<Bird Strike>

ヘリコプターと鳥の衝突

 去る1月15日、ニューヨークで大きな旅客機が鳥の群にぶつかり、ハドソン川に不時着水をしたと思ったら、その後も何件か旅客機と鳥の衝突ニュースが伝えられた。そして、ついに日本でも3月18日ドクターヘリが鳥と衝突するに至った。

 この事故は近くの駐車場に不時着して事なきを得たのは不幸中の幸いだった。こうした事故は珍しいとはいえ、救急飛行以外では日本でも前例があり、惨事を招く可能性もあって、油断はならない。

 このドクターヘリを飛ばしている聖隷三方原病院の院長補佐、岡田真人先生からは、当日つぎのようなメールをいただいた。

「本日午前中、静岡県西部ドクターヘリが救急現場への飛行中に鳶のような中型の鳥と衝突し、左キャノピー下面を破損して鳥が機内に飛びこむ事故がありました。

 幸い乗員4名には被害はなく、近くの遊園地の駐車場に緊急着陸し負傷者はありませんでした。救急患者についてもほとんど事故の影響を受けることもなく、医師による治療も早期に開始することができました。

 1999年4月から飛び始めた医療用ヘリコプター事業ですが、ちょうど10年を経て、機体が損傷するバードストライクは初めての経験でした。幸いなことに最近では今回のような事態も想定し、搭乗者全員がヘルメット等の安全対策を徹底しているので大事にいたらなかったと思います」

 このメールの後、いくつかの新聞がこのニュースを報じた。静岡新聞は3月19日付けで「ドクターヘリ鳥と衝突、風防に穴」の見出しで要旨次のように書いている。

 3月18日午前9時40分ごろ、聖隷三方原病院のヘリポートを飛び立ったドクターヘリが高度約240メートルを飛行中に鳥と衝突、機体の左前方部に直径30センチほどの穴が開いた。ヘリコプターは近くの遊園地「浜名湖パルパル」の駐車場に緊急着陸した。乗務員や同乗していた医師ら計5人は無事だった。

 ヘリを運航していた中日本航空は、ドクターヘリが鳥とぶつかって機体に穴が開き、緊急着陸するのは国内では初めてではないかという。

 浜松市消防本部によると、同日午前9時半ごろ、90歳代の男性が急病との救急要請を受け、救急車を派遣するとともに、ドクターヘリに機長と整備士2人、医師、看護師を乗せて急行する途中だった。

 機長によると、着陸予定地の小学校グラウンドから北東約1キロ付近を飛行中、前方から2羽の鳥が飛来、避けようとしたが避けきれず1羽が副操縦席の足元付近に衝突し、アクリル製の風防を突き破ったという。

 鳥は体長約40センチのトビとみられる。周辺住宅への落下物の危険を避けるため、機長は病院と交信し遊園地の許可を得て、緊急着陸を決めた。衝突時、ヘリは減速中で時速約150キロで飛行中だったという。

 副操縦席にすわっていた整備士は「視界から鳥が消え、避けたと思った瞬間、ドンという大きな音がして、操縦席の足元に鳥がいた」と驚いた様子で語った。ヘリが緊急着陸したため、救急患者は救急車で同市内の病院に搬送された。


(上の写真とも:岡田先生)

 3月19日付の産経ニュースは「ヘリコプターが鳥と衝突し、遊園地の駐車場に緊急着陸」と題して、概略次のように報じた。

「18日午前9時45分ごろ、聖隷三方原病院のヘリポートを飛び立ったドクターヘリ(EC135)が高度約240メートルを飛行中、前面下部の風防に鳥が衝突し、直径20〜30センチの穴が開いた。

 国土交通省によると、ヘリは救急要請にもとづき中日本航空が運航。患者を収容するため、同区庄和町方面に向かっていた。関係者の話では、ヘリは2羽飛んでいた鳥を避けようとしたが、1羽(体長約30センチ)が強化プラスチック製の風防を突き破り、機内に飛びこんだという。

 また日テレ・ニュースの概要は次のとおりである。

 浜松市西区で18日、遊園地の駐車場にドクターヘリが緊急着陸した。鳥と衝突して窓が割れたためで、乗員ら5人にケガはなかった。

 ヘリコプターは継続飛行も可能だったが、安全策を取って衝突2分後に緊急着陸した。そこへ救急車が駆けつけて医師らを乗せ、患者を病院へ運んだ。

 アメリカでは去る3月7日、4人乗りの救急ヘリコプターが大きな鴨に衝突、風防を砕かれた。

 同機は午後8時10分頃、患者を乗せて病院の屋上ヘリポートへ向かっていた。そしてヘリポートから数分前のところで大きな鴨にぶつかった。高度は210m付近、速度は250km/hを超えていた。

