<中国問題>

直升机博覧会

 去る9月5日から8日まで、中国の天津でヘリコプター展示会が開かれた。中国語では国際直升机博覧会といい、英語でChina Helicopter Exposition(CHE 2013)と表記されている。

 なるほど、中国名には国際の文字が入るが、英語ではChinaとしているところが笑わせる。つまり国内向けには「国際」と大きく出て、国外向けの英語は「China」と遠慮したさまがうかがえるのだ。

 「直升机」がヘリコプターの意であることはご存知のとおり。升は昇、机は機の簡体字である。コンピューターがここまで進歩し、繁体字でも容易に変換できることからすれば、簡体字の役目は終わったのではないか。もうそろそろ本来の漢字に戻してもいいようなものの、依然として品のない簡体字を維持するため、それしか知らない人民ばかりが増えて古典文書が読めなくなるという弊害をもたらしている。われわれ日本人旅行者にとっては逆に、街の標識や店の看板など、簡体字では何が書いてあるのかよく分からず、困ったものである。

 それにしても「直昇機」とは、うらやましいほど素直な命名だ。日本では初めてヘリコプターが登場して以来、いまだにカタカナのまま長ったらしい呼び名が続いている。昔は、エアシップは飛行船、グライダーは滑空機、ボンバーは爆撃機、ファイターは戦闘機、リコネッサンスは偵察機というように、分かりやすく正しい日本語を使っていたが、戦後のヘリコプターだけは日本語を考えるのを怠けてしまった。

 そのため長ったらしい発音が面倒なので、末尾のターをタだけにしてヘリコプタとしてみたり、ヘリなどと呼び捨てにされている。これでは日本のヘリコプターが、特に開発製造面で他国に劣るのは当然であろう。

 といって、シナ語の直升机や直昇機では人真似になってしまう。どなたか美しい日本語を考えていただけないだろうか。

 さて、直升机博覧会で模型展示によって公表された新しいロータークラフト2機種を見ることにしよう。

 ひとつは4つのローターを持つ大型ティルトローター機である。「藍鯨」(Blue Whale)という呼び名で、中国ヘリコプター研究機構が開発中のもの。最新のアビオニクス、操縦系統、そして複合材を多用し、最大離陸重量は60トン、ペイロード30トン、最大速度700q/h、航続距離3,100kmという高性能を実現するという。完成すれば軍用と民間の両方で使う計画である。

 ちなみに、ロッキードC-130輸送機が総重量70トンだから、藍鯨はそれに近い大きさになる。ペイロードは、C-130の19トンに対して1.5倍に当たる。しかも速度はC-130の550q/hを大きく上回る。果たして本当だろうか。機内は旅客機なみに静かだそうだが、白髪三千丈ではないかと、眉に唾をつけたくなる。


鯨にローターをつけたような……

 胴体前後の固定翼は前の翼がやや短く、それぞれの先端にエンジンとローターがつく。前後のローターは直径の半分以上が重なり合う。

 この大型ティルトローター機は、かつて米陸軍が構想していた4ローター機、V-44ティルトローターに似たところがあり、一部に模倣したような痕跡も見られるらしい。サイバー侵入によって設計データを盗んだのではないかという人もいるほどだ。しかし、この10年間、中国がティルトローターの研究に熱心だったことも確かで、中国各地の大学から航空技術者の頭脳を結集した成果ともいう。

 そうした開発作業の中で、2013年1月、V-22オスプレイによく似たティルトローター模型で風洞試験をしていたことも知られている。またローター先端に後退角を入れ、高速飛行性能と、揚力を高める試みもあるとか。

 だが、4ローターのティルトローターはおそらく、大変な技術的困難を伴うであろう。アメリカでも2005年、ベル社とボーイング社が国防省の資金を得て開発研究を進めたが、原型機の製造には至らなかった。そして完成までに20〜25年を要するという結論になって中断した。

 ちなみにティルトローター機は、中国語で文字通り「傾転旋翼机」というらしい。

 もうひとつ、天津の直升机博覧会で公開されたのは、小型の無人高速ヘリコプターK800である。頭上にはシコルスキーX-2コンパウンド機のABCローターにも似た同軸反転式の二重ローターを有し、機首には二重反転プロペラがつく。総重量800kgというから、米ロビンソンRー22とR-44の中間くらいか。これで、最大およそ450q/hの速度をめざす。初飛行は2015年の予定。


バッタのようにも見えるが……

 これに使われている先端技術は複合材、ローター設計、操縦系統、アビオニクスなどで、同機の高速飛行性能は、そこから得られた。将来は、有人機につくり変えることも可能とか。

 ただし、これを軍用機として使う場合、機首のプロペラが火器発射の邪魔になるかもしれない。同じ二重ローターのシコルスキーS-97レイダーが、機首ではなくて尾部に推進用プロペラをつけているのは、その問題を避けるためである。なおS-97は2017年に完成の予定。 

 このような中国の新しいロータークラフト計画には、西側諸国の専門家も驚きを隠さない。というのは4ローターのティルトローター機は、かつてアメリカ側が中断したV-44計画にそっくりだったからだ。V-44は20〜30トンの兵員や火器を搭載し、米海兵隊の敵前上陸による進攻作戦を支えるのが目的だった。

 その作戦構想をそっくりいただいた中国が、将来もし藍鯨の実用化に成功し、このティルトローター機を使って尖閣諸島に侵攻してくればどうなるか。東シナ海は中国の専横するところとなり、やがて沖縄にも攻めこんでこよう。のみならず、中国は台湾やフィリピンにも下心を持ち、インドも狙うだろうから、こうした侵攻作戦用の航空機の開発からは決して目を離してはならない。

 一方アメリカは、オバマ政権が軍事予算の削減を進めつつある。これは航空工業に従事する者の失職といった米国内だけの問題にとどまらず、世界的な影響を及ぼすにちがいない。日本では、一部の左翼的平和主義者たちが歓迎の意を表明しているようだが、今のままでは逆に平和を乱され、中国に土足で踏みこまれることとなろう。

(西川 渉、2013.10.1)

【関連頁】

 アメリカの大型ティルトローター構想(2000.9.21)

 

 


かつて、米ベル社の構想した4発ティルトローター機

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