<V-22・BA609>

ティルトローター機の操縦

実用機としての地位確立

 ヘリコプターと飛行機の両方の特性を兼ねそなえた航空機――ティルトローター機は、ひと口にそういうことができよう。

 けれども、その特性は必ずしも半々ではない。操縦感覚からすれば、高速で長距離を飛べるヘリコプターというよりも、垂直離着陸の可能な飛行機といった方がふさわしい。なぜならティルトローター機はいったん高空に上がると、ターボプロップ機と変わらぬ操縦操作によって自在に飛ぶことができるからである。

 とはいえ、ティルトローター機は当然のことながら、ターボプロップ機ほど単純ではない。構造的にも、プロップローターのついたナセルを垂直に立てた状態から水平位置にまで動かす必要があり、操縦も垂直飛行のためのヘリコプターモードと巡航飛行のための飛行機モードの間で遷移操作をしなければならない。

 かつては、この遷移状態のまま急降下をして、実用訓練中のV-22が事故を起こし、ティルトローターの本質的な欠陥とみなされたこともある。2000年に発生した連続事故とその後1年半の飛行停止など、一時はティルトローターそのものが葬り去られるかもしれない危機に直面した。

 当時、合わせて3件の事故によって30人の海兵隊員が死亡したことから「未亡人製造機」(Widow Maker)と揶揄された。その後遺症は今も残っていて、米「タイム」誌などは2007年9月26日号で"Flying Shame"(空飛ぶ恥さらし)という特集記事を掲載、イラク戦争への派遣を非難した。

 これに対する軍や航空界の反論は、2002年5月の飛行再開から数年間にわたる再評価試験で4,000時間近く飛び、さらに実用試験や訓練飛行を重ねて、この5年間の飛行時間は26,000時間に達する。むろん無事故で、V-22は今や安全かつ効果的な実用機として、その地位を確立するに至った。

 2007年9月にはイラク戦争にも10機が送りこまれ、作戦任務を果たしている。そして2008年5月、V-22オスプレイの製造にあたってきたベル・ヘリコプター社とボーイング社は量産100号機を完成した。同機は海兵隊向けMV-22の92番機にあたり、残り8機は米空軍の特殊作戦指令機として引渡されている。

 では、ティルトローター機はどのようにして飛ぶのか。MV-22オスプレイの操縦教本を覗いてみよう。

オスプレイの構造的特徴

 まずMV-22とはどのような航空機か。写真で見るように高翼の双発機で、胴体には軽量の複合材が使われている。主翼は前方6°の前進翼で、3.5°の上反角がつく。両端にはロールスロイスAE1107Cリバティ・ターボシャフト(6,150shp)2基が装備され、大きなエンジン・ナセルに包まれる。

 ナセルの先端には3枚ブレードの「プロップローター」がつく。単にローターといわずにプロップをつけるのは、普通のヘリコプターのローターブレードが柔軟でひねりが少ないのに対し、V-22のそれは硬くて深くねじれ、高速で回転する大きなプロペラになっているからである。

 左右のプロップローターはコネクティング・シャフトで連動しており、片発停止の場合でも一方のエンジンで両方のローターを駆動することができる。

 ナセルは垂直に立った状態から前方へ水平になるまで回転する。実際は垂直(90゚)よりもやや後方へ96゚まで傾く。

 コクピットは左右に並んで2人のパイロットがすわり、いずれも装甲板で保護されている。主キャビンは銃手2人と兵員24人、もしくは負傷兵12人分のリッターが搭載できる。また機外吊り上げ能力は最大2万ポンド(約9トン)に達する。

 パイロットと操縦システムとのインターフェースはコクピット・マネジメント・システム(CMS)が基本である。多機能ディスプレイ(MFD)4面から成り、従来の普通の飛行機に見られるような飛行計器や各装備品の作動計器に代るもので、パイロットはこれだけを見てあらゆる操縦操作ができる。特に右側のMFDはナセルの傾き、高度、速度が表示され、非常に見やすい。

 操縦系統は2重のフライ・バイ・ワイヤ。1系統が故障しても正常に操作することができる。

 作戦任務の遂行に使うコンピューターは、軍用機として最も重要なシステムだが、独立した2台のうちひとつが主装置、もうひとつが補助装置として働く。補助の方も主体装置と同じデータを受け取り、所定の作業をしながら主体の作動をモニターし、主体装置の方に不具合が生じたときは直ちに取って代わることができる。

 電波高度計はV-22が地表に近い低空飛行をするにはきわめて重要な計器で、地表面からの高さゼロから4,500フイートまでの高度を、誤差3フイート以内で正確に表示する。 

