ティルトローター機の展望


(BA609)

 近頃ティルトローターに関するニュースが余り聞こえてこなくなった。一体どうなっているのかという質問も寄せられる。そこで、ベル社を中心におこなわれているBA609とV-22オスプレイの開発作業がどこまでどう進んでいるのか、最近の状況を見てみよう。

第1段階の飛行結果

 BA609は、ベル・ヘリコプター社とイタリア・アグスタ社が合弁企業ベル/アグスタ・エアロスペース社(BAAC)の名の下に共同開発中の民間向けティルトローターである。

 同機は昨年3月7日、テキサス州ダラス近郊のベル社飛行試験センターで初飛行した。以後5月までに9回、14時間の試験飛行をおこなう。いずれもナセル垂直のまま、またはわずかに前傾させた状態での飛行であった。

 試験の結果は今、シミュレーターによって細部にわたる検討が続いている。テスト・パイロットによれば、同機の操縦性は驚くほど良かったという。たとえば横進飛行はヘリコプター以上に容易で、操縦労力はほとんど要らなかった。

 騒音も静かで、機内には今以上の防音構造は不要。振動も少なく、これ以上の防振機構は要らないともいう。とすれば、多くの航空機開発に見られるような機体の重量増加も余り心配しなくていいのかもしれない。

 BA609は初飛行から2か月ほどで第1段階の試験飛行を終了した。その後6月から検査のために分解され、いま改修と再組立が進んでいる。たとえばブレーキ・ペダルは操作がもっとやりやすいように位置を変更する。主降着装置のショック・ストラットも、さらにやわらかな着陸ができるよう改修されつつある。風防ガラスは視程を改善し、鳥衝突などの防護機能を増すために小さくなる。頭上二つの小さな窓もなくなる。またキャビンの与圧システムや冷暖房装置も、いま開発中という。初飛行の時点ではついてなかったのだ。

 プラット・アンド・ホイットニーPT6エンジンには機械的な燃料コントロール装置を加える。始動時の燃料流量を改善し、片発停止の場合の加速性能を改善するためである。

 さらに飛行機モードで飛ぶためのソフトウェアも目下開発中。これがなくてはヘリコプター・モードから飛行機モードへの転換はできない。

 こうしてBA609は1年半もの時間をかけ、慎重な作業によって、次の第2段階の飛行準備が進められている。


2003年3月7日初飛行時のBA609(ベル社提供)

飛行試験の大半はイタリアで

 ところで、この1年間のあいだに、BA609の開発体制に大きな変化が生じた。これまではベル社主導による両社五分五分の作業分担で、原型4機の飛行試験は全て米国内でおこなう予定だった。しかし、両社が話し合った結果、アグスタ社の方へ重心が移ることになったのである。ベル社の方は軍用向けティルトローターV-22の復活作業に技術者の大半が取られてしまい、BA609にはなかなか手が回らないためらしい。

 それに、ティルトローターに対するアグスタ社の姿勢も積極的になってきた。両社の協定によって、イタリア側が作業の半分以上を分担することになり、飛行試験については、なんと原型4機のうち3機をイタリアでおこなうと伝えられる。

 そのため2号機は昨年夏イタリアへ送りこまれ、胴体や主翼の主要構造と装備品について、さまざまな試験がおこなわれてきた。すでに飛行準備も始まっていて、早ければ年内、おそくも来年初めには飛ぶ予定という。

 ベル社に残った1号機は、分解されたのち尾部と尾翼の修正が完了した。今後は昇降舵、フラペロン、ローター操縦機構を含む操縦翼面の荷重などについて地上試験をおこなう。これによって、如何なる飛行状態で過荷重がかかっても、操縦翼面がゆがんだり、噛み合ったりせず、円滑に作動することを実証し確認するための試験である。飛行再開は今年秋を予定している。

