<苦難のエアライン>

盲 目 飛 行

 

 

 山野さんのところへ、シアトルからサンフランシスコへ行く途中の飛行機が、サクラメントに予定外の着陸をした話が送られてきた。

 飛行機が駐機する間、希望者はいったん外へ出て、50分後に再搭乗するようにという客室乗務員の説明があった。乗客の中に1人、目の見えない人がいて、その人以外は全員が飛行機から降りた。機内では盲導犬がおとなしく座席の下にすわっていた。

 盲人はこの便に乗るのが初めてでないらしく、パイロットが名前で呼びかけた。
「キースさん、当機はここで1時間ほど駐機します。お降りになって足を伸ばしては如何ですか」
「いや、有難う。私はここにいます。だけど私の犬が、そうしたいだろうと思います」

 そこでパイロットは盲導犬を引いて飛行機から降りてゆくことにした。パイロットはサングラスを掛けていた。

 その様子を、乗客たちはターミナル・ビルの搭乗ゲート付近で見るともなく見ていたが、急にそわそわと散り始めた。別の飛行機に乗り換えるためであった。


「レイディーズ・アンド・ジェントルメン、安全で快適な飛行をお楽しみ下さい。
当社は賃金カットとレイオフを進めておりますが、サービスは変わりません。
……以上、当機のオートパイロットが申し上げました」

 これは実話だそうだが、確かに最近のエアラインは盲人が運営しているのではないかと思われる節がある。といって、経営者の資質を言うのではない。どんなにすぐれた経営者でも、今のように次々と災厄に見舞われたら、先を見越して手を打っておくといったことはできないであろう。

 たとえばアメリカの大手エアライン10社は、今年第1四半期の業績が合わせて32億ドルの赤字だった。通年では58億ドルの赤字が見込まれるらしい。昨年は81億ドルの赤字だったから、それよりはまだ良い。けれども今すぐ業績が回復に向かうようなことはちょっと考えられない。

 といって、これらの会社がすぐに破産法の申請をしなければならないような事態ではない。けれども、劇症肺炎SARSがこれからどのような影響を及ぼすのか。まったく見当がつかないだけに、楽観は許されない。

 こうした状況の中で最も注目されたのがアメリカン航空である。間一髪のところで破産申請を免れたが、まだきわどい立場にいることは間違いない。そのためリストラなどのコスト・カットを懸命に進めている。これに失敗すれば破産法の保護を受けても立ち直ることはできないのではないかとすら見られている。

 ノースウェスト航空も従業員組合に対し、経費削減のための合意を求めている。年間10億ドルの削減策について、7月1日までに回答が必要というのだ。


警告「会社が倒産すると、ここに赤ランプが点きます」

 デルタ航空もパイロット組合との交渉を続けている。実質的な賃金カットを求めているわけだが、同航空は今や大手エアラインのなかでは最も経費の高い会社になってしまった。シート・マイル・コストが約11セントというのである。

 実際は9.4セントくらいまで下げなければならない。それでもまだ高すぎるくらいで、サウスウェスト航空に至っては7.5セントなのである。もちろん大手エアラインはサウスウェストのような単一クラスの運航をしているわけではない。高い運賃を払ってくれるファーストクラスやビジネスクラスの旅客も乗っているから、低運賃航空よりは高くてもかまわない。

 そのうえ、今デルタ経営陣を苦しめているのは株主からの問題提起である。経営陣の報酬が高すぎるという非難で、株主にいわせれば、彼らは「黄金のパラシュート」をつけて出鱈目な飛行をしているようなもの。会社が墜落しても、自分たちはこれで救われるというわけで、同じようなことはほかのエアラインについてもいえるかもしれない。

 そうなると今度は、従業員の方が黙っていない。リストラや賃金引き下げどころか、賃上げを求める動きすら出てきた。


「客室乗務員へ、株主に緊急着陸の姿勢を取ってもらうように」

 かくてエアライン業界は今、単に黒めがねをかけただけでなく、真の盲目になりつつある。誰もが前途の見えぬまま、手さぐりで旅客機を飛ばしているのである。

(西川 渉、2003.6.10)


「こちら機長です。残念ながら、本機の損傷は予想外に大きいものと思われます」

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