<米大統領機>

欧州生まれのUS101

  

大統領機の光輝ある受注

 今年の「ヘリエクスポ2005」は去る2月6日から3日間、ロサンゼルス近郊で開催された。その初日、記者会見を兼ねた朝食会でアグスタウェストランド社のトップは「どうだ、やったぞ」と言わんばかりの第一声を発した。米大統領機の受注を誇らかに発表したときのことである。

 会見室の壇上には、アグスタウェストランド社の役員たちが明るい表情で居並ぶ。その中からジュセッペ・オルシー会長が高揚した顔で立ち上がった。

「わがUS-101ヘリコプターは、ロッキード・マーチン社とベル・ヘリコプター社の協力を得て、光輝あるアメリカ大統領機の受注に成功しました」

 この最初の一言で、会場には大きな拍手がわき起こった。

「今日ここに、その受注を発表できることは、このうえない光栄であります。わが社の歴史にも、輝かしい1頁が刻まれました」

「大統領機の選定に勝利したことは、アグスタウェストランド社がヘリコプター界のリーダーとして認められたことであります。これで世界のヘリコプター界の先頭を切って走ることとなりました」

「US-101が大統領機として選ばれた根拠は、アメリカ政府の説明によれば、技術的にすぐれていること、豊富な実績があること、そして経済性の高いことであります」

「ホワイトハウスをめざす競争は、平行しておこなわれていた大統領選にも似た苦しい闘いでした。この闘いの間、さまざまな論議がありました。しかし、わがUS101チームは、過去何十年にわたって大統領機をつくってきた競争相手を打ち負かし、最良のチームによる最良の機材という正しい選択の結果を獲得しました」

「かくて、われわれは世界で最も重要なヘリコプターUS-101を製造することになったのであります」 


アグスタウェストランド社の朝食会

ブレア英首相からの書簡

 ここに至るまで、大統領機の選考はどのような経過をたどったのだろうか。

 現用シコルスキーVH-3Dは1961年、今から40年余り前VH-3Aとして採用されたものの改良型だが、単に老朽化が進んだばかりでなく、現今の世界情勢に対応できなくなったというのが基本的な取替え理由。たとえば機能面では最新の通信機器を搭載するにはペイロードが小さすぎるし、保安上も今のままでは不安が残る。そうした時代遅れの感が否めなくなってきたのは数年前のことであった。

 これに対して、英伊共同開発のEH-101は早くから名乗りをあげ、イタリアよりもむしろイギリスが積極的に米政府への働きかけを始めた。2003年初めにはブレア首相がブッシュ大統領に宛てて次のような書簡を送っている。

「親愛なるジョージ。EH-101という大変すぐれたヘリコプターの存在に注目願います。われわれは貴国が政府高官用の乗用機『マリーンワン』の取り替えを検討中と承知しております。そこでEH-101が対象となり、採用されるならば、その内容の少なくとも65%は米国製とすることをお約束します」

 そのうえでブレア首相は、このヘリコプターはエンジンが3基で、米メーカーの同級機とくらべて「安全性と信頼性」が高いと念を押し、米空軍の戦場での捜索救難機としても最適であるとつけ加えた。とりわけ「本機は英空軍も採用しておりますから、将来共同作戦の遂行に当たっては相互の利便性が高いでしょう」と。たしかに当時、英国は米国の提唱するイラク攻撃に賛同し、共同作戦を進めようとしていた。

 そして最後に「この、すぐれた実績を持つ実証ずみの製品について、好意的に検討していただくことを希望します」と結び、2003年1月27日付で「永遠の友、トニー」と署名している。

 対するシコルスキー社の方は、祖国アメリカの国防省が外国製の航空機など買ったことはないし、これまで何十年にわたって大統領機をつくってきたのはわが社であるという自負があった。さらに同社の地元には「コネチカット・デレゲーション」と呼ばれる有力な上院議員グループがあり、それを通じてホワイトハウスに強力な政治的圧力をかけており、確固たる勝算を秘めていた。

 しかしまた、ブッシュ大統領のイラク戦争を、ドイツやフランスが反対する中で、イギリスとイタリアが支持したことも大きいという見方もある。


ふたりの語らい

欧州生まれのダークホース

 こうした葛藤の中で、米国防省が大統領機VXXの提案要求(RFP)を発したのは2003年12月。内容は技術的にも時間的にも、メーカーにとっては相当に困難なものであった。そのため先ず政府とメーカーとの間で解釈の違いをただすための基本的な話し合いがはじまり、2004年4月には候補機を一つに絞りたいと考えていた政府の予定が大幅に狂うこととなった。

 実際は、各メーカーからの予備的な提案が出されたのが2004年2月。それにもとづいて、さらに政府との協議がおこなわれ、最終提案が出たのは2004年11月であった。そして年末には結論を出す予定だったが、これも遅れて今年1月28日の米海軍による最終発表となったのである。