 鴨は風防を破って右席の機長の顔に当たり、片目を負傷させた。後席には患者のほかにフライトナースとパラメディックが乗っていたが、その1人も右足にけがをした。計器パネルのスィッチ類もいくつか損傷した。

 乗員たちは鴨がぶつかったとき、ヘリコプターが爆発したかと思うような音を聞いた。しかし機長は冷静に判断し、屋上ヘリポートへの着陸をやめて、近くの拠点ヘリポートへ向かうことにした。

 このとき機長はけがをしながらも後席をふり返り、拠点ヘリポートへ緊急着陸すると告げた。病院屋上への着陸は、危険が多いと判断したためで、拠点ヘリポートに無事着陸すると、患者はそこから救急車で病院へ搬送された。

 機長の冷静な判断と行動は、ハドソン川で155人の命を救ったUSエアウェイズの機長の英雄的な行動にも匹敵するものとされている。

 翌日午後までにヘリコプターは清掃された。格納庫のコンクリートの床には、まだ点々と血の痕が残っていたが、これは機長の血でカモの血ではない。機長は58歳。35年の操縦経験をもつベテランで、2004年から救急ヘリコプターのパイロットとして飛んでいた。


アグスタA109ヘリコプターは奇跡の生還をしたが、
鴨はDOA(Dead on Arrival)であった。 

 衝突した鳥が機内に飛びこんできたために、上の例では機長が片方の目にけがをしたようだが、米航空医療学会誌「エアメディカル・ジャーナル」2006年の記事には、同年8月14日ミズーリ州スプリングフィールドで、エアメッソード社のBO105救急ヘリコプターが救急現場出動のために離陸して約5分後、1羽のガンにぶつかった。パイロット側の風防が壊れ、鳥が機内に飛び込んできた。クルーは全員ヘルメットをかぶり、バイザーを下げていたので死傷者はいなかった。機は直ちに拠点ヘリポートへ戻り、機体も乗員も事なきを得たと書いてある。つまり鳥衝突に対しては、頭を防護するヘルメットと顔面を防護するバイザーの両方が必要、かつ有効というわけである。

 ヘリコプターと鳥の衝突は、しかしながら、いつも無事に生還できるとは限らない。

 今年1月4日、メキシコ湾で石油開発の支援にあたっていたシコルスキーS-76Cヘリコプターが墜落した原因も鳥衝突と見られている。同機には石油開発の技術者など8人が乗っていて、全員が死亡した。

 この事故調査にあたり、NTSB(米運輸安全委員会)は初めのうち、なかなか事故原因を見つけることができなかった。搭乗者全員が死亡したのと、エンジンやローターなど機体の残骸に損傷がなかったためである。

 ところが風防だけは大きく破損しており、その中央にあるセンターポストも折れていた。またコクピット・ボイス・レコーダーを分析すると、突然バーンという大きな音が響き、激しい風の音がして、両エンジンの出力が落ちたことが判明した。

 そのため速度が低下、さらに高度が下がって、最終的に墜落したものと推定されるに至った。

 こうしたことからNTSBは鳥衝突が事故の原因と見ている。鳥衝突のためにエンジン出力が落ちたのは、風防のかけらや衝撃力がスロットルに影響し、エンジンは停止状態に近くなったものという。

 事故当時、S-76は高度210mを速度220km/hで飛行していた。このような低空では、パイロットが姿勢を立て直す暇もない。

 なおシコルスキー社は間もなくアクリル製の風防を取りやめると共に、現に使用中の運航者にも取り替えを勧告するもよう。この風防は軽量化には役立つが、強度不足のおそれがあるため。

 アメリカには「鳥衝突委員会」があって、その集計によれば1988年以来鳥衝突による航空機の死者は最近までに195人。また航空界の受けた損害額は6億ドルと見られる。

 さらに1990〜2004年の間にFAAに報告された米国内の鳥衝突は56,000件を超えるという。

 北アメリカでは鳥衝突が増えている。というのは環境保護運動や動物愛護運動の高まりで、1970年代以降、鳥の数が急速に増えてきたためである。

 鳥衝突の対策はむつかしい。この問題は昔から今日まで、ほとんど解決できないままである。

 日本の航空保安協会も平成21年度事業のひとつとして、空港ごとの鳥の種類と行動、出現状況、採餌状況、植生と環境などを調査し、基礎データを作成して、航空機と鳥の衝突防止対策に役立てる計画を進めようとしている。

(西川 渉、2009.3.25) 

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