 なお、3〜4号機はまだベル社にあって製造と組立ての途中である。3号機は胴体と主翼が接合されたが、4号機は形が見えていない。いずれも今年末までには完成してイタリアへ送られるのであろう。もっとも、飛行試験は米伊2機ずつという報道もある。確かに3機は多すぎるような気もするが、実際のところはよく分からない。

2008年から引渡し開始

 こうして今後、半年余りで飛行が再開されたならば、まず飛行範囲の拡大に集中して試験飛行がおこなわれる。その中にはヘリコプター・モードから飛行機モードへの遷移飛行はもとより、飛行機モードでの高速飛行も含まれる。そのあとで型式証明取得のための試験項目に入ってゆく。原型4機で総計3,000時間の飛行が予定されている。

 BA609はキャビンが与圧されるので、運用高度限界は7,500m。氷結気象状態でも飛行可能である。

 コクピットにはロックウェル・コリンズ・プロライン21電子装備がついている。パイロット2人の計器飛行が可能で、操縦系統はフライ・バイ・ワイヤだ。

 エンジンはプラット・アンド・ホイットニーPT6C-67Aターボシャフト(最大連続出力1,940shp)が2基。巡航速度は509km/h、航続1,389km。補助燃料タンクをつければ1,852kmまで伸びる。

 FAAの型式証明は、かねての目標通り2007年に取得する予定。この日程には2007年初めとか末とか、異なった報道がある。証明の際の検査基準は、アメリカ連邦航空規則のうち大型機に関するFARパート25、ヘリコプターに関するパート27、そしてティルトローター用の新しい規則が適用される。

 量産機の引渡し開始は、去る3月なかばの国際ヘリコプター協会(HAI)の年次大会で、ベル社の社長が2008年と語った。ちなみに型式証明の取得は2007年としか言っていない。

 予約受注数は、BAACによると、現在43社から65機という。2年ほど前には80機以上といわれたが、開発日程が遅れて減ったのだろうか。もっともベル社は、試験飛行が進むにつれて注文数も増えるとしている。価格は2年前の公表数値と変わらず、800〜1,000万ドル。

 量産はテキサス州アマリロのベル社工場でおこなう。またイタリアのアグスタ社工場でも製造する方針が固まっている。この量産には日本の富士重工も胴体を担当する。前方コクピットから中央胴体(キャビン)、後方胴体に及び、システムの取りつけも含まれる。胴体は内部の基本構造がアルミ合金だが、その他は複合材製である。

 BA609の生産態勢は2012年までに年間30機にする計画である。

オスプレイの復活試験

 他方、軍用向けティルトローターV-22オスプレイの復活テストはどこまで進んだだろうか。

 ベル社とボーイング社の共同開発になるオスプレイは、1999年5月から海兵隊向け量産機MV-22Bの納入がはじまった。史上初の実用ティルトローター機として大いに期待されたが、翌年4月と12月に連続して死亡事故を起こし、飛行中止の措置が取られた。

 そして1年半の事故調査と検討の結果、2002年5月から飛行再開となった。ただし直ちに実用飛行というわけにはいかず、改めて安全性を再確認するための試験をおこなうことになったのである。

 その結果、最近の状況は、これも去る3月なかばHAI大会でベル社が発表したところによると、飛行再開後の試験飛行は1,100時間に達した。すでに昨年5月、国防調達委員会は毎年11機、総数154機の量産を承認しており、2006年は17機を引渡す予定になっている。さらに2008年には36機の生産計画もある。

 確かに、この再確認飛行は米海軍、海兵隊、およびメーカーの担当者がもう一度、通常の開発試験を徹底的にやり直すと共に、海上試験、高速降下試験を繰り返し、飛行能力の範囲をぎりぎりまで確認してきた。V-22の安全性はほぼ完全に実証されたとしている。

 今後はカナダ寒冷地での氷結試験など多少の確認飛行を続けると共に、来年の実戦評価試験の準備に入るが、国防省の高官の中にも、これまでの試験結果に満足の意を表明する人も多い。実戦評価試験は2004年末にはじまり、2005年末まで続く予定で、その後V-22は実戦配備につくこととなろう。なおオスプレイ1機あたりの価格は現在7,400万ドル(約80億円)だが、2010年には5,800m万ドル(約64億円)とするコスト削減計画が進められている。

