ヘリコプターの新しい飛行方式

 

 

 

 20世紀最後の10年間の3大発明――というよりも、3大技術開発の成果はインターネットと携帯電話とGPSだそうである。

 インターネットは言うもおろか、携帯電話は今や大人から子どもまで万人の必需品になってしまった。電車の中の不作法もさることながら、深夜暗い道を歩いていると後ろから声をかけられる。ぎょっとして振り返ると、一人の男が大声で小さな電話機に向かって話をしていたりする。

 GPSもカーナビという形で日常生活の中に入りこんできた。最近は携帯電話と組み合わせて子どもやお年寄りの迷子札の代わりになったりしている。とすれば、これを航空機にも使わぬテはない。とりわけ天候急変に遭遇したヘリコプターが道を迷って、死亡事故を起こした例は過去にもあった。

 というので、これまで7年間、GPSを利用した航法機器とシステムの開発に取り組んできたのが、コミューター・ヘリコプター先進技術研究所(ATIC)である。その研究成果の一つを去る11月14日、岐阜県各務原市の川崎重工業岐阜工場で見せて貰った。

 

ATICの研究内容

 ATICの研究内容は大きく2つに分けられる。ひとつは騒音の低減技術で、ヘリコプターの騒音をICAOの基準よりも10デシベルほど下げようというもの。そのため新しい翼型と翼端形状、ブレードのアクティブ・フラップなどを開発し、ローター推力の向上をはかって必要馬力を軽減し、巡航中は回転速度を落とすことも可能にするといった技術である。

 もうひとつは飛行安全技術で、操縦操作を自動化して容易なものとし、気象条件の悪い中でも安全な飛行ができるようにするというもの。そのためコンピューターを駆使して操縦系統に自動装置を組みこみ、離陸から着陸までの操縦操作を完全に自動化し、手放しのままでも雲中飛行ができるようにする。

 

試験機に随伴で飛ぶ

 この日の試験飛行はBK117(JQ0003)を使い、機長は外界が見えないようにフードをかぶって、計器だけを頼りに操縦操作をおこなう。実際は、操縦桿からも手を放していて、ヘリコプターはあらかじめインプットされたコンピューター・プログラムに、GPSの位置情報とその精度を上げるディファレンシャルGPSからの信号を取りこみながら、目的地点へ向かって自動的に飛行し、降下していく。

 このとき万一異常事態が起こってはいけないので、副操縦席には別の安全パイロットがすわり、何かあれば即座に操縦を取って代わる態勢が取られた。その様子を、われわれは別のヘリコプターに乗って随伴飛行しながら、すぐ横から見た。私自身は編隊飛行など余り経験したことがないし、ましてや試験飛行に立ち会うなどは初めてだったから、窓のすぐ向こうを別のヘリコプターが並んで飛んでいるだけで、その方が珍しいくらいであった。

 さて、試験機は地上の障害物を避け、騒音の影響を減らすために、高度1,000ftで目的地に接近、速度を50ktまで落としておいていきなり12°の急角度降下に入る。降下率は毎分1,000ft。ヘリポートからの距離1,400mの地点で高度500ftまで降りたところから徐々に速度を落としながらさらに降下し、700mまで進んで速度は40ktになる。このときの高度は200ft。

 ここからパイロットは外界が見えぬままTA級のプロファイルでヘリポートに進入、高度100ft、速度20ktで20m前方に接地点が視認できればそのまま着陸する。視認できなければ、復航してやり直すか、着陸を断念する。このときの空中点がLDP(着陸決断ポイント)である。

 こうして書くと何でもないようだが、普通のBK117の場合、自動操縦装置を使う飛行は70kt以上でなければならない。降下角も6°以下で、速度を50ktとか40ktまで落としたうえに、12°の急降下はできないことになっている。また多くのヘリコプターが40〜70kt以下での計器飛行は禁止されている。BK117が認められているのも45ktまでである。

 さらに現行計器飛行方式のカテゴリーTでは、雲高は200ft以上でなければならない。それを今回の試験では100ftまで下げたのである。いずれも、世界的に見て新しい境地を開くものといってよいだろう。

 

新コンセプト「RFR」

 こうした成果を踏まえて、いまATICを中心とするメーカー、運航者、官公庁などが実用化のための推進に動き出した。航空局内部にも準備委員会ができたと聞く。

 この技術の実用化のためには、これまでの制度との調整や現行規則の変更も必要であろう。今のところヘリコプターの計器飛行は、固定翼機の計器飛行規則の中でしか認められない。けれども固定翼機とヘリコプターの飛行特性は大きく異なる。その独自の特性を生かすならば、上に見たような全く新しい飛行方式ができてもいいはずである。

 そのためATICの大林秀彦研究所長(代表取締役専務)は、全く新しいコンセプトとして認識してもらうため、ヘリコプターに関しては、固定翼機のルールに引きずられやすいIFR(計器飛行規則)という言葉を使わず、たとえばRFR(ロータークラフト飛行規則)といった言葉をつくってはどうかと考えている。氏は、これを世界の共通語とするため、最近アメリカで国際ヘリコプター学会(AHS)にも提案した。

 もうひとつ、新しい技術は経済性も問題である。技術的には可能でも、機内装備や地上施設の費用が高すぎては実用にならない。地上施設は安くすむはずだが、全体としてどのくらいのコストで実用化できるだろうか。

 これらの課題を乗り越えて、RFRの実現が1日も早く望まれるところである。ヘリコプターの安全性と利便性は、こうした技術革新によって大きく改善され、進歩するであろう。

(西川渉、『日本航空新聞』、2001年1月18日付け掲載に加筆)

 


(GPSによる自動着陸テスト中の赤い試験機と、それを見守る白い随伴機/提供:ATIC)

 

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