イギリスのヘリコプター救急

――住民の寄付が基盤――

 

 

 英国のヘリコプター救急は少しばかり特異なところがある。それはヘリコプターの経費がほとんど寄付金によってまかなわれていること、全国各地で個々バラバラにおこなわれていること、そしてまだヘリコプター救急の行き渡っていない地域が多いことである。

 しかし最近、必要あってイギリスの状況をインターネットで調べていたところ、1997年に全国的な統一組織をめざす「英国エア・アンビュランス・サービス協会」(NAAAS)ができていたことを知った。それというのも寄付金だけでは資金不足におちいりがちで、充分な費用がまかなえない。そのしわ寄せは、どうしてもヘリコプター会社にくるためであった。

 救急ヘリコプターの運航は気象条件の許す限り1年365日、1日の休みもない。人の命にかかわる仕事だから当然ではあるが、そうした崇高な任務にたずさわっていながら、経済的にむくわれないというのは矢張りおかしい。その点を解消して、さらに救急関連の諸問題を話合い、関係者が団結して最終的には国や州政府を動かすのが目的。加盟者はヘリコプター運航会社を初め、緊急問題の専門家、救急専門医だが、航空局も入っている。

 その甲斐あってか、最近NAAASに対し英自動車連盟(AA)が向こう3年間に1,400万ポンド(約28億円)の資金協力をすることになった。これで7機のヘリコプターを導入し、現在11〜14か所でおこなわれているヘリコプター救急を20か所程度に広げる計画である。

 イギリスの国土面積は244,000平方キロで、ドイツの7割弱。ドイツが現在50機の救急ヘリコプターで全国をカバーしているとすれば、その7割、35機程度のヘリコプターが欲しいところだが、最初から贅沢はいえない。まずは3年間で理想の半分余りを達成し、残りの15機はそのあとで考えようということではないか。寄付金だけでそこまでいけば、あとの分は国や自治体も放っておくわけにはいかなくなるであろう。 

 ヨーロッパの多くの国が統一的な組織でヘリコプター救急を促進し、運営している中で、なぜかイギリスだけは国や自治体が手をさしのべようとしなかった。したがって現在おこなわれている14か所のヘリコプター救急も、11か所が寄付金でまかなわれ、あとの3か所も警察の副次的な活動にすぎない。

 寄付金は人びとの善意と努力が頼りだから、必ずしも充分ではなく、安定もしない。事実、ロンドン市内のヘリコプター救急HEMSは、デイリーエクスプレス新聞社の支援によって1988年に発足、8年間にわたってヘリコプターの運航費を負担してきたが、97年初め支援を打ち切りたいという意向を表明したことから、消滅の事態に追いこまれた。幸いにしてヴァージン・グループのリチャード・ブランソン会長が後を引き受け、今も運航が続いている。

 またノーザンブリア・アンビュランス・サービスは、これも寄付金によって1994年6月から運航がはじまった。ユーロコプターAS355小型双発ヘリコプターを買い入れたが、年間運航費は30〜40万ポンド(約8,000万円)で、寄付金だけではなかなか苦しい状態にある。

 そこで、この救急組織は「エア・アンビュランス籤」を発行して資金を集めている。その仕組みは組合員を募って会費を集め、毎週25ペンスを払うと最大200ポンドが当たるというもの。組合員は地元住民を中心として最近までに7,000人が加入しているが、ヘリコプターの運航費にはまだ9万ポンドしか貢献していない。

 なお、ノーザンブリア・アンビュランス・サービスは、英国の救急ヘリコプターとしては最初にして唯一の夜間飛行が認められている.

 イングランド西南部、コーンウォール・エア・アンビュランスは、発足が1987年4月1日。英国初のヘリコプター救急だが、ほとんどが地域住民の個人的な寄付と努力によって維持されている。住民たちがお金を持ち寄って基金をつくり、ヘリコプターをチャーターして救急飛行をはじめたのである。

 毎月のヘリコプター運航費は35,000ポンド(約700万円)。その半分近くは、ここでもエア・アンビュランス籤によってひねり出し、2割程度が企業からの寄付、ほぼ4割が住民の個人的な寄付である。そこまでしてヘリコプターを使うのは、広大な農業地帯で大きな病院が少なく、道路が不充分で交通事故や急病など不意の救急には間に合わないためである。

 発足以来10年ほどの間にヘリコプターで搬送された救急患者は7,500人余り。その中には、ヘリコプターがなければ死亡したかもしれない人が数多く含まれている。住民たちのヘリコプターに対する信頼と感謝の念は並々ならぬものがあり、このシステムを「われらがエア・アンビュランス」と呼び、英国初のヘリコプター救急であることを誇りとして、ヘリコプターで救出されながら亡くなった人の遺産を寄付する遺族もいるという。この何年かの間にイギリス各地で住民の寄付によるヘリコプター救急がはじまったのは、こうしたコーンウォールの実情が少しずつ知られてきたからでもある。

 そしてこのほど、公的機関から見放されたような英国のヘリコプター救急も、ようやく冒頭に述べたような統一組織、NAAASが結成され、AAの支援を受けて全国的な救急ネットワークの構築に向かって動き始めた。市民の寄付という呼び水によって、やがては国や自治体も乗り出してくるにちがいない。

 ひるがえって日本では、ヘリコプター救急のための寄付などはとても考えられない。それどころか、ヘリコプター救急そのものが不要という人の方が圧倒的に多いように見える。日本が救われるのは、いつのことであろうか。

(西川渉、『WING』、99年7月14日付掲載)

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