 オスプレイは、米海兵隊がMV-22を360機、空軍がCV-22を50機、海軍がHV-22を48機使用する予定。CV-22は2006〜2017年の間、HV-22は2010年以降に引渡される。また最近は、米陸軍も導入を検討中と伝えられる。

 加えて、ベル社は陸軍に対し、大型ティルトローター輸送機を提案している。C-130級の胴体の前後に翼を取りつけ、それぞれの先端にオスプレイと同じティルトローターをつける4発機である。将来オスプレイが軌道に乗れば、次はこのクォド4発ティルトローターということになろう。


V-22オスプレイ

イーグルアイ無人機も実用へ

 ベル社ではもう一つ、ティルトローター無人機(UAV)の開発が進んでいる。上に見たようなティルトローター技術にUAV技術を組み合わせた独自の構想である。

 その無人機の呼称は「イーグルアイ」。1998年3月6日に初飛行した試作機は最終的な実用機に対し8分の7のスケール・モデルになっている。これまでに90時間の試験飛行を重ね、ペイロード95kgを搭載して370km/hの速度性能を持つ。滞空時間は4時間。

 このイーグルアイに対し、米沿岸警備隊は2003年6月、ロッキード・マーチン社を経由して沖合展開のためのディープウォーター計画の一環として予備注文を出した。

 これにより昨年秋、実用評価試験がおこなわれ、本来の目的に適合することが確認された。ティルトローター機として、せまい警備艇の甲板でも発着が可能であること、ターボプロップ機と同じように高速で長距離を飛べること、沿岸警備隊の任務に即した電子機器を搭載して海上の監視パトロールが可能であることなどを実証したものである。具体的には飛行高度4,450m、巡航速度370km/h以上、滞空1.7時間、航続580km余りであった。

 この成功により、ベル社は昨年末フル・スケールのイーグルアイ製作に着手した。1年後には完成し、試験飛行に入る予定。50時間を飛んで、飛行性能や操縦機能の確認と熟成をおこなうことになっている。最終的に採用が決まれば、69機の正式契約になる予定。

 この正式契約にもとづく新しい実用イーグルアイは2006年に実用化の見こみ。設計仕様は主翼スパン4.6m、全長5.4m、ローター直径3.0m、自重760kg、総重量1,306kg、エンジンP&W200-55、巡航速度370km/h、巡航高度6,000m、航続5.5時間、ペイロード90kgとなっている。


ベル・イーグルアイ

欧州のティルトローター構想

 以上のようなアメリカのティルトローター開発に対して、ヨーロッパ側の動きはどうなっているだろうか。

 ティルトローター構想は欧州にも存在する。当初のそれは仏、独、伊3か国が1985年に始めた「ユーレカ」と呼ばれる研究計画だった。それが1987年9月、欧州統合の「ユーロファー」(EUROFAR : European Future Advanced Rotorcraft)に発展する。30人乗りの民間向けティルトローター旅客機の開発研究である。

 ユーロファーがアメリカのティルトローターと異なる特徴の一つは、エンジンを主翼両端に固定したまま、ローターだけが垂直から水平に動くことだった。大きくて重いエンジンが動かなくてすむためにティルト機構が楽になり、エンジンもティルトのための特殊な改造をすることなく、通常のままで使えるため選択範囲が広くなるという利点があった。

 ユーロファーは1990年代初め、ユーロコプター社によって「ユーロティルト」構想になる。形状はユーロファーによく似ていたが、大きさが12〜19人乗りと小さくなった。このときイタリアのアグスタ社だけが計画から脱けて、独自の「エリカ」(ERICA:Enhanced Rotorcraft Innovative Concept Achievement)構想を発表した。

