<ピラタス>

シングルはおいしい

 

 このほど「シングルはおいしい」(It's Sweet to be Single)というスイス・ピラタス社の小冊子を読んだ。この表題はおそらく、独身を謳歌する若者たちを意味する慣用句が背景にあるのだろうが、ここでは単発航空機について論じている。

 それによると、PC-12単発ターボプロップ機の実績に見るように、単発機の方が双発機よりも事故率が少なく、事故が起こっても死者や重傷者の出る割合が少ない。そもそも最近のエンジンは信頼性が高いので、飛行中に停止することも殆どない。単発機は双発機よりも危ないというのは迷信にすぎない、という主張である。

 そのうえ単発機は多発機よりもエンジンが少ない分だけ燃料消費が少ない。したがって費用が少ない。さらに、エンジンの装着基数が少ない分だけ購入価格が安く、整備の手間がかからず、整備費が安い。つまり運航費が安い。

 また燃料の搭載量が少なくてすむうえに、エンジン1基もしくは複数基分の重量が少ないので、搭載量が増える。費用が減ってペイロードが増すので経済性が高まる。だから「単発はおいしい」というわけだ。

 詳しくは、いずれ本頁でご紹介するとして、ここでは実際に起こった事故の分析から、単発機の方がむしろ安全という論拠となった報告書――2011年2月に米ロバート・ブレイリング社が発表した集計結果をご紹介したい。

 下の表は、アメリカとカナダの国籍をもつ単発ターボプロップ機が、両国内で型式証明または耐空証明を得て、実用機として飛び始めてから2010年末までの飛行実績と事故発生のもようを示す。機種はPA-46-500、TBM-700/850、CE-208、PC-12の4種類。

 これら4種類の単発ターボプロップ機は、これまでに合わせて197件の事故をを起こしている。そのうち死亡事故は74件で全体の37.6%だが、エンジン・トラブルによる事故は23件で、全体の1割強に過ぎない。しかも死者は1人も出ていない。

    

パイパーPA-46-500TP

ソカタTBM-700/850

セスナCE-208

ピラタスPC-12

機数(2010年末現在)

328

366

871

691

飛行時間

444,926

665,599

7,454,410

2,221,360

事故総数

22

22

133

20

うち死亡事故

9

8

49

8

エンジン停止事故

2

1

17

3

10万時間当たり事故率

4.94

3.31

1.78

0.90

10万時間当たり死亡事故率

2.02

1.20

0.66

0.36

10万時間当たりエンジン停止事故率

0.45

0.15

0.23

0.14

10万時間当たりエンジン停止死亡事故率

0

0

0

0

 このことからピラタス社は、エンジンが停まったあとは、単発機よりも双発機の方が危険と見る。つまり2基のエンジンのうち一つが停まると、推力のアンバランスを生じ、激しいヨーイングやローリングにおちいり、上昇性能は半分以下に下がってしまう。そのことに気づかないと、失速やきりもみに入って危険を招く。そこまでに至らずとも、飛行が安定せず、操縦不能のまま不時着に至ることが多いためである。 

 そこで、これら4機種と双発機とを比較したのが下の表である。この集計の対象になった双発ターボプロップ機はビーチ・キングエア、セスナ・コンクェスト、パイパーシャイアン、アヴァンティ、三菱MU-2など合わせて16機種が含まれる。

 この表の事故率は飛行10万時間当たりの事故件数で、事故総数も死亡事故も単発機より双発機の方が事故率が高いという結果になっている。

   

事  故

死亡事故

飛行時間

事故率

死亡事故率

PA46-500TP

22

9

444,926

4.94

2.02

TBM-700/850

22

8

665,599

3.31

1.20

CE-208

133

49

7,454,410

1.78

0.66

PC-12

20

8

2,221,360

0.90

0.36

単発機合計

197

74

10,786,295

1.83

0.69

双発機合計

1,052

362

51,798,602

2.03

0.70
〔注〕事故率:アメリカおよびカナダのターボプロップ機が実用化から
2010年末までに起こした飛行10万時間当たりの事故件数

  最近は大型旅客機も、エンジンの数を減らす方向へ進みつつある。ボーイング757、767、777、787、さらにエアバスの各種旅客機も同じ傾向を示している。これらの近代的な旅客機はエンジン2基だけで世界中を飛び回り、大洋横断路線にも就航している。つまりエンジンを4基も積むような旅客機は、ボーイング747とエアバスA340をもって終わったのである。もうひとつA380があるが、これは機体があまりに大きくて、今のエンジン出力では対応しきれなかったのだ。

 大型旅客機まで単発にせよとはいわぬが、長年にわたって単発機をつくり続けてきたピラタス社の見識が改めて見直される時期がきたといえるのではないだろうか。

(西川 渉、2012.3.24) 


豪州ロイヤル・フライング・ドクターサービスも
2010/11年度の使用機64機のうち、ほぼ半数の
31機がピラタスPC-12単発機であった。

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