 候補機は、どうやら初めからS-92とEH-101に絞られていたらしい。とすれば、外部から見るところS-92が本命で、EH-101はまさかのダークホースであった。決定の結果を聞いて多くの人が驚いたものである。

 しかし欧州生まれのダークホースは、この2年間、米国籍を獲得するために懸命の変身を遂げた。その名もUS-101に改め、装備内容も米国製品を多用し、最終組立てはテキサス州アマリロのベル社工場でおこなうこととした。プライム契約者にも、自分は背後に回って、米軍需メーカー最大のロッキード・マーチン社を立てたのである。

 しかも、US-101は単に表面的な米国製品であるばかりでなく、米政府の困難な要求を充分に満たすものとなった。その要求が如何にきびしいものであるかは、乗員4人のほかに大統領以下14人の人員と「エアフォース・ワン」(ボーイング747)に匹敵する通信指令機器を搭載して航続距離640kmという条件があった。これを、US-101は今なお満たしていない。最初の5機は460kmという航続距離のままで、のちに最終仕様を満たすことになっている。

 一方S-92は2004年1月、アメリカ企業ばかりで構成する「VH-92チーム」を発足させた。しかし同機が政府の要求を満たすには、全く新しい航空機を開発するくらいの努力と時間が必要といわれるほどだった。そうなると、いかに米国製といい、政治的、歴史的に強力な背景があっても効力を発揮するのはむずかしい。

 こうして、米政府がUS-101を選定したのは、大統領機として余り大きな改変の必要がない。したがって所定の期間内に納入可能というのが決め手の一つであった。またUS-101の方が実用経験が長く、それだけ熟成度も高いと見られた点も大きいであろう。


ヘリエクスポに展示されたUS-101大統領機の模型

EH-101の特徴

 では、US-101とはどのようなヘリコプターであろうか。すでにEH-101として日本でも飛んでいるので、余り多くを説明する必要はあるまい。

 簡単におさらいしておくと、EH-101はイタリアとイギリスが共同開発した大型3発機である。初飛行は1987年10月9日。以来10年間の開発努力を経て実用になり、1997年に英海軍向け量産機が飛び、民間型1号機も同じ年に初飛行した。それが東京の警視庁に引渡されたのは翌98年のことである。

 イタリア海軍向けの量産機は2000年末に完成、翌年初めに引渡された。同じ2001年カナダ海軍向けの引渡しもはじまっている。最近までの受注数は146機。これに大統領機23機が加わって169機となった。

 内訳は下表の通りである。

配   備

機   数

イギリス

海軍

44

空軍

22

イタリア

海軍

24

カナダ

海軍

15

日本

警視庁

1

海上自衛隊

14

ポルトガル

捜索救難、漁船警護

12

デンマーク

捜索救難

14

アメリカ

海兵隊

23

合        計

169

 これらの機体および装備の内容は、顧客によって少しずつ異なる。たとえばエンジンは民間向けがGE CT7-6A(2,000shp)、英海軍向けがRRターボメカRTM322-01/8(2,270shp)、イタリアおよびカナダ海軍向けがフィアットGE-MTU T700-T6A1(2,145shp)を各3基ずつ装備する。US-101は当初CT7-8E(2,500shp)を装備、後にCT7-8C(3,000shp)に改める予定。

 主ローターは複合材の5枚ブレード。BERP(英国実験ローター計画)の成果を取り入れて先端の平面形がふくらんような形状になっている。これで騒音を減らし、揚力を増すと共に、耐弾性も強化された。またローターヘッドには振動を減らすために、アクティブ防振装置を持つ。尾部ローターは4枚ブレード。複合材製で耐弾性をもち、折りたたみも可能。

 胴体は、大きなキャビンと後部のランプドアが特徴。複合材が多用され、15Gの衝撃にも耐えられる。

 安全上の特徴は、主要装備品が2重または3重に取りつけられている。機体構造および動力系統は耐破壊性が強化され、雷や氷雪にも強い。燃料タンクはセルフシーリング。また大型であるにもかかわらず、騒音が小さく、敏捷な運動が可能で、高い生存能力を持つ。

 こうしたEH-101を基本に、大統領機としての総重量は15,600kg以上でEH-101より1トン以上大きく、最大ペイロードも6トン以上でなければならない。また搭載量を減らして増加タンクをつけたときの航続距離は1,300km以上という厳しい条件で、アメリカ合衆国大統領を効率よく安全に輸送できるものでなければならなかった。

23機の製造スケジュール

 大統領専用機US-101は今後軍用呼称VH-71ケストレル(チョウゲンボウ:ハヤブサ属の鳥の総称。しばしばホバリングをして獲物をねらう)として総数23機が製造される。その契約から実用化までの工程は大きく2段階に分かれる。第1段階は、先ず原型3機が製造される。うち1機は構造試験機だが、2007年なかばに引渡される。

