スーパージャンボ論争

 欧州エアバス社は12月8日、最高経営会議を開き、かねて開発準備をすすめてきた超巨人機A3XXが、技術的、経済的に実現可能な段階に達したことを確認した。その結果、今後エアライン各社に設計仕様と機体価格を提示して具体的な契約交渉に入ることを決議した。これにより一定数の注文が獲得できれば、2000年なかばまでに開発着手を決断し、2005年の就航をめざす予定である。

 このニュースを知ったのは昨日のことである。2000年なかばまでに開発着手の決断といえば、7月に予定されているファーンボロ航空ショーで大々的な発表をするにちがいない。いよいよ650人乗り、総2階建ての超巨人機が実現するのであろうか。

 エアバス社の予測によると、世界の航空旅客はこれから年率5%の割合で増加し、15年後には今の2倍、20年後には3倍に達するという。そうした大きな需要増に対処するには、航空会社はもとより、空港、管制、メーカーなどの積極的な協調が必要になる。

 その中で、メーカーとしては航空機の生産性向上――速度、搭載量、燃料効率、費用効果などを上げてゆく責務がある。しかるにボーイング747が1970年に登場して生産性を一挙に引き上げて以来、航空機の生産性はさほど上がっていない。そこで今、これからの困難な需要増に対処するために新しい巨人機の開発が必要になった。

 もっと具体的には、東京を含む世界各地の主要空港と周辺空域がパンク寸前の限界にきている現在、飛行便数を増やすことはむずかしい。とすれば1便あたりの搭載量を増やさざるを得ない。ここは、どうしても超巨人機が必要である。その需要は向こう20年間に1,300機程度と予測される、というのがエアバス社の主張である。

 開発費は総額120億ドル(約1兆3、000億円)、機体価格は1機2億ドル(約220億円)と想定されている。

 こうした超巨人機に対するボーイング社の見解は、エアバス社とは全く異なる。むしろ、その対極にあるといってよいであろう。

 ボーイング社によると、旅客需要は今後2018年までの20年間に年率4.7%の成長をつづけ、そのための機材は20年間で2倍になる。その中で最大の伸びを見せるのはリージョナル・ジェットだという。エアバス社の超巨人機に対して、こちらは小型ジェットが伸びるというのだから、まさに正反対。しかもA3XXクラスの超巨人機は360機くらいしか売れない――エアバス社の3分の1以下という見方である。

 なぜ、そんなことになるのか。ボーイング社の根拠は、世界中でいよいよ本格化する規制緩和である。エアラインが使用機材を選定するときの条件はさまざまである。たとえば経営戦略、飛行機の特性、機体価格、生産性、費用効果などが考えられるが、国の航空政策や航空法規も重大な要素になる。特に規制のある市場では、エアラインはシートマイル・コストの安い大型機を選好する。なるほど日本の国内線に多数の747が飛んでいるのは、そのせいだったのかもしれない。

 逆に規制緩和がおこなわれて、自由化された市場では需要が多様化し、ハブ空港をバイパスして飛ぶ長航続の小型機が増える。北大西洋線では10年前、そこを飛ぶ米エアラインの機材は6割が747であった。しかし自由化が進んだ今では767と777が66%を占め、747は3%以下に減った。今後は767やA330が主要機材となって、北米と欧州との間で新しい直行路線がますます増えるであろう。

 北米からアジアに向かう太平洋線も同じで、今のところはほとんどの便が747でニューヨークと西海岸から出発している。これはアジア諸国の多くに規制が存在するためだが、最近になってアジアにも「オープンスカイ」政策を取るところが出てきた。ブルネイ、マレーシア、ニュージランド、シンガポール、韓国、台湾、タイなどである。

 そこで、これからは777-200ERやA340-300、さらには777-200X/-300XやA340-500/-600などの長航続性能をもった中型ワイドボディ機が増えて、たとえばアトランタ〜ソウル線、デトロイト〜広州線など、新しい直行路線が実現してゆく。同様に欧州〜アジア間でも、アムステルダム〜台北線、ストックホルム〜上海線などの直行便が実現するであろう。

