吉田茂の訓示






 本頁「門扉をあけぬ日本政府」から数日後、『香港領事動乱日誌』(佐々淳行著、文芸春秋社、97年6月25日刊)を読んでいたら、今から30余年前、著者が香港の大使館勤務になるや、何日も経たぬうちに本省から次々と訓令が来て、誰それの面倒をみるようにという「便宜供与」の指示を受ける話が出てきた。アメリカで高位の外交官から聞いた「代議士の下足番」という自嘲は、なるほどこれだったのかと思い当たった。

 その善し悪しはともかく、外地の大使館に勤務するものとして、この種のことをうまくやらないと大変なことになる。先日もアフリカのジンバブエで大統領との約束をすっぽかされた小泉郵政大臣がカンカンになって戻ってきた。こんなとき、現地日本大使館の大使や担当者はどんなふうに謝るのだろうか。またジンバブエ政府に対してはどんな抗議を申し入れたのか。

 それとも、避難してきた邦人を追い返して、ヌケヌケと言い訳をしたカンボジア大使のように、あれこれ言い逃れて、謝りもしなけりゃ抗議もせずに、知らぬ顔でいるのか、実態を聞いてみたいものである。

 もうひとつ不可解なのは、アフリカから戻ってきた小泉氏に対して、首相が謝ったのは何故なんだ。これまたわけが分からぬ。「まあまあ、そう怒りなさんな」といってなだめたのなら分かるような気もするが、何か謝らねければならぬようなことでもあったのか。実際は首相も、小泉氏と一緒になって怒らなければならんのだ。


 日本の外交は結局、こういうことで外国からバカにされる。湾岸戦争で莫大な金をむしり取られ、なおかつクェートからもアメリカからも「有難う」の一言もなかった話は、もはや古いというかもしれない。それならば今、北朝鮮問題も同じ結果を招きつつある。この問題をめぐって、南北両コリアと米国、中国の4か国の話し合いが進んでいるようだが、なぜ日本は蚊帳の外なのか。

 現に日本と北朝鮮との間にはさまざまな問題があり、軍事的な脅威すら受けているではないか。4か国の間で何が決まろうと、日本には何の関係もないというのならばともかく、またしても援助資金をむしられるのではないのか。不良ども4人がぐるになって、次はどうやってあいつから金を巻き上げるかといった相談をしている構図が目に浮かぶ。そんな、いじめられっ子になるくらいなら最初から会談の中に入って、日本としての立場や要求を明確にしておくべきであろう。

 日本を入れなければ、あとは何が決まろうと知りませんぞ、くらいのことは米国や韓国に伝えておくべきだ。今の様子では再び日本は湾岸戦争の愚を繰り返すような気がしてならない。




 冒頭の佐々淳行氏の本は、まさしく、そうした外交と危機管理の問題を、大使館勤務の実体験にもとづいて書いたもので非常に面白い。その中に、外国勤務に赴く外交官に与えた吉田茂の訓示が引かれている。それは次のようなものだが、カンボジアの日本大使館では、これを大書して壁に貼っておくべきではないかと思う。

「外交官を栄耀栄華の顕職と思うなかれ。華やかな社交の世界と思うなかれ。外交は命がけの男子一生の大仕事である。ポーツマス条約を結んだ小村寿太郎を見よ。爆弾で隻脚となった重光葵を見よ。外交は命がけということを肝に銘じて忘るなかれ」

(幸兵衛、97.7.31




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