最近の欧米ヘリコプター事業
――米国では救急が第二の事業基盤――
日本のヘリコプター事業は、その経過を振り返ると、小型機を使った薬剤散布によって成長し、大型機による建設資材輸送で飛躍を遂げ、報道取材や送電線パトロールで需要の安定をはかるといった道をたどってきた。ところが外国のヘリコプター事業は、日本とは異なった市場構造を持っている。とりわけ欧米の先進的なヘリコプター会社が基盤としてきたのは海底油田の開発支援であった。
しかし一九九〇年代は原油価格が安くなり、石油開発が下火になったため、ヘリコプターの需要も低迷がつづいた。最近は一バーレル二十五〜三十ドルで、最低を記録した昨年の十ドルに対して三倍近くにまで急上昇したが、必ずしもヘリコプターの需要増加には結びついていない。
原油価格の値上がりを待っていた欧米ヘリコプター会社にとって、これは期待外れの現象だが、その原因について最近の米『ローター・アンド・ウィング』誌(五月号)は、値段が上がったといっても、OPECが生産量を減らしたことによる人為的な操作の結果で、生産量が減ればヘリコプターの需要も伸びないのは当然のことと書いている。
さらに、もう一つの理由は油田の開発技術が進歩して、海上プラットフォームに必要な技術者や作業員が減ったこと。つまり少数の人数で石油の開発や生産が可能になったために、陸上基地との間をヘリコプターで往来する人数も少なくなった。その分だけヘリコプターの必要量も少なくなるというわけである。
このように、欧米諸国のヘリコプター事業が基盤とする市場構造が変わってくれば、企業間の競争が激化して倒れるものが出てきたり、統合や合併も起こる。
かつて一九六〇年代から七〇年代にかけて、世界のヘリコプター事業は米ペトロリアム・ヘリコプター社(PHI)、英ブリストウ・ヘリコプター社、カナダのオカナガン・ヘリコプター社がビッグスリーであった。それが今では、PHIがメキシコ湾の雄として残っているものの、ブリストウは北海で四十機余りのヘリコプターを飛ばすのみ。
そしてオカナガンはカナディアン・ヘリコプター社(CHC)に吸収されてしまった。しかもCHCは、ブリティッシュ・インターナショナル・ヘリコプター(BIH)、ノルウェーのヘリコプター・サービス、英ボンド・ヘリコプター、豪州ロイド・ヘリコプター、南アフリカのコート・ヘリコプターといった名だたる企業をことごとく傘下に納め、カナダを拠点としながら昔の大英帝国にも似た発展を遂げるに至った。その結果、売上高はしばらく前の二・五億ドルが七・五億ドルになり、従業員は九百人から二千七百人に増えたという。
では、世界のヘリコプター事業における石油開発依存度はどのくらいであろうか。かつては国際ヘリコプター協会(HAI)の年次大会に行くと、まるで石油のコンベンションに来たのではないかと思うほどだった。展示も話題も、ほとんどが石油開発に関連するものばかりだったからである。
そのHAIが今年一月の年次大会で発表したヘリコプター運航に関する調査報告書によると、世界のヘリコプター事業収入の四十三%が石油開発の支援飛行によるものという。ただし、これはHAIの会員となっているヘリコプター会社のうちアンケート調査に答えてきた千八百二十一社の集計だから、おそらく数字は高めに出ているであろう。そのうえ回答者の八十三%は米国企業であったから、全体の傾向は米国勢に引きずられる結果となっている。
詳細は別表の通りだが、米国企業だけを見ると収入の半分以上が石油開発である。逆に米国外の企業は石油収入が二割に満たない。
米国企業で石油に次いで収入の多いのが救急である。米国では九〇年代に入って、石油の減った分だけ救急に向かう傾向が強まった。救急もヘリコプター業務の実態は石油支援とほとんど変わらず、人員輸送の一種である。運航基準も人員輸送に相当する安全性が要求される。
また、どちらも四六時中スタンバイをしていて、緊急事態発生のときは直ちに飛ばなければならない。契約形態も石油会社や病院との間でスタンバイのための固定契約を結び、その固定料金に飛んだ分だけの時間料金を加算するというかたちが多い。したがって米国のヘリコプター会社にとって、石油から救急への移行はほとんど違和感がなかったのである。
そのうえ石油開発支援のための洋上長距離の飛行でつちかった航法システムが、今ではGPSを使った計器飛行に発展し、救急飛行にも応用されるようになった。気象条件の悪い中でも計器進入ができる仕組みは、すでに百か所以上の病院ヘリポートで実行に移されている。こうして救急飛行は石油に次ぐ第二の事業基盤となってきたのである。
ヘリコプター事業の収入源(単位:%) [出所]1999 HAI Survey of Operating Performance
・
米国企業(83%) 米国外企業(17%) 合 計 遊覧飛行
10.1
2.5
1
人員輸送
0.7
2.3
8
農業・木材搬出
4.1
16.9
8
石油開発
54.7
18.7
43
建設工事
0.7
4.9
2
消防・警備
4.1
13.6
8
救急
16.5
5.5
13
報道・写真撮影
1.0
9.0
3
訓練
1.0
1.4
1
その他
7.1
25.2
13
合計
100.0
100.0
100
蛇足を加えると、この表から米国では意外に遊覧飛行の多いことが分かる。逆に建設工事にはほとんどヘリコプターが利用されていない。が、山火事の消火には民間ヘリコプターがチャーターされ、水タンクを装備して待機している例が多い。日本のヘリコプター事業と米国もしくは世界との違いを、わずかではあるが、この表から読み取ることができよう。
(西川渉、『日本航空新聞』2000年6月8日付掲載)
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