 続いて2008〜09年の間に5機の量産先行機が製造される。初号機は2009年10月に飛行する予定。

 つづく第2段階で、本格的な量産機の製造に入る。このうち最初の3機は航続460kmだが、その後の本格生産機は航続距離が650kmまで伸びる。ちなみに今のVH-3Dは航続185kmで、速度210q/hだが、VH-71は速度260q/hになる。15機の引渡しは2013〜2015年の間。その最終段階で量産先行機の5機も改修され、エンジンを換装して量産機と同じ内容になる。こうして向こう10年間で、大統領専用ヘリコプターの取り替えがおこなわれる計画である。

 費用総額は61億ドル(約6,500億円)。そのうち17億ドルは機体の改修やソフトウェアの開発、ならびに試験機や量産先行機11機分の製造費。次の19億ドルは飛行性能向上のための開発費と機体製造費。そして残り25億ドルが完全な要求主要通りの機体製造費である。この中には量産先行型5機の完全使用機への改造も含まれる。

 なお、US-101の製造は、全体の約3分の2が米国製になる。残り3分の1がイタリアと英国でほぼ等分に分けられ、英国では胴体や主ローターブレードを製造、イタリアではトランスミッション系統を製造する計画である。

 最終組立はベル社のテキサス州アマリロ工場でおこなうが、米国内での研究開発、飛行試験、改修作業などの費用を考えると、US-101の実用化までの費用総額61億ドルは、金額的にほぼ9割が米国内で費やされることになる。とすればUS-101は、文字通り米国製ヘリコプターということになろう。

 外観は、US-101デモ機が今の大統領専用機VH-3Aと同じ塗装だったが、実際は未定。VH-3Aの塗装は1962年、当時のケネディ大統領の指示で定められた。胴体上部が白色で、残りは濃い緑色。左右には大きく「アメリカ合衆国」の文字が白く抜かれ、エンジン・カウリングに星条旗、機首両側に大統領の紋章がついている。

大統領機にとどまらない

 さて、航空機に限らないが、アメリカの市場はなんといっても大きく、どのメーカーもアメリカへの売りこみをはかっている。ヘリコプターについても例外ではなく、欧州勢は懸命に「アメリカナイズ」をめざしてきた。その結果、近年は、特に民間分野で欧州機のシェアが高まった。そのうえ今や大統領機までがヨーロッパ生まれとなった。ということは、次は純然たる軍用機についても欧州機を初めとする外国機が採用されるチャンスが出てきたことになる。

 そこで問題になるのが、現在アメリカ空軍が予定している132機の捜索救難ヘリコプターの選定である。兵員回収機(PRV:Personnel Recovery Vehicle)と呼ばれる同機は、今年5月に提案要求が出される。加えて、空軍は兵員と武器の輸送を目的とする大型輸送用ヘリコプター60機の調達計画も進めている。

 これらの機材として、EH-101は再び有力な候補となる可能性が高い。特に捜索救難機も長距離輸送機も、搭載量の大きさと航続距離の長いことが重要な要件である。大統領機として同じような要件を満たしたUS-101は、そのままこれらの任務に就くことができるかもしれない。

 そのうえ、空軍向けに改めて手を加える必要がなければ、コストもかからない。つまりUS-101は技術的にも経済的にも有利ということになる。これで、アメリカの軍事市場が世界に向けて開放されるのではないかという見方が強くなってきた。

 しかしアメリカ政府には「バイ・アメリカン」(米国製品の優先調達)という原則がある。米国にとっては経済的にも政治的にも都合の好い方針で、これが簡単に変わるとも思えない。特に政治的には、すでに政治家の間で今回の大統領機選定に対する不快感を示すむきもあり、軍用機だけは何としても米国製でなければならないとする反動的な動きも見られる。そのため保護貿易政策が浮上してきて、逆に閉鎖的になるかもしれない。

 そのことの現れかどうか、4月に入って間もなく伝えられたニュースでは、米沿岸警備隊の沖合長距離用ヘリコプターにAB139の採用が決まっているかに思われていたが、不意にシコルスキーHH-60Jを改造するMH-60Tを採用したいという考えが議会に上程されたという。むろん技術的な検討の結果が採用の理由になってはいるが、イタリア機をやめてアメリカ機にしようという国籍問題がないとはいえないであろう。

 アメリカ大統領機の選定は、各方面に大きな影響を及ぼしはじめたのである。

長年の夢が実現

 最後にもう一度ヘリエクスポの記者会見場に戻ろう。アグスタウェストランド社のオルシー会長の次に立ったアメリカ支社長スティーブ・モス氏は「われわれの作ったヘリコプターがホワイトハウスの緑の芝生で離着陸することは、私の長年の夢でした」と語った。

 この人は4年ほど前、ある新聞記者に「うちのヘリコプターをホワイトハウスに降ろしてみせる」と言って、「そんなことをすれば逮捕されますよ」と笑われたという。

 しかし「その夢が2009年には現実のものとなるのです。大統領のヘリコプターに選ばれて、これほど大きな喜びはありません」

(西川 渉、『航空ファン』2005年5月号掲載に加筆)

 

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