<パリ航空ショー>

エアバス対ボーイング

 

 

 6月なかば、パリ航空ショーの会場で話題をさらったのは、何といってもエアバス対ボーイングの覇権争いである。ここでは、そこに焦点を合わせてショーのもようを見てゆくことにしよう。

エミレーツのA380は45機へ

 今年エアバス社は5月までに約150機の注文を取り、ボーイング社に100機以上の差をつけていた。エアラインとの間のいくつかの下話もあって、ルブールジェ空港には自信満々で乗り込んだものである。

 その自信のほどがショー会期中の受注結果にもあらわれ、ボーイングとの差はさらに広がった。エアバス凱歌の決定打はショーの2日目、エミレーツ航空からの41機という大量受注である。金額にして125億ドル(約1.5兆円)。航空会社の一度の発注額としては史上最高といわれる。内訳は超巨人機A380が21機、A340-600が18機、超長航続のA340-500が2機という豪華な買い物。そのうえ2機のA380のリース契約が交わされた。

 エミレーツ航空は以前にも、A380を22機、A340-500を6機発注している。したがい同航空のA380は合わせて45機になり、エアバス社にとっては同機の成否を左右する最大の顧客となった。

 アラブ首長国連邦のエミレーツ航空は2002年の乗客数が850万人であった。それが2010年には2,900万人と3.5倍にまで伸びる見こみ。この急激な需要増に対応して、A340-500(260席)は2004年末から、A340-600(310席)は2007年7月から引渡しがはじまり、ドバイからオーストラリアやアメリカ東海岸などへの超長距離路線に就航する。またA380(500〜600席)は2009年春から就航、乗客数の多い利点を生かした格安運賃の実現が期待されている。

 エミレーツにつづいて、翌々日には大韓航空がエアバスA380を8機発注すると発表した。8機のうち5機が確定注文で、これによりA380の確定受注数は総数129機となった。仮注文を加えると200機を超える。

 本誌8月号「エアバスの現状と未来」にも見られる通り、A380の開発と製造にかかわる採算点が250機とすれば、早くも目標に近づいたことになる。A380量産機の引渡しは2006年からはじまる。最終的には20年間で旅客用1,500機、貨物用300〜350機を生産し、ピーク時には月産4機を目標としている。1機あたりの価格は2.7億ドル(約320億円)。


エミレーツ航空が発注したA380

エアバス、ボーイングを制す

 しかしボーイング社の方も黙って引込むわけにはゆかない。エアバス機の大量注文を出した同じエミレーツ航空から、777-300ERについて26機の注文を受けたことが発表された。ただし直接契約ではなく、GEキャピタルとILFCという2つのファイナンス会社を経由するリース契約である。すでに両社発注ずみの機体のため、契約機数がそのままボーイング機の受注増になるわけではなかった。

 同じようなことは大韓航空でもおこなわれた。同社はA380と同時に、ボーイング747と777を合わせて9機発注したのである。

 この両社が申し合わせたように、何故エアバスと同時にボーイングも発注するのか。アメリカ政府の政治的な圧力があったのか、老舗ボーイングに遠慮でもあるのか、それともあらかじめエアバスの発注を知ったボーイングが極度の値引きをして注文を取ったためか。

 確かにエアバスとボーイングでは設計思想が異なり、操縦操作や整備技術の面でも差異が大きいため、両方同時に運航すると技術的、経済的に負担が大きくなるといわれる。けれども実際は、ある程度の数がまとまり、技術要員を分けることができれば、さほどの問題があるわけではない。市場に適合した機材を純粋に選定した結果だったのかもしれない。

 それ以上のことは分からないが、ボーイングへの一揖(いちゆう)が感じられたのもつかの間、翌日にはカタール航空が34機のエアバス機を発注して、三度びボーイング社は屈辱を味わうことになった。しかもカタール航空はこれまで長いことボーイング777の購入について交渉を続けてきたらしい。それが突如、エアバス機の方へ心変わりがしたというのだからボーイング社としても立つ瀬がない。

 カタールの発注内容は、A380こそ含まれていないが、A321が2機、A330-200が8機、A330-300が6機、A340-200が2機。ほかに14機の仮注文があり、さらに2機のA330-200をGEキャピタルからリースするという。これらの全てを合わせて34機になる。

 これで同航空の保有機は今の24機が5年後には50機を超えることになった。

 以上の結果をまとめると、確定注文、仮注文、リースを合わせてエアバス機は85機、ボーイング機は35機になる。そのうちボーイングの22機は前からリース会社が発注していた機材で、純増は13機に過ぎない。エアバス機が大差をもってボーイングを制したといえようか。 

ボーイングにも新構想

 こうした受注数の違いは、会場での機体展示やデモ飛行にもあらわれた。エアバス社は現用機の半数近い機種を勢揃いさせ、次々と飛ばして見せた。一方ボーイング社は、イラク戦争でのアメリカ政府のフランスに対する意見を反映させたのか、目下試験飛行中の新しい777-300ERが展示されただけであった。

