岳地の救急救助作業である。さらに、その3分の1が2,000m以上の高地で、3,000mを超え4,000mに近いところでも任務に当たる。

 そこでREGAは、パイロット、ドクター、パラメディックの3人が乗って出動し、高度3,9000mで15分間の地面効果外ホバリングをしながら患者を救護すると想定した場合の吊り上げ重量、総重量、エンジン出力などを計算し、それに応じられるようなヘリコプターXを考えた。目下その開発をアグスタ社に要請しており、最新モデルのグランドを超える高性能のヘリコプターが2009年1月までに実現するという。

 ベル・ヘリコプター社は、逆にメーカーの立場からモデル429の開発について、サンディ・キンケードさんが話をした。この人は本来フライトナースだが、ベル社の社員であり、全米フライトナース協会の会長でもある。昨秋は日本航空医療学会総会で講演をして貰った。

 429の開発にあたっては、まず救急ヘリコプターについて20項目の必要条件を考え、項目ごとに運航者の要望を調査した。その条件とは、ストレッチャーの出し入れの容易さ、ローター回転面の高さ、キャビンの大きさ、電線衝突の安全性、コクピットの視界、エンジンの始動および閉止の容易さ、搭載量、巡航速度、安全性、信頼性、購入価格、運航費、予備部品費などである。

 これらの項目について、実際の運航者がどんなことを望んでいるか。調査の結果、最も重視しているのは機体価格であることが分かった。次いでカテゴリーAの飛行能力、直接運航費、飛行速度、計器飛行能力、航続距離、ペイロード、地面効果外ホバリング性能、機外騒音、ローターブレーキと続き、こうした要望に適合するよう「顧客主導の設計」をしたのがモデル429だという。

 たとえば主ローターには新技術が採用されて揚力と速度が増し、尾部ローターはブレード4枚の交叉角をはすかいにして騒音が減った。またカテゴリーAの飛行能力と共にパイロット単独の計器飛行も可能。そして後部貝殻ドアの開口部を広げ、キャビンを大きくし、患者2人分のストレッチャー搭載もできる。

 こうしたベル429は本年中に型式証明を取得する目標で、開発がつづいている。会場には試験飛行に使う試作実機が展示されていた。今年秋には、横浜で開催される国際航空宇宙展(JA2008)にも出展されるもよう。


ベル429


ベル429のキャビン後部は大きく開き、ここからストレッチャーの出し入れをする。
観音開きのドアも左右に広がらず、胴体に添って開く。

 AIRMED20008では、日本からも川崎医科大学の荻野隆光先生による地震災害時の危機管理のあり方について講演があった。そして筆者にもドクターヘリの現状と将来に関して話をする機会が与えられた。別図は筆者の結論を示したもので、1970年にヘリコプター救急を開始したドイツは、11年後に拠点数が31ヵ所になった。日本は今、ドクターヘリの開始から7年ほど経過して14カ所で飛んでいるが、今年度中には5ヵ所ほど増える見こみ。さらに全国15以上の道府県がドクターヘリの導入を検討または計画していることから、09〜10年度にも5〜6ヵ所ずつ増える可能性がある。

 とすれば、今後3年間でドクターヘリは倍増し、発足10年で30ヵ所になり得る。つまりドイツの当初の普及ペースに追いつくわけで、あとはドイツなみに50ヵ所、もしくは80ヵ所まで普及することも期待できよう。欧米の先進諸国に遅れて発足した日本のヘリコプター救急ではあるが、近い将来きっと追いつくというのが国際的な会合の場に立った筆者の希望でもあった。

 次回は2011年、イギリスのブライトンで開催される。

(西川 渉、『日本航空新聞』2008年6月26日付掲載、2008.7.10) 

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