 ナセルの傾きを示す計器は、90°でヘリコプターモード、0°で飛行機モード。その途中0°から35°までは、飛行機よりもややナセルが持ち上がった状態で、フラップ位置や速度が適切でなければ失速警報音が鳴り出す。

離陸から着陸まで

 さて、V-22はナセルを85°以上の垂直に立てた状態で垂直に離陸する。このとき左手はスラスト・コントロール・レバー(TCL)に置いて、前方に押しながら出力を上げる。振動と騒音が増し、車輪が地面を離れると、機体がわずかに横へ引っ張られるように揺れる。それを操縦桿の当て舵で支えながら垂直に20〜30フイートまで上昇すると、やがて横揺れも振動もなくなる。

 初心者はここでホバリングをしながら、ペダルを踏みこんでホバリング旋回を体験するのもよいであろう。またロール・トリムや操縦桿を使って機体を左右に傾け、横進飛行を試みておくのもよい。機体が1°傾くごとに横進速度は5ノットほど増加する。

 前進飛行に移るにはTCLを押して出力を上げながら、TCLの右側にあるナセル・トリム・ボタンを親指の腹で操作し、ナセルをゆっくりと前方へ傾けてゆく。速度が20〜30ノットになると遷移揚力がついて機体が上昇しはじめる。高度を上げずに、維持するときは出力を落とせばよい。

 ナセルがさらに前傾し、速度が増すと操縦翼面の効きが出てくる。そうなると、これはもうヘリコプターではなく、飛行機である。機体重量はローターに代わって、翼によって支えられる。やがてナセルの傾斜計が0°を示し、V-22は完全な飛行機モードに入る。そこでエンジン出力をしぼると、振動も騒音も小さくなる。

 水平飛行から降下に移るときは、TCLを引いて出力をしぼりながら、トリムを操作してゆっくりとナセルを立ててゆく。速度が40ノットくらいまで下がると、翼の遷移揚力がなくなるので出力を上げるなければならない。このとき降下率が大きくなり過ぎないように注意する。

 機体が地面効果の生ずる高さまで下がると、地面にはね返った気流が機体後部を持ち上げ、機首下げの姿勢になりかねない。この調節は簡単にできるが、高度5フイートを過ぎるあたりで気流が乱れるので、ヘリコプターのようにここでホバリングをして呼吸をととのえるのではなく、一気にエンジンをしぼって接地するのがよい。

滑走離着陸の操作要領

 次は滑走離陸である。ナセルをやや前傾させ、75°から60°くらいにして滑走する。滑走路の端でブレーキを外すと、機体が走りはじめる。傾きが60°に近いと滑走距離は長くなるが、出力は少なくてすむ。徐々に出力を上げ、速度がつくと揚力が増し、TCLをいっぱいに押すと最大出力で地面を離れる。

 高度2,500フイートまで上昇し水平飛行に移るとしよう。このときMV-22は双発ターボプロップ機とまったく変わらない。

 滑走着陸は、どのようにしておこなうのか。これもターボプロップ機と同様だが、降下角は5°くらいが最適である。ナセルはわずかに前傾した状態で立てておく。機体が地面に近づくと、接地の際の降下率が大きくなりすぎないように、やや出力を上げる。接地時の速度は40ノット余り。接地と同時にエンジン出力を最小限にしぼり、ナセルを立ててブレーキをかけ、機体の前進速度を落とす。

 なお、ナセルは初めから真っ直ぐ立てた状態で滑走着陸する方法もある。ヘリコプターの滑走着陸と変わらない。

 海兵隊の訓練の中には、砂漠の土煙が舞い上がるブラウンアウトの状態での着陸も含まれる。ナセルを垂直に近い88°に立て、接地点の上40フイートでホバリングし、自動操縦装置に前後左右の位置と高度を打ちこみ、そのまま手を離して接地すればよい。風防の外は茶色い土煙で何も見えなくなるが、V-22はちゃんと目的の場所に降りることができる。いうまでもなく、これは中東の砂漠地帯での戦場を想定した訓練である。

 もうひとつ、V-22を操縦する上で忘れてならないのは、ボルテックス・リング(VRS: Voltex Ring State)である。これはヘリコプターを含むロータークラフトの全てに共通する現象で、自分で自分の吹き下ろし気流(ダウンウォッシュ)の中に入ってしまい、揚力を失って落下することをいう。

 V-22の場合は、ナセルを65°以上に立て、前進速度60ノット以下で毎分800フイート以上の急速降下をすると、VRS状態におちいって地面に叩きつけられるおそれがある。つまり高い沈下率でほぼ垂直に降下すると、自分自身のダウンウォッシュの中に入って揚力を失うのである。無論こんなとき、V-22は「沈下率……沈下率……」という警報音を発する。

