春の憂鬱

電網なければのどけからまし



 先週は日曜日夜から3日間ほど、いささか憂鬱な気分が拭いきれなかった。というのは、日曜日につくったホームページの原稿をいよいよサーバーに送りこもうとしてFTPを起動したところ、これが作動しない。接続ボタンを押すと、「ホアン、ホアン」といった奇妙な音を出して、システムが切れてしまうのである。

 余談ながら、いつかどこかで読んだところによると、この音は赤ん坊の泣き声を模したものらしい。日本人には赤ん坊の泣き声は「おぎゃあ、おぎゃあ」と聞こえるが、このFTPソフトは西洋人のつくったもので、彼らの耳には赤ん坊の泣き声がこんなふうに聞こえるのだろう。

 とにかく、そんな奇妙な泣き声がパソコンから発された。さてはFTPシステムがどこかで狂ったらしい。念のためにインターネット・エクスプローラを起ち上げようとすると、これまたいけない。「ジャンッ」という嫌な音と共に「インターネット・サイトを開けません。指定したファイルが見つかりません」という断りが出るだけ。接続のための画面が続かないのである。

 それからが、こちらも大わらわになった。しかし、何をやっても、エクスプローラもFTPも全く言うことをきかない。モデムか電話線がいかれたかと思って、コードを引っ張ったり、コンセントや電話のジャックをはめ直したりしたが、やっぱり駄目。

 ふと気がついてインターネット・メールにつないでみると、これはOK。ホットカフェへの接続も普段と変わりはない。とすれば原因は電話やモデムではないはずだ。

 しかし今度は、エクスプローラの過去の履歴を引き出そうとしても、これまた出てこない。どうもエクスプローラ本体がおかしくなったのではないか。そう思ったから手もとにあった最近のパソコン雑誌から付録のCD-ROMを引っ張り出して、エクスプローラ3.0のインストールまでやり直してしまった。それでも結果は変わらず、いっこうに接続画面が出てこない。

 寝床に入っても、素人の頭では原因や対策の考えようがない。せっかく作った追加のホーム頁もサーバーに送りこめぬまま、悪い夢にうなされながら寝入ってしまった。



解決策を自分で発見

 それから丸1日が経ち、ふと思いついて、マイコンピューターから「ダイヤルアップ・ネットワーク」を呼び出し、そこからサーバーへつないでみた。メッシュネットへの接続アイコンをクリックすると、今度は接続画面が出てくる。そこでOKのボタンを押すと、何とかつながる。

 そのようにしてつないでおいて、次にFTPを起ち上げる。そのまま、こちらの新作頁をサーバーへ送りこむこともできる。いつものようにクリック一発で操作が終わらないから不便ではあるが、止むを得ない。月曜日の夜遅くなって、何とか昨日の追加頁を送り出すことができた。

 しかしエクスプローラやFTPの作動が正常でないことは確かである。火曜日も水曜日も、頭のどこかに問題が引っかかっていて気が重い。といって素人には原因が分からず、手の打ちようもない。

 鬱々として水曜日の夜、寝床の中でパソコン雑誌を見ていると、その中にかすかなヒントが見つかった。それが大きくひらめいたのである。つまりエクスプローラの作動の仕方にはいろんなオプションがあって、それを自分で設定できるという記事。そんなことは前から分かってはいたが、いま改めて今回のトラブルに結びついたのだった。

 たとえばスタート頁をどこからにするか、一度表示した頁を「履歴」として何日間保存しておくか、画像の表示やサウンドの再生をするかどうか、等々。

 念のために、もしも画像表示をしないことにすればホームページの表示速度がはやくなる。またスタート頁をどこにするか。私の場合は自分のこのサイトに指定してある。インターネットが起動すれば、まず自分のホームページが画面にあらわれる仕組みである。

 そこで、このオプションの各項目を子細に見てゆくと、接続の項目に「必要時にインターネットに接続する」という文字があって、何故かその頭のチェックが外れている。その下の「プロキシサーバー経由で接続する」という項目もチェックがないが、プロキシサーバーとは何のことか意味が分からないから、分からないものは放っておこう。とにかく「必要時に……」の項目にチェックを入れた。

 そうしておいて、エクスプローラを起動してみると、「やった、やった」。うまく作動する。これで一挙に、3日間の憂鬱が晴れたのであった。



一難去って

 つまらぬトラブルだが、うまく動くのと動かないのでは、全く違う。しかも、その不具合を自分で解決できたものだからすっかり気分が高揚して気持ちが良くなり、自信がついた余りに、前々から考えていたスキャナーの購入を実行に移すことにした。ところが、これがまた新しいトラブルを招いたのである。

 昨日の土曜日、新宿の安売り屋で買ってきたスキャナーを半日がかりで組み上げて、さあ作動させようとすると動かない。画面に「このアプリケーションは CTL3D32.DLL を使っているが、これは正しいバージョンではない。CTL3D32.DLLのこのバージョンはウィンドウズNTシステムのためにのみ設計されたものである」という意味の断りが英語で出てくる。コンピューターの画面はで完全に停止したまま、どのキーを押しても何の変化も起こらない。にっちもさっちも、マウスもカーソルも何にも動かなくなってしまったのである。

 止むを得ずリセット・スイッチで逃れるほかはなく、とうとう同じ操作を10回ほども繰り返してしまった。しかし余りリセットばかり押していると、パソコン本体が狂いかねない。諦めのつかないまま一と晩が過ぎた。

 それにしても、どこからNT用のバージョンが紛れこんだのか。メーカーに電話をしたけれども、スキャナー製品自体は初めからウィンドウズ95しか考えてないから、NT用などはあり得ない。何かほかの原因だろうといって取りあってくれない。第一電話では、こちらもうまく説明できないし、向こうの言うこともよく分からない。

 私のNEC9821パソコンのどこに、そんなものがひそんでいるのか。検索して探してみると、WINDOUS¥SYSTEMの中のダイナミックリンク・ライブラリというところにあるらしい。しかし、それが何なのかよく分からない。容量は27KBという、かなり大きなものだが、これが病気の原因だとすれば、どんな手術をすれば切除できるのか。切除したときにほかのところに影響はないのか、これまたよく分からない。藪医者の手術のような結果になって、命まで落としたら大変である。

 どうにも手のほどこしようがないまま、今朝になっても半身不随の高価な機械を目の前にして、再び私は鬱に取りつかれしまった。

 インターネットとかホームページとか、こんなことに関わっていると、心はいつまでたっても晴れない。次々と不具合に見舞われるのだ。

 「世の中に絶えて桜のなかりせば、春の心はのどけからまし」と詠んだ在原業平の気持ちが、嫌というほど分かるような春の憂鬱である。

 

(西川渉、97.4.13

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