 そんなわけで、ボーイング社としてはA3XXクラスの超巨人機を開発するつもりはないという結論を表明している。

 しかし、エアバス社がどうしてもA3XXをつくるのであれば、ボーイング社としても黙って見過ごすわけにはいかない。そのときは747Xで対抗しようと、研究を重ねている。同機は747-400の胴体と主翼スパンを延ばすもので、基本型は胴体が2.3m延びて乗客430人乗り。これで16,100kmの航続性能を有し、米国東海岸から東南アジアまで一挙に飛ぶことができる。もうひとつは乗客500〜620席で、航続性能は最大14,330km。両機ともに同じ主翼とエンジンを搭載し、主翼スパンは747-400よりも5.3m長い69.8mになる。

 こうした747Xの開発費は、現用機のストレッチ型だから、A3XXよりもはるかに安い。したがって機体価格はA3XXの2億ドルに対し、1億9,700万ドルでいいという皮肉な数字を出している。また開発期間も短かくてすむから、今あわてて決めなくても、2002年までに着手すればA3XXの就航に間に合い、対抗することができる、と。

 ボーイングとエアバスの論争はいつも面白い。数年前のファーンボロ航空ショーでは、双方の記者会見にあまりに沢山の報道陣が押し掛けて、会見場の根太(ねだ)が抜け落ちたほどである。

 今回の論争について、無責任な航空ファンの立場からすれば、双方ともに勝ってもらいたい。つまりエアバス社のいうように、その決断が実現して超巨人機の飛ぶところを見たいし、規制緩和は市場を細分化し、リージョナル・ジェットが普及するというボーイング社の見解にも賛成しなければならない。

 そこで現実は両者の中間をゆき、両方ともに実現するのが望ましい。実際そうなるような気もするのだが。

(西川渉、99.12.11)

    

【追記(99.12.14)】

 上のファーンボロ航空ショーというのは、1996年9月のことである。このときのレポートは『WING』紙に長々と書いたが、あれはまだ本頁開設の前で、ここには載せてなかった。当時のエアバスとボーイングの間で何があったのか、「ファーンボロ・レポート――AB戦争」の一部を掲載しておきたい。

 

ボーイングの陰謀か(?)

 エアバスとボーイングの競り合い――いわば「AB戦争」については、本紙でも6月から7月にかけて「エアバス・ブリーフィング」の連載その他でお伝えしたところである。にもかかわらず再び三度びここに書くのは、ファーンボロ・ショーでもちょっとした事件があったからである。

 それはショーの初日、午前10時半からボーイング社の記者会見がプレスセンターでおこなわれたときのこと。約1時間の予定だったが、後半になって、まだ話の途中というのに、足もとでトントントンという金槌の音がはじまった。なかなか止まずに耳ざわりなことだと思っていると、会見が終わるや「みんな外に出て下さい」と追い出されてしまった。

 引き続き11時半からエアバス社の記者会見がはじまることになっていたので、誰しもそのまま坐っているつもりだったのだが、外に出てみるとエアバス社のトップ以下、広報担当の面々が浮かぬ顔をして立っている。どうしたことかと思ったら、ボーイングの記者会見に人が集まりすぎて、プレスルームの根太が抜けたというのだ。先ほどの金槌の音は、その陥没の補強工事だったのである。

 結局、床下の陥没はそんな簡単には直らず、このままでは危険というので、エアバス社の記者会見は翌日に延期された。エアバスの幹部たちはカンカンに怒って引き揚げ、記者団のあいだではボーイングの陰謀ではないかという冗談も出たりした。本当は竜虎相撃つところを見たかったのだが、その人気が余りに高すぎて、却って水入りになってしまったという次第である。

 

1,000人乗りも可能なA3XX 

 翌日、1日遅れの記者会見で、エアバス社は受注実績や各機の現状に加えてA3XX計画について語った。同機は、21世紀初頭の就航をめざして開発準備が進んでいる超巨人機である。3クラスの標準座席数は550席。モノクラスにすれば800人近くのせられるし、将来は1,000人乗りのストレッチ型に発展する可能性もある。

