<経済危機>

ビジネス機の前途不安

 

 先日のテレビ・ニュースで見たアメリカ議会の聴聞会は、ちょっとびっくりさせられた。アメリカの3大自動車メーカーのトップ3人を並べておいて、壇上の議員が尋ねる。

「あなた方の中で、ここへ来るのにエアラインできた人は手を挙げてください」
 手を挙げるものは誰もいない。
「では、本日乗ってきたビジネスジェットをすぐ売り払って、エアラインで帰る人は手を挙げてください」
 3人ともキョトンとしていたのは、質問の真意がよく分からなかったのかもしれない。

 要するに、これから自分たちが税金で助けて貰えるかどうか審査を受けるのに、ワシントンまで社用のビジネスジェットで乗りこんでくるような贅沢は許されないというのが議員側の考え方なのである。

 逆にメーカー側の3人は、時間的な効率を考えれば、ビジネスジェットを使う方がよほど合理的ということであろう。これはアメリカ・ビジネス機協会(NBAA)が昔から言ってきた論理で、だから給与の高い企業トップは時間効率を高めるためにも、出張にはビジネス機を使うべきだというのである。

 しかし議会は、そんな勝手な言い分は認めないのであろう。メーカー3社が破綻に瀕しているといいながら、社用ジェットでやってくるなんぞ、納税者の目から見ても「そんな連中を助けてやる必要はない」ということになるのかもしれない。

 日本でも今から20年ほど前、いわゆるバブル全盛期には多数の企業がビジネスジェットを購入した。しかし、ほとんど知られていなかったのは世間様をはばかったためである。

 日本人の心根は、つつましさが基本である。清貧こそが美徳であって、金持ちをひけらかすのはひんしゅくを買うだけのこと。企業のトップだからといって、ビジネスジェットで飛び回るような贅沢が許されるくらいならば、製品の価格を下げてくれといわれかねない。

 NBAAはしかし、世間をはばかるどころか、ビジネス機の保有は会社のステータスやイメージを高めるとすら主張してきた。その言い分に乗っかって、自社の航空機をテレビ・コマーシャルの中でカッコよく飛ばして見せた日本の化粧品会社もある。

 日本のビジネス機は概して評判が良くない。堀江か村上か、どっちか忘れたけれども、逮捕された後でテレビがビジネス機を映し出して、奴はこんな贅沢をしていたんだとばかりのコメントをつけていた。

 あるいは、どこかの信用金庫だったか、そこの男が自分のビジネスジェットに役人を乗せて、ハワイかグアムかへゴルフ旅行に行ったことが槍玉にあがったりした。

 ビジネス機の本場アメリカでは、多分こんな問題はないのだろうが、彼らもまた、この大不況を迎えて考え直さねばならぬ時期にきたのではないか。破綻の崖っぷちに立って、仕事の効率などを論じている余裕もなくなったのである。

 では、そういうお前はどう考えるのかと問われるならば、もとよりビジネス機の普及を望むものである。しかし、それには企業の業績と同時に、世間一般の経済情勢も好調でなければならない。

 今のように誰もが疲弊している中で、自分1人が贅沢をしていれば世間さまの指弾を浴びるのは当然のこと。そういう企業の製品は誰も買わなくなるであろう。

 そうでなくても、突如として襲いかかってきた「世界経済危機」の影響は、自動車も飛行機も大きな影響を受けつつあり、自動車が売れなくなると同時に、ビジネス機もまた売れゆき減少という結果をもたらした。毎年1,000機以上の生産が続いてきたビジネス機も、いま次々と発注取り消しが出ており、今後しばらくは落ちこむこととなろう。

 と、そう思っているところへ11月末、エクリプス・アビエーション社が倒産というニュースがとびこんできた。超小型のビジネスジェット「エクリプス500」の開発製造メーカーである。

 同社は1998年に設立され、1機1億円という破格の値段でビジネスジェットを売り出し、低燃費と短距離離着陸(600m)の飛行特性から、全米1万ヵ所といわれる小さな滑走路を活用して、自家用機はもちろんエア・タクシーの新分野を開拓しようとしていた。

 当面はアメリカの破産法11条によって経営立て直しのための保護を受けるもようだが、前途は決して安易ではない。債権者の中には翼をつくっていた富士重工も含まれており、3,180万ドル(約32億円)の債券をもつと伝えられる。

 今日の新聞は、日本でも自動車の売れゆき減少と書いている。エクリプスの倒産だけではすまない状況になってきた。

【関連頁】

 エクリプス500初飛行

 (西川 渉、2008.12.2)

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