 ちなみに今回のショーではアメリカとロシアの軍用機が全く飛ばなかった。おそらくはパリ・ショー史上初めてのことで、フランスとしてはエアバス社が多数の注文を集めて経済的には勝ったものの、政治的にはやや寂しいショーとなった。

 余談ながら、ロシアの軍用機が姿を見せなかったのは、アメリカに同調したわけでも、政治的な理由があったわけでもない。伝えられるところではスイスの商社に大借金があって、パリにあらわれたら直ちに差し押さえの準備がなされていた。それを恐れて来なかったものという。

 話を戻して、アメリカの威力を背景に事業をすすめるボーイング社は、最近は軍用機の方へ重点を移しつつあるらしい。そのことが上のような民間からの受注数の差となってあらわれたのかもしれない。しかし、だからといってボーイングとしてはエアバスの突出を黙って見過ごすわけにはいかない。

 ショー会場では、先ず今後の市場予測について同社の分析結果を発表し、そのうえで新しい7E7と発達型747-800の開発構想を打ち出した。

 それによると20年後、2022年の民間航空界には今の2倍、およそ34,000機のジェット輸送機が飛ぶようになる。そのうち18,400機が新しい需要に対応する機材、5,900機が現用機の代替分、9,700機が現用機の残りという。したがって20年間に製造される機体は24,275機で、金額的には5.2兆ドル(約600兆円)に相当する。

 このうち4,370機(18%)が90席以下のリージョナル・ジェット、13,645機(56%)が大型リージョナル機と単通路の狭胴型旅客機、5,440機(22%)が中型ワイドボディ機、890機(4%)が747以上の巨人機である。

 ボーイング社のこうした需要予測の根底には、かつて超巨人機の必要性に関してエアバス社との間で闘わされた論争がある。ボーイングの見方は「ポイント・トゥ・ポイント」――出発地から目的地までの直行便が今後の航空旅行の主流になる。したがって今のような少数の拠点空港を中核とするハブ・アンド・スポーク・システムは減り、集中型市場から分散型市場へ変ってゆくだろう。

「旅客が希望するのは、便数が多くて飛行時間の短い直行路線――つまり、いつでも乗れる利便性と移動時間の短縮である」。その分散型市場に適するのは長航続性能を持った中型高速機ということになる。

 それが2年前に提案された「ソニック・クルーザー」だったが、速度性能を重視する余りコストが高すぎてエアラインの受け入れるところとならなかった。そこで今度は経済性に重点を置き、費用効果の高い機材としてボーイング7E7構想が登場してというわけである。

超効率をうたう7E7

 ボーイング7E7は「超高率」(Super Efficient)を標榜して今年1月29日、計画が明らかにされた。標準型200席、ストレッチ型250席の中型ワイドボディ機で、胴体直径は5.96m。キャビンの座席配置は左右8列になる。

 エンジンは推力30トン前後の高バイパス・ターボファンが2基。同クラスの767よりも燃費が17〜20%少なく、13,000〜14,500kmの航続性能を持つ。飛行高度13,000m以上で、巡航速度はマッハ0.85という。

 最も大きな特徴は経済性だが、もうひとつは機体の構造部材に複合材を使用すること。旅客機としては初めての試みで、胴体と主翼の基本構造が複合材で製造される。これで重量が軽くなり、耐久性が高まる。従来は、複合材を使うと製造コストが上がると見られていた。しかし、必ずしもそうではないというのがボーイング社の主張で、最新の技術による複合材は、コストの犠牲を払うことなく、重量を下げ、耐久性を高めることができるという。

 こうした7E7について、ボーイング社は目下、主要エアラインの意見を聴いており、今年末か来年初めまでに最終的な仕様を固め、正式に開発着手を決める予定。そうなれば2005年から原型機をつくり、2007年に初飛行、2008年に就航という日程で計画を進めることにしている。

 製造に参加するのは世界5か国から21社。いずれもリスク負担のパートナーとして仕事をする。日本からも、いくつかのメーカーが名乗りを上げている。

 7E7について、ボーイング社がもう一つ強調するのは、最終組立てを3日間で終わらせるというもの。今の大型ジェット旅客機は最終組立て工場にさまざまな部品類を運び込み、飛行機の形になって滑走路へ出て行くまでに2〜4週間を要する。それがが3日間ですむというのである。

 パリ・ショーの会場では、こうした7E7について「ドリームライナー」という愛称が発表された。世界中から公募の結果決まったものという。

 もうひとつは発達型747の構想である。747-400ERの胴体を客席2〜4列分延ばして440〜450人乗りとし、航続14,800kmで、運航費を現用機より5%ほど安くする。また飛行性能を向上させ、騒音を引き下げて、ロンドン・ヒースロウ空港の新しい騒音基準QC2にも適合させる。航続距離を伸ばして、アメリカ東海岸から東南アジアまでノンストップで飛べるなどの特徴を持つ。