 構造は2階建て。2階キャビンだけでも今のA340と同数の客席が置けるし、床下には会議室、運動場、寝室などの設置も可能。

 そのため主翼面積は747-400よりも4割ほど大きい。尾翼も大きくて、水平尾翼はA310の主翼にも匹敵する。にもかかわらず、A3XXの大きさは全長、全幅ともに80m以内。今の空港施設で充分対応することができる。それにコクピットは現用A320、A330、A340と共通だから、これらの乗員が転換訓練を受けるのも容易であろう。

 開発費は80億ドル(約8,700億円)。この巨額の資金調達のために、従来コンソシアム(共同企業体)として運営されてきたエアバス・グループは、1999年までに参加4社の出資する合弁企業に改められ、法人格をもつ予定。これで金融機関としては融資の相手が明確になるし、経営の効率も上がると見られる。

 またA3XX計画は、民間資金ばかりでなく、関係4か国の政府からの融資も期待している。所要資金の3分の1が受けられるはずである。さらに米国やアジア諸国のメーカーにもリスク負担の参加を呼びかけている。そして、エアラインからの注文がある程度固まったならば、1997年にも開発着手の決定をする。1号機の就航は2003年の目標である。

 エアバス・グループにとって、大型機の開発は長年の悲願であった。今のボーイング747の独占を突き崩すには、それを上回る大型機が必要だ。巨人機の開発は確かにリスクが大きい。けれどもエアバスとしては選択の余地はない。計画を進めるしかないという覚悟も決めて、今年春には新たにA3XXの開発事業部を設置、具体的な設計研究に着手したのである。

 

具体化した2種類の747X 

 こうしたA3XXの挑戦を迎え撃つために、ボーイング社はかねて747-500Xと600Xの計画を進めてきた。いずれも現用747-400を基本とし、新しい777の開発技術の成果を加味しながら、500Xは胴体を6mほど延ばして、3クラスの標準客席数を-400の416席から462席へ増やす。同時に燃料タンクを増設して、航続距離を13,500kmから16,000km以上へ伸ばすというもの。

 もうひとつの600Xは、胴体を15m近く延長して、全長85mとする。これで航続距離は-400と余り変わらないが、客席数は標準548席まで増えることになる。つまり、どちらも747-400のストレッチ型だが、500Xは航続距離の延長、600Xは乗客数の増加に重点を置いたものである。

 ほかに構造上の変化は、主翼を改良し、操縦系統をフライ・バイ・ワイヤに改め、エンジンの燃料効率を高める。また600Xの主脚は、747-400の車輪16個に対して20個に増える。

 こうした2種類の747Xについて、ボーイング社は今年中に開発着手を決め、600Xは2000年、500Xも2001年には就航可能としている。そのためにはエアラインからの注文を固める必要があるが、実はファーンボロ・ショーの直前、8月29日付の米「ウォールストリート・ジャーナル」紙は747Xについて、すでに日本航空、マレーシア航空、シンガポール航空の3社から合せて30機以上の注文を確保したと報じた。また全日空や米ユナイテッド航空とも交渉中で、英国航空、カンタス航空、ルフトハンザ航空も発注の可能性があると。

 そしてファーンボロ・ショーの前日、ロンドンで見かけた「サンデー・ビジネス」紙の記事によると、ボーイング社はショーの開幕に向かって航空会社の注文を取りつけ、開発着手の発表に漕ぎ着けるための交渉を懸命につづけていたらしい。たとえば英国航空との交渉では、747-600Xの価格が1機2億3,500万ドル(約250億円)と提示された。現用747-400の1億6,500万ドルにくらべて4割増であったという。

 同様にシンガポール航空にも同じ価格が示され、交渉がおこなわれたようだが、シンガポールの方はまだボーイングを買うか、エアバスを買うか決めていない。いずれにせよファーンボロ前日までに決断するのは無理があるし、価格も747-400と同じ金額まで下げてもらいたいという話になったという。

 ボーイングのA3XX阻止作戦としては、いち早く主要エアラインの注文を抑えてしまうこと。そうすれば、いかに大手といえども、これほどの巨人機を2種類も買い入れる航空会社はないであろう。A3XXは、必然的に離陸できなくなるというわけである。

