<経済危機>
ビジネス機の前途多難 去る11月末、米自動車メーカー3社(ビッグスリー)のトップたちが、業績不振の救済を求めてアメリカ議会の聴聞会に臨んだ。ところが、そのとき豪華な社用ビジネスジェットでワシントンへ乗り込んできたことから、不謹慎だとばかりに非難されたことの波紋は、ここ2ヵ月足らずの間に大きく広がった。
ひとつは自動車業界救済のために不振企業支援法(TARP)を改正することになったが、その改正案の中に政府の融資や補助を受けている企業は、手持ちのビジネス機を売却せよとか、リースしたり借用したりしてはならないという条項を入れるよう、ホワイトハウスが言い出した。
結果的にこの「アンチ・ビジネス機」条項は、飛行機メーカーの多い州の議員が動いて削除されたが、ビジネス機は贅沢という反感が世間一般に広がった。
問題の発端は、自動車メーカーの首脳たちが、それぞれのビジネス機から降りて、何十億ドルの援助を貰うために議会へ向かう場面を、アメリカABC放送がテレビに映し出したことらしい。このテレビ映像には議員も納税者もカッときて、どういうつもりかという批判になったのである。
ビッグスリーの3人へ「今日はビジネス機で来ましたか、車で来ましたか」このテレビ映像に対して、アメリカビジネス航空協会(NBAA)の会長は「偽善だ」として「ビジネス機が未だに、単なる移動手段以外の贅沢品であるかのように見られているのは遺憾」と語っている。
また自家用パイロット協会(AOPA)の会長も「ワシントンの議員までがビジネス機の価値について誤解し、何にも知らないことに驚いた。これらの航空機は単に遊び半分の贅沢品ではなくて、人や品物を運び、医薬品を運び、救急患者を運ぶなど、貴重な仕事をしているのだ」と反論した。
さらに米国航空運輸協会(NATA)の会長も「あのテレビは無礼だ」とする一方、ビッグスリーのトップたちが「何故、議会のその場で反論しなかったのか。彼らはビジネス機を使うことの意義を、いくらでも説明できたはずだが、まったく情けない。その反論がなかったために、同じ移動手段でありながら、自動車は助かったけれども、それと引き換えに航空機が傷ついた。これで自動車メーカー同様、航空機メーカーも不振におちいるだろう」と語った。
ビッグスリーのための議会駐機場にて「おめぐみ下さい」いま、事態はその通りに進みつつある。先ずジェネラル・モーターズ、フォード、クライスラーの3社が手持ちのビジネス機を売りに出した。それに追随するかのようにシティグループ、AT&T、タイム・ワーナーなども所有機の売却にかかった。
そのため今や中古ビジネス機市場は売りたい飛行機が1年ほど前の6割増しとなり、かつてないだぶつきを見せるに至った。
のみならず 新しいビジネス機に対する注文が減って、発注ずみの機体までがキャンセルになるなど、新品のビジネス機市場は1970年以来、最悪の事態を迎えた。
無論これらは自動車メーカー3社のトップが反論できなかったガッツのなさに起因するだけではないだろう。ガッツ以前に現実の問題として、かつてない深刻な経済不況が世界的な広がりを見せてきたからにほかならない。
しかしまた不思議な現象もあって、ビジネス機を売りに出した企業が全て経営不振というわけでもない。売りに出すフリをしているだけのところもあるらしい。そのため売却希望価格を高くして買い手がつかぬようにしたうえで、売るというジェスチャーだけで実際は今まで通り使っているのだ。
つまり、ビジネス機はいまや「サダム・フセインのような悪の権化」の象徴になったわけである。
「右や左の……」いずれにせよ、事実として、ビジネス機の需要や使用が減っていることはたしかである。経済不況によって金融不安が始まれば、融資もできなくなる。ビジネス機の購入が減るのは当然であろう。
エクリプス社の破産法申請は昨年のことだが、なかなか救済策が見つからぬらしい。今年に入ってからは、セスナやビーチといった大メーカーも人員削減を打ち出した。ブラジル・エンブラエル社のビジネスジェットも2009年は200機近い生産を予定していたが、最近になって145機へ計画を修正した。
欧州の航空交通管制を担当するユーロコントロールの集計でも、欧州連合27ヵ国のビジネス機の動きは2008年が前年比16%の減少であった。特に11月は17%減で、今後とも減少の傾向が見られるという。
またNBAAは2月に香港でアジア・ビジネス航空ショー(ABACE)を開催する計画だったが、これを中止した。ただし5月ジュネーブの欧州ビジネス航空ショー(EBACE)と10月オーランドの米国ビジネス航空ショーは計画通り開催の予定。
もっとも主催者のNBAAは、欧州や米国のショーについて、出展者や参会者が減らないことを期待するとしかいえない状況にある。
「税金を満タンに入れよう」ビジネス機の前途不安(2008.12.2)
(西川 渉、2009.1.19)
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