<ドクターヘリの安全>

米救急飛行の事故分析 

 2009年2月ワシントンで3日間にわたって開かれたNTSBの公聴会では、シカゴ大学ブルーメン教授の証言もなされた9月27日の本頁に掲載したカナダの証言につづいて、以下はブルーメン教授の証言要約である。

―― NTSB公聴会での証言記録 ――

2009年2月3日

アイラ・ブルーメン教授(シカゴ大学病院救急医学)

 

 本日これから申し上げることは、われわれ研究グループが長年にわたって、救急ヘリコプターの事故を調査分析してきた結果であります。

 その調査結果を申し上げる前に、NTSBが1988年、救急飛行の事故59件とその他のFARパート135の飛行を比較したところ、救急ヘリコプターの事故率は10万飛行時間あたり12.34件で、他のヘリコプター事業分野の2倍に近く、死亡事故率は10万時間あたり5.4件で3.5倍に近いという結果が出ています。つまり、救急飛行は同じヘリコプターの運航ではありますが、それ自体、危険な要素をはらんでいるといえるかもしれません。

 しかし安全とは危険がないということではありません。その危険を克服することが安全なのであります。

事故件数

 さて、われわれの調査は2002年に始まりました。救急ヘリコプターの事故および死亡事故を集計し分析するものですが、その後も新しいデータを追加し、毎年秋のAMTC(Air Medical Transport Conference)で公表しながら今日に至っております。

 データの出発点は1972年です。この年から民間ヘリコプターによる救急飛行が始まりました。08年までの事故件数をたどってみますと、NTSBの報告が出た1988年頃から90年代なかばに向かって、事故件数はわずかながら減少し、98年頃から急に増加しました。そして2008年には死亡事故が一挙に増えたわけです。

 1972年から2008年までの事故は総数264件。そのうち98件が死亡事故です。また264件の事故機に乗っていた人は797人。そのうち264人が命を失くしました。

 さて、事故が増え始めた1998年以降、2008年までの11年間を取ってみますと、事故件数は146件で、72年以来37年間に起こった事故の55%を占めております。また死亡事故は50件です。近年になって事故が急増したことが分かります。

 このことは1988〜97年の10年間と98年以降の11年間を見ても、前の10年間は年間平均5件の事故ですが、98年以降の11年間は12.4件です。なぜ2倍半にもなったのか。飛行件数が増えたのか、安全性が落ちたのか、よく分かりません。しかも、この11年間は徐々に事故が増える傾向を示しています。

 こうした事故の増加について、拠点数や機数の多い地域では事故も多いという意見もあります。だからといって、それが競争の結果によるものか、単に機数が多いからなのか、はっきりしたことは分かりません。いずれにせよ、救急ヘリコプターの事故は特定地域に限ることなく、全米いたるところで起こっています。 

死亡事故

 ところが死亡事故の割合を見ると、1990年から97年までは46%だったけれども、98年以降は34%に下がった。1980〜89年の39%よりも低い。すなわち、最近11年間は事故は増えたけれども、死亡事故の割合は減ったという状況になっています。

 この11年間に救急ヘリコプターの事故に巻き込まれた人は430人です。そのうち131人が死亡しました。ちょうど3割です。死者の内訳は乗員が111人、患者は16人、その他4人です。

 ただ2008年は一挙に29人が死亡しました。ヘリコプター救急の歴史上、最大の死者です。

 救急飛行の事故は、いつ、いかなる理由で起こるのでしょうか。夜間の事故は49%です。昼夜半々といえるかもしれませんが、夜の出動件数は全体の36%です。

 事故の原因は、77%がヒューマン・エラーだそうです。最も多いのは障害物への衝突です。電線、樹木、看板、支線などにぶつかるわけです。次いで天候悪化ですが、機材故障は17%、その他3%、原因不明2%となっています。対地衝突(CFIT:Controlled Flight into Terrain)、すなわち正常な操縦をしながら山や地面にぶつかる事故も11年間に21件発生し、そのうち19件が死亡事故となっています。

 天候悪化による事故は19件ですが、死者が出た割合は56%です。他の死亡事故も合わせた割合は34%ですから、天候悪化による事故は死亡事故になりやすいといえるでしょう。

事業規模

 次に米ヘリコプター救急の事業規模を見ます。2008年、救急ヘリコプターは668機でした。それまで、救急ヘリコプターは長年にわたって着実に増えてきました。それも、1986年の151機から95年には293機となり、2005年には585機と、だいたい10年ごとに倍増してきました。このようにヘリコプター救急事業が拡大した理由は、この数年来、飛行料金の支払いが公的保険メディケアからも支払われるようになったことが大きな要素のひとつではないかと思われます。

 なお救急飛行をしているヘリコプターは、このほかにもあります。州、市、カウンティなどの自治体、それに軍隊もアラスカ州やハワイ州で一般住民のための救急飛行をしています。これらを合わせると、全米の救急ヘリコプターは2008年の時点で836機になります。