 つまり、今の747を少しでも大きくして、さほどの時間や費用をかけずに、A380にぶつけようという対抗策である。このためエンジンや構造部材については、7E7のために開発される技術を採り入れる。しかし、こうした発達型747が実現するかどうか、具体的な開発時期は必ずしもはっきりしない。ボーイング社としては、顧客の意向も聴きながら、設計仕様を固めるまでにはまだ2年ほどかかるというが、7E7のエンジンを使うとすれば、早くても2008年以降の就航になると見られる。

 こうしたボーイング社の巻き返しを、エアバス社は、少なくとも表向きは、冷ややかに見ている。7E7の愛称募集などで計画を盛り上げようなどというのは、まことに幼稚な手段であり、決まった名前が「ドリーム」とはまさしく夢のままで終わるのではないかというのである。


開発構想進むボーイング7E7

空飛ぶコンピューター777-300ER

 もとよりボーイング社も夢想ばかりを追っているわけではない。今ここで受注数が少なかったからといって、長年にわたって世界中に築き上げてきたボーイング・ジェットの大フリートがすぐさま揺らぐわけでもない。現にシアトルでは、今ボーイング777-300ERの開発試験が着実に進んでいる。

 同機は777-200、777-200LR、777-300と進化してきた777の4つ目の派生型である。初飛行は今年2月24日。来年初めまでに原型2機で1,600時間の試験飛行をして型式証明を取得する計画だが、そのうちの1機がパリ・ショーに飛来し、会場に展示された。

 操縦系統はフライ・バイ・ワイヤで「飛行機そのものが空飛ぶコンピューターだ」とボーイング社は言う。コンピューターで飛ぶために、これまでの777にくらべて滑走速度が遅いままで離陸できるようになり、離陸重量を最大4トン余り増やすことが可能となった。

 というのも離陸に際して、操縦桿を大きく引くと尾部が滑走路を叩くおそれがある。ところが777-300ERの場合はコンピューターが地面との間隙や前進速度を測りながら、パイロットが操縦桿を乱暴に引いても昇降舵で機首上げを抑えるなど、尾部が地面に触れぬように調節してくれる。加えて主降着装置にも改良が加えられ、一層うまく離昇できるようになった。試験飛行でも激しい操作を試みたが、地面を叩いたことはない。これで人間のカンに頼るのと違って、滑走距離は短くなり、ペイロードは増え、限界一杯までの能力が発揮できるというわけである。

 エンジンはGE90-115Bターボファン(推力52,000kg)が2基。当初の777が推力およそ35,000kgのエンジンをつけていたことを思えば、出力は1.5倍である。その分だけ最大離陸重量が増加し、777-300ERは344,550kgと、当初の777-300より45トンほど重くなった。にもかかわらず離着陸特性や飛行特性は変わらないのである。

 しかも燃料効率は1%ほど良くなった。その分だけ航続距離が伸びるし、燃料搭載量を減らせばペイロードが増え、燃料節約も可能になる。ボーイング社は、そのあたりの細かい数字を算出して、エアラインに提示している。

 
ボーイング777-300

ライト兄弟から100年

 かくて、ショーが終わった時点のエアバス社の受注数は、今年1月以来222機となった。その結果、エアバス社は今年300機の生産目標に自信を見せた。といって、今後3年間の経済状勢とエアライン業界の状況には決して油断ができないとしている。

 またボーイング社は今年が280機、2004年は275〜300機を生産する見こみ。

 もとより、これらの数字は両社のすべてをあらわすものではない。ましてや航空ショーという短期間の受注合戦などは一時的なお祭り騒ぎにすぎないのかもしれない。しかし、その背景には大型ジェット旅客機を商品化するための膨大な技術力や資金力、あるいはそれらを合わせた開発力がなければならない。むろん営業力も必要である。そうした集大成が年に一度の航空ショーで競われるのである。

 今年はライト兄弟の初飛行から100年。パリ・ショー会場にもライト・フライヤーの復元機が展示された。そのフライヤーの横に飛来し、同じルブールジェ空港の一角にある航空宇宙博物館に入ったのは、100年間の航空技術の進歩を象徴する超音速旅客機コンコルドである。

 つまりライト兄弟からコンコルドの博物館入りまで丁度100年――航空界の最初の1世紀が終わったことになる。来年からは新世紀に入るわけで、以後100年間に航空機はどのように進歩してゆくか。その中にあって航空界の覇権争いはどうなっていくであろうか。


博物館入りとなったエールフランスのコンコルドSST

(西川 渉、[「航空情報」2003年9月号掲載)

 

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