 エリカは主翼先端にローターを取りつけ、翼の外側半分が一緒にティルトする構造である。したがって、部分的ティルトウィングといった方がいいかもしれない。このようにローターと翼が一緒に動くため、V-22やBA609に見られるようにローターのダウンウォッシュを翼がさえぎるようなことがなく、垂直飛行時の性能が良くなる。またヘリコプター・モードと飛行機モードとの間の転換飛行中の特性や、オートローテイション特性も改善されるという。

 さらに翼がダウンウォッシュをさえぎらないことから、プロップローターの直径を7.3mまで小さくすることが可能となり、ナセルを水平に倒しても地面に触れない。そのため、エリカは滑走離着陸もできる。これによりペイロードを大きくしたり、燃料搭載量を増やして長航続の飛行が可能になる。さらにローター・ブレードはひねりが大きく、最大巡航速度を650km/hまで上げることができる。これはBA609やV-22より140km/hほど速い。

 総重量は10,000kg。機内客室の座席配置は左右4列の22席である。ただし、これは滑走路を使う場合で、垂直離着陸の場合は乗客が19人に減る。この場合は客室乗務員も不要となり、合わせて4人分の重量が削減される。

 なお欧州連合(EU)では、ロータークラフトに関して5件の先端技術開発を進めている。エリカはその一つで、ほかに振動と騒音の少ない改良型ローターハブ、フライ・バイ・ライトを含むアクティブ操縦技術、インテグレイテッド・ドライブ・システム、ティルトローターの空力的相互作用の研究がある。


アグスタ社が構想中のエリカ想像図

人類の飛び方が変わる

 改めて、ティルトローターの歩んできた苦難の道を振り返ってみよう。別表に見るように、ベルXV-3実験機の初飛行から半世紀、XV-15実験機が飛んで四半世紀余り、V-22オスプレイの初飛行から見ても、早くも15年が経過した。

 この間V-22は1991年と92年、試験飛行中に事故を起こした。一時は飛行停止に追い込まれたが、事故の原因が電気配線のミスだったり、油洩れによるエンジン・ナセルの火災だったりで、ティルトローターの本質にかかわるものではなく、設計仕様の変更によって1993年飛行再開となった。

 その結果、1999年から海兵隊向け実用機の納入が始まった。ところが再び同じようなことが起こり、2000年4月と12月に死亡事故が発生した。特に4月の事故は急降下に伴ってボルテックス・リング・ステート(VRS:渦輪状態)におちいったのが原因だったため、ティルトローターそのものが危ぶまれ、計画中止にもなりかねない事態となった。

 VRSはパワーセットリングとも呼ばれ、ロータークラフトが急角度で降下しながら降下率を上げ過ぎると、ローターが自分のダウンウォッシュの中に入ってしまい、揚力を失って落とされる。ヘリコプターではよく知られた現象で、軽い機体に直径の大きなローターをつけた小型機に起こりやすい。しかし最近のヘリコプターはローター回転面が比較的小さく、ディスク・ローディング(回転面荷重)が大きくなったためにVRSはほとんど生じなくなった。

 V-22も回転面荷重は、むしろ大きかった。ところが事故機は敵地の中から人質救出という作戦訓練をしていたため、急降下をしながら急旋回をした。そのため片方のローターがVRSに入り、揚力のアンバランスが生じたのである。

 こういう空力的な現象が事故原因ということになると、専門家以外にはよく理解できない。それだけ不安がつのり、結果としてティルトローターは危険な航空機という印象ばかりが強くなる。そのためV-22は実用段階に達していながら、飛行再開まで1年半を要し、再開後も安全性確認の試験飛行をやり直すということになってしまった。

 BA609も当然、影響を受けた。初飛行の日程が1年も2年も遅れ、一時は計画そのものが中止という報道も流れたほどである。試験飛行がはじまってからも、技術者がV-22に取られているせいか、なかなか先へ進まない。

 しかし現状は、剣が峰にさしかかったところである。もう少しで前途が開ける。人類の飛び方が変るときが近づいた。

(西川 渉、2004.5.25/『航空ファン』2004年6月号掲載に加筆)

 

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