 しかしエアライン側の考え方は、必ずしもボーイングの作戦通りではない。サンデー・ビジネス紙によれば、英国航空などは今の大型機は高すぎる。600Xの値段もシンガポール航空がいうように-400と同じでもいいはずと考えている。これらの値段が高いのもボーイングの独占を許しておくからで、A3XXが実現すれば独占の弊害もなくなるだろう。機体価格を2億ドル(約220億円)程度にすれば、よく売れるのではないかといった論調を展開している。

 結局、どのエアラインからも747Xへの注文は取れていないが、ボーイングの会見で、もうひとつ記者団を驚かせたのは、747-700Xの計画公表であった。

 -700Xは-600Xを基本とし、その胴体を改造してキャビン幅を左右2席分、1.5mほど広げ、標準座席数を650席とするもの。ただし主翼、エンジン、降着装置、その他の装備は-600Xと変わらず、航続距離は747-400と同じである。

 こうした700X構想の基本となったのは、かつての新大型機(NLA)の研究であろう。ボーイング社も、700Xは単なる思いつきではなく、かねてからの研究成果を踏まえたものであることを強調している。

 とはいえ、ボーイング社としては今すぐ、この700Xを開発するつもりはない。A3XXの対抗策としては500Xと600Xで充分という考えだからである。しかし将来、10〜15年ほど経って新たに巨人機への需要が増え、500Xや600Xでは間に合わないといった事態が起こってはならない。そんなときには、いつでも出動できるような準備をととのえておこうというのが700Xである。

 

双方譲らぬ批判と反論

 ボーイング社は、このような自らの計画を発表しながら、一方ではA3XX計画に対して批判をぶつけた。

 まず需要予測の問題である。500席以上の大型機について、今後20年間の需要はせいぜい470機程度。エアバス社の1,380機という予測との間には3倍近い開きがある。ほかに、BAe、DASA、アエロスパシアルなどの予測を見ても、せいぜい600〜800機。マクダネル・ダグラス、ロールスロイス、GEの予測はもっと少ない。言い換えれば、エアバス社の予測は、これら大方の予測の2倍以上である。しかもBAe、DASA、アエロスパシアルなどはエアバス・グループの参加メンバーなのだ。

「過去の実例を振り返ってみても、エアバスの予測はおかしい」とボーイングはいう。何故ならば747の場合、1970年に就航してから今日まで、26年間の製造数は1,000機余り。しかも長距離路線を飛んでいるのは、その半数に過ぎない。なのに、もっと大きな500席以上の機体が20年間で1,300機余りも売れるだろうか」

「需要予測は余程しっかり見ておかないと、特に莫大な資金を投下する航空機の開発では、大きな損失を招きかねない。そのうえ80億ドルという開発資金の見こみも甘すぎる。これではエアバス社の自殺みたいなものだ」

 2〜3年前のこと、ボーイング社は将来の大型旅客機の可能性について、エアバス社と共同研究をしたことがある。その結果、新しい巨人機を開発するには120〜150億ドルの資金が必要という推論に達した。「それが80億ドルで可能とは、エアバスはあのときの結論を忘れたのか」

「仮に80億ドルで新しい大型機を開発することができたとしても、それだけの資金を回収するには、確かに1,400機近い需要が必要であろう。とすれば、彼らの需要予測は所要資金から逆算した数字ではないのか。そんな計算の上に立って公的資金を注ぎこむとすれば、欧州の納税者は政府も投資家も含めて、もっとよく大型機の需要を見きわめる必要があろう」

 こうしたボーイング社の批判に対して、エアバス社は「需要がないといって開発を遅らせるのは、勝負を避けようとする逃げ腰だ」と反論する。「そうでないとすれば、747だけで充分というボーイングの言い分を裏付けるためのまやかしに過ぎない」 

 それに「A3XXは21世紀なかばをめざす旅客機だ。今すぐ勝負をつけるのではなく、もっと長期的な展望に立つプロジェクトである。その意味で、わがA3XXは747の寿命が尽きたところからはじまる。747の焼き直しでは、21世紀には生きられないであろう」「エアラインの方も、あわてて747Xを発注したりせずに、A3XXの完成を待った方が得策だ。本機にはそれだけの価値がある」と。(『WING』紙、96年10月9日付)

    

 念のためにもう一度お断りしておくと、これは1996年秋のレポートである。しかし、あのときの論争は3年後の今もつづいている。

 

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