<ストレートアップ>

先進国最高の死亡率

 

 アメリカのヘリコプター救急に関するデータベースADAMS(Atlas and Database of Air Medical Services)については、本紙8月25日付でご紹介した。下図のように、全米各地のヘリコプター救急拠点を地図上にあらわし、そこから飛行時間にして10分、すなわち出動要請から15分程度で現場治療が開始できる地域を円で示したものである。


2004年10月現在のADAMS地図。

 ドイツの同じようなヘリコプター救急地図は昔からよく知られている。やはり15分くらいで治療開始ができる地域を半径50kmの円で示したもので、ドイツのほとんど全域が救急ヘリコプターの傘下にある。それに刺激されてつくったのがADAMSだが、ドイツにくべるとアメリカの医療過疎が如実に示されているようにも見える。

 この地図の2005年版が最近発表された。それと2004年版を比較したのが下の表である。わずか1年間で拠点数は68ヵ所増加し、ヘリコプター数も95機の増加となった。増加分の中には、昨年のデータ漏れも含まれるため必ずしも純増ではないが、アメリカのヘリコプター救急が今も拡大をつづけ、医療過疎の克服に向かっていることが想像できよう。

ADAMSから見た日米比較

    

米  国

日 本

2005年

2004年

ドクターヘリ

基礎データ

事業数

272

256

10

拠点数

614

546

10

ヘリコプター数

753

658

13

ヘリコプター圏内比率

面積

19.2%

14.0%

人口

71.1%

32.6%

高速道路

33.0%

25.1%

交通事故の日米比較(2003年)

自動車走行距離(億キロ)

44,603

7,934

事故死者(人/年)

42,196

8,877

死亡率(人/億キロ)

0.95

1.12

 こうしたヘリコプター救急の傘下にある面積は米国全土の19.2%、人口71.1%、高速道路は総延長距離の33.0%である。そこで、日本の現行10ヵ所のドクターヘリについてADAMSと同じような地図を描き、その傘下にある面積、人口、高速道路距離を計算したのが、同じ表の右側の欄である。

 ご覧の通り、アメリカにくらべて、いずれも少ない。日本もアメリカに劣らず医療過疎が問題になっていながら、それを克服するための努力がまだアメリカ以下であることが明らかであろう。

 その結果どんなことになるか。たとえば交通事故について、「平成17年版交通安全白書」(内閣府)にアメリカの政府資料をつき合わせながら、2003年の数字を比較してみると同じ表の下3行の欄のようになる。交通事故による死者の数は日米ともに30日以内の人数である。

 日本では通常、24時間以内の死者が集計発表されるが、このような国は世界的に余り見あたらない。事故で大けがをした人が2日以降も死んでゆく例は多いはずで、実際は15〜20%増になる。白書の集計では2003年の24時間以内の死者が7,702人、30日以内が8,877人であった。

 一方、自動車とハイウェイの国アメリカの死者は42,000人を超えている。1970年は52,000余であった。それが30年ほどかかって1万人減となったが、同じ1970年を基準としてドイツは15年で死者半減、30年で3分の1まで下がった。日本も1970年に対し、30年余で半減している。

 アメリカの事故死が減らないのは飲酒運転とスピードの出し過ぎが多いためといわれる。死者の4割がお酒を飲んで運転していたらしい。日本は近年、飲酒運転の罰則がきびしくなって飲酒事故が減少し、全体の事故件数に対して15%を切るようになった。

 しかし安心してはいけない。この表の最後の欄に見られるように、日本の死亡率はアメリカよりも高い。実は、白書が比較の対象としているアメリカ、カナダ、オーストラリア、ドイツ、イギリス、スウェーデン、オランダの中で、日本の死亡率が最も高いのである。これは事故後の救急処置に欠けるところがあるためではないだろうか。

 日本は、白書によると「世界一安全な道路交通の実現をめざす」という方針を立てているらしい。その目標を現実に照らして考えるならば、ヘリコプター救急のいっそうの普及に拍車をかける必要があろう。


 日本のADAMS

(西川 渉、「日本航空新聞」2005年12月8日付掲載に加筆)

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