ボルテックス・リングからの脱出

 このようなVRSはヘリコプターにも起こり得る。特に昔のヘリコプターは、その危険性が高かった。

 たとえばベル47などは、軽い機体に直径の大きなローターをつけて、いわばふわふわと飛んでいた。したがってローターの回転面を下向きに通過する気流の速度も比較的遅い。そのため降下率がちょっと大きくなると、すぐ吹き下ろし気流の速さに近づき、それを通り超してVRSにおちいる。

 それに対して、最近のヘリコプターはローター直径が比較的小さくなって高速飛行をするものが多い。そのためローターの回転面にかかるディスク・ローディング(回転面荷重)が大きくなり、吹き下ろしも速くなった。したがって降下率を少々上げても、なかなかVRSには入らない。

 そうなると、ヘリコプターをつくる方も飛ばす方も、いつの間にかボルテックス・リングのことなど忘れてしまう。理屈の上では分かっていても、実際面、実行面では置き忘れたような状態になる。

 そんな中で2000年のこと、ほぼ完成したV-22が連続して事故を起こした。特に同年4月の事故では乗っていた19人の海兵隊員全員が死亡し、12月には4人が死んで、直ちにV-22は飛行停止となった。

 事故原因はVRSが疑われた。もとより事故機の機長はボルテックス・リングの危険性は知っていたにちがいない。けれどもV-22の操縦をしながら、そういう意識はなかったであろう。実際にここから先は危険という限界規定もなかった。

 ただ、前進速度40ノットならば降下率は毎分800フイート以下という推奨値があったに過ぎない。しかし事故機は、この限界を超えて毎分1,000フイートで急降下していた。というのは、この訓練が敵地の中で人質にとらわれた味方を救出するという想定でおこなわれていたからである。

 V-22はそれから1年半にわたって飛べなくなった。この間、事故原因が解明され、対策が開発された。第1は降下率が大きすぎる場合の警報装置をつけたこと。第2は警報が出たら直ちに降下率を下げるという操縦操作要領を定め、それでもVRSから脱出できないときは、第3の手段としてナセルを2秒間で前方に倒し、同時に操縦桿を前に押して脱出するという緊急操作を開発したことである。

エンジン停止時の緊急操作

 ティルトローターのもうひとつ重要な緊急操作は、エンジン停止の問題である。片発停止の場合は、残った1発だけで正常な飛行ができるが、2発目の停止を考え、いつまでも飛びつづけるのではなく、近くに適当な空き地を探して不時着するのが望ましい。このときナセルは水平状態から30°持ち上げ、進入速度は140〜150ノットとする。

 この状態ならば接地の直前、短時間でヘリコプターモードにすることができるし、ナセルを長時間にわたって30°以上の遷移状態にしておく必要がない。また残りの1発が止まったときにも直ぐに対応できるからである。

 次にエンジンが2基とも停止した場合、ナセルが60°以上の立った状態で飛んでいたときは、スロットル・レバーを手前いっぱいに引くと共に、ナセルを垂直に立て、気流を受けたプロップローターが回転数を維持しながら最大限の揚力を発揮できるようにする。そして対気速度110ノット、降下率毎分5,000フイートを維持しながらヘリコプターに準ずるオートローテイションをおこなう。このときフラップを0°にすると翼の揚力がなくなり、ローターの荷重が増えて、回転が維持できるようになる。こうして地面に近づいたならば、フレヤをかけて速度を60ノットまで落とし接地する。

 もうひとつは飛行機モードで飛んでいたときの両エンジン停止で、ナセルを水平にしたままプロップローターを空転させつつ、滑空降下してゆく。これは普通の飛行機の緊急対応と変わらない。ちなみに現実には、V-22のエンジンが2基同時に停まった例はない。

 かくてオスプレイは、計画着手から苦節25年をかけて、ようやく実用段階に達した。初飛行は1989年3月19日。それから20年近くたった2007年9月17日、米海軍の艦艇でペルシャ湾へ向かった。海兵隊10機のMV-22による初陣である。

 イラクでの最初の3ヵ月間の運用実績は、23人のパイロットで2,000時間以上の飛行をして、6,826人の兵員または人員と、約300トンの資材を運搬した。さらに輸送任務ばかりでなく、戦闘攻撃や武装偵察、負傷兵の護送などにもあたった。

 この間、当然のことながら、事故その他の問題は何も起こしていない。可働率は平均68.1%。最近は8割程度に上がったようだが、大半は部品補給の遅れによるもので、V-22自体の本質的な不具合は少なく、可動態勢100%という日もあった。

 こうした実績からアメリカ国防省は2008年3月28日、104億ドル(1兆円余)の予算を計上して、5年間のV-22調達計画を承認した。これにより海兵隊はMV-22を141機、空軍はCV-22を26機追加する。最終的にはMV-22は360機、CV-22は50機、海軍のMV/HV-22は48機が製造される計画である。