 一方、プログラム数も同じように増えてきましたが、この2〜3年はわずかながら減っております。これは相互に合併したり、吸収されたり、事業の閉止があったりしたためです。そろそろ飽和点に近づいたのかもしれません。

飛行時間

 われわれ研究グループは、救急ヘリコプターの運航者に直接あたって調査をしてきました。2002年の調査開始の当初はヘリコプター運航会社5社にあたっただけですが、2005〜06年はヘリコプター10機以上を保有する9社にあたり、2007年は5機以上を保有する15社、2008年は20社の調査をしました。

 これで全米プログラム数の8割、ヘリコプター数の9割ほどカバーできるわけですが、その調査結果は、この12年間の飛行時間が1機あたり平均575時間でした。

 さらに必ずしも正確な数字ではありませんが、1972年から2007年までの救急ヘリコプターの飛行時間はおよそ470万時間と思われます。そして年間飛行時間は近年40万時間に近づいております。

 

患者救護数

 次に、われわれは運航者の直接調査によって、患者数の調査を試みました。昔の数字は余り正確ではないと思いますが、最近6年間は1機あたり年間平均425人の搬送になっております。

 そうすると1972年から2007年までの間に430万人くらいの患者がヘリコプターで救護されたと推定されます。

事故率

 以上のようなさまざまな数字を総合して推定しますと、10万飛行時間あたりの事故率は5件を切っております。2000年から2003年は5件を上回っておりましたが、その後は5件以下です。特に2006〜08年は約3件です。また死亡事故は1992年以来、10万時間あたり2件以下です。

 このような事故率を他の航空分野の事故率とくらべてみると、軽飛行機などのジェネラル・アビエーション分野よりも低く、ヘリコプター全体よりも低い結果となります。

 ただし死亡事故率は、どうかすると最も高くなっています。2006年と07年は一時的に、ジェネラル・アビエーションやヘリコプター全体よりも低くなりましたが、2008年は一挙に高くなりました。

危険な職業

 次に救急飛行という仕事が他の仕事にくらべて危険かどうかという問題です。

 これを労働省の統計から、さまざまな職業について、従業員10万人あたりの死亡率を比較します。

職  種

死亡率(10万人あたりの殉職者)

漁業

111.8

林業

86.4

操縦士

66.7

鉄鋼業

45.5

農業牧畜業

38.4

屋根屋

29.4

送電線建設修理

29.1

石炭鉱業

28.4

運転手

26.2

ごみ収集業

22.8

巡査

21.4
〔資料〕米国労働局、2007年

 

 この表から見ると、死亡率の高い職業の第3位に航空機のパイロットとフライト・エンジニアがきています。死亡率は10万人あたり66.7人です。

 そこで、これと同じように救急ヘリコプターのパイロットや医療クルーについて、われわれの調査結果からヘリコプター1機あたりの従事者を平均18人と推定しました。内訳はパイロットが4人、フライトナースやパラメディックなどの医療クルーが8人以上、そしてパートタイマーやバックアップ要員などを考え、全員誰でも危険の度合いは同じと仮定します。

 そうすると2008年のヘリコプター救急事業の従事者は、全米で12,000人未満となります。言い換えれば約12,000人がヘリコプター救急の仕事をしていたわけですが、この年死亡した乗員は23人でした。

 そうすると従事者10万人あたりの死亡は164人になります。これを上の表に当てはめると最も危険な漁業従事者の111.8人を超え、この上ない危険な職業ということになります。同様に2007年を計算しますと10万人あたりの死者は50人となって、第4位になります。

 さらに過去29年間の死亡率は10万人あたり平均212人、最近10年間の死亡率は平均113人と推定されます。この113人という死亡率も漁業従事者より多く、最も危険な職業に位置します。

患者の危険度

 一方、患者さんの危険度はどのくらいでしょうか。過去29年間に救急ヘリコプターで搬送された患者数はおよそ450万人です。そのうち34人がヘリコプターの事故で死亡しました。したがって10万人あたり0.76人です。これを救急車の事故で死亡した患者数とくらべると面白いのですが、データがありません。

 そこで、1999年に米国科学アカデミーの医科学研究所が出した数字とくらべてみます。これは医療事故や医療ミスのために病院で死亡した患者さんの人数ですが、年間44,000〜98,000人で、10万人あたりの死亡率は131〜292人となります。これは非常に高い死亡率で、上の表に照らしても飛び抜けて高い。

 このように救急ヘリコプターは事故が多いけれども、患者さんの生命まで大量に奪っているわけではないことが分かります。もちろん1人でも死者が出るのは問題ですが、運航クルーや医療クルーの乗員たちが自分の命をかけて人を助けようとしている――そんな構図が見えてくるのではないかと思います。

 とはいえ、救急機の事故はもっともっと減らさなくてはなりませんし、必ずや減らせるはずであります。

(要約:西川 渉、「HEM-Net安全研究報告書」2010年3月刊所載)

 

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