民間向けBA609の特徴

 軍用型ティルトローター機V-22のことだけで、紙数はほとんど尽きたが、最後に民間向けBA609について少しだけ触れておきたい。

 BA609はベル・ヘリコプター社がV-22の後を追って開発に乗り出したティルトローター機である。その後イタリアのアグスタウェストランド社との共同開発に変わり、現在は両社半々の負担で作業が進んでいる。もっとも、最近はアグスタ社の方が積極的で、開発作業の負担もベル社より大きくなりつつある。

 原型機は2003年3月7日アメリカで初飛行、2号機は2006年11月9日イタリアで初飛行した。この2機による試験飛行は2008年9月末頃までに365時間になった。今後は両社でさらに1機ずつ、3号機と4号機が飛び、試験飛行を続けることになっている。

 BA609の特徴のひとつはフライ・バイ・ワイヤの操縦系統。もうひとつは機体の総重量に対するエンジン出力、つまり出力重量比の大きいことで、垂直離着陸機の中では最も高い。したがって燃料満タンで乗客6人を乗せ、標高ゼロの地点から離陸した場合、離陸直後に片発が停止しても、そのまま飛びつづけて、元のヘリポートに安全に着陸することができる。エンジンはP&WC PT6C-67Aが2基。

 最大離陸重量は7,620kg、有効搭載量は2,500kg。乗客は6〜9人乗り。キャビンが余圧されているのもロータークラフトとしては初めての特徴で、高度25,000フイートで機内は8,000フイート相当の気圧が維持できる。防氷装置もついていて、計器飛行が可能。

 飛行速度は最大275ノット、巡航250ノットだが、飛行試験では310ノットを記録した。横進速度は35ノットである。

 実用上昇限度は25,000フイート。片発でも12,800フイートまで上昇できる。さらに最大離陸重量でのホバリング高度限界は5,000フイートである。

 航続距離は最大1,300km。

型式証明はパワードリフト機

 BA609は、最近までの受注数が80機以上という。15万ドルの前渡金が支払われた機数である。実際の引渡しがはじまるのは型式証明を取ったのち、2011年か12年初めになる。

 民間機としての型式証明は「パワードリフト機」という新しいカテゴリーが設定される。これは飛行機とヘリコプターの既存の安全基準に遷移飛行の基準を加えたもので、基本条件はすでに固まっているが、細部についてはまだ米FAAや欧州航空安全局(EASA)とメーカーとの調整がつづいているらしい。

 BA609の用途は、海上の捜索救難、沖合遠くの海底油断開発の支援などが考えられる。特に米沿岸警備隊はBA609で洋上500kmくらいまで進出し、捜索救難はもとより不法入国、麻薬取引、密漁などの監視にあたるとか。そして社用ビジネス機としては要人6人乗りで、まさしく垂直離着陸の可能なヘリコプターでは遠すぎるが、ビジネスジェットには近すぎるような区間に適する。

 ところで2001年春のこと、ベル・ヘリコプター社に近いダラスで、アメリカ・ヘリコプター協会から発展した国際ヘリコプター学会AHSインターナショナルのティルトローターに関する特別研究会がおこなわれた。筆者は、そこで日本におけるティルトローター輸送への期待について話をする機会を与えられた。

 それはともかく、2日間の会合のあと、数十人の参加者たちはベル社に招かれ、開発工場にあったXVー15を見せて貰った。まだBA609が飛ぶ前で、その前身ともいうべき実験機である。キャビンの中を覗きこむと、中央の床面に大きな穴があいていた。何か薄い物で覆ってあり、周囲には柵があったが、飛行中に万一のことがあったら、ここから落下傘をつけて飛び降りるという説明。開発スタッフの覚悟のほどが分かるような気がした。

 もうひとつ、コクピット・パネルには、ナセルの傾きを示す計器が取りつけてあった。「こんな計器は他の航空機には見られませんよ」という説明で、90°から0°までの目盛りが刻んであり、たしかに初めて目にする計器であった。

 そのあと、これを飛ばして見せるということになり、無論われわれは地上で見ていたのだが、1人だけカナダのバンクーバーでヘリコプター定期便を飛ばしているヘリジェット社の副社長が特別に副操縦席にすわった。

 この人は筆者も前々からの知己で、上空では操縦もさせて貰ったらしく、降りてきたところをつかまえて感想を聞くと、いささか興奮気味に「素晴らしい」と声をはずませ「このようなティルトローター旅客機を、わが社でも運航してみたい」という答えだった。

 その日が早く実現することを期待したい。

(西川 渉、『コクピットイズム』09号/2008年11月刊掲